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バギー・ホイップ

 急かされて外へと連れ出された三人は、目の前に迫るバギー・ホイップの群れを確認した。



『ブフォォオン!』



 そんな勇ましい牛の声が約100個。茶色の塊。彼らは巨大な図体を持ち、首周りには黒い体毛。ツノはホイップクリームをあしらったような可愛い形をしている。



 だが、目が完全に血走っていた。ドタバトと土埃をあげてこちらに爆走している。



 よしきが冷静に、

「おいおい、あんなのこの店にぶつかったら完全に大破だな」


「ちぃ! ちぃ! ちぃ! だからなんとかしろと言っているんだ! どうやら近くのバギー・ホイップ屋から逃げ出したらしい」


「舌打ちしすぎだ、肩を掴むな痛い」



 ジークが肩に手をかける力がやけに強く、よしきは思わず鼻筋をピク付かせるとキシヨに指示を出した。



「あいつら、俺らで止めるぞ?」

「はぁ? どうやって!」

「あらららら? 俺の力をちゃんと見てなかったようだな?」



 よしきの言う力が、

『地球をふんずけて真下にずらしたり』

『真っ黒な物質をニョキニョキと生やす』

 ということであるのなら、自分には到底できないと直感していた。



「う……でも俺にはそんな真似……」


「できないとでも言うつもりか? できるようになるんだよ。なにせ、俺にできてお前にできないことはない」



 励ましの言葉がキシヨに少しだけ勇気を与えた。それが種となって彼の身体を温める。



 ジークが大きく騒いでミーティアに、

「ターニャ、お前もいけ!」

「店長! なんで私のもう一つの名前を知ってるんすかぁ!」

「お見通しじゃボケ」



 ジークはミーティアのお尻を蹴っ飛ばした。



「あたたたたた……」



 彼女が3歩ほどけり出されるとお尻をさすって前方の群れを眺める。



 横にキシヨが着くと、できるだけブランクに話しかける。



「店員さん、戦えるんですか?」


「えうぅ、戦いたくないっすよ。でも店長が命令したら従えとパートの条件ですから……お客さん、それ使って戦うんすか?」



 キシヨの手元には『ガーナッツスタイル・ベータ』の二丁拳銃が。



「やけに手に馴染んでてね」



 ジークは大手を振って発破をかけた。



「ちぃ、おいターニャ。こいつらを倒したら、『お前の姉を探す仕事の件』をこの、詠嘆のエクレツェアに頼んでやるよ! しっかり働けぇい!」


「本当っすか!? その人『詠嘆のエクレツェア』さんなんすか! やったぁー! これでパート生活ともおさらばっすよ!」



 目の前の群れが近づいてくるにつれ、キシヨの自信がなくなってくる。少し後退って顔を引きつらせると、銃を二発ほど発砲。



 しかし、命中するも傷一つつかない。



「でもこれ、本当になんとかできるのか?」



 100体の暴れ牛たちをどうやって処理すればいいのか。そんなことした経験がなく、頭の中で目処が立たない。



「じゃあ、まずはお手本だな」



 すると、よしきが少しだけ音を立ててその場から消えた。


 皆が気付いて振り返り、よしきを探して見つからず群れに視線を戻した時、群が渋滞していることに気づく。


 ついには牛たちが横を迂回し始めた、その先頭のバギー・ホイップの目前にはよしきの姿が現れる。



 ミーティアが驚愕していた。



「あれ? もしかして、牛を指一本で止めてるんすか!」



 その言葉通り、よしきは右手の人差し指だけで加速し続けていたバギー・ホイップの眉間を押して群れの4割ほどをせき止めていたのだ。



 そのまま、軽やかに指を右に払うと、同時にその牛と後続の牛たちがドミノだおしにされてしまう。



「おお、やりおるな、ちぃ」



 ジークが珍しく感心しているが、横から迫ってきた牛たちが相変わらず迫り来る。



 ミーティアは屈伸と伸脚運動を終えて地面を一気に踏み込むと、とんでもない勢いで群れに突撃した。牛との接触と同時にツノを掴んで脚を踏ん張る。数秒押しあったあと、簡単に投げ飛ばしてしまった。



 振り返ってジークに報告した。



「こいつらちょっと強いっす〜」

「ちぃ、頑張ってこい」



 ジークは軽く手を振った。



 キシヨが唖然として、



「どんな腕力してるんだ。牛を投げ飛ばすなんてありえないだろ……」



 ジークは目の前でうろたえている彼を見ると、情けなそうに、



「ちぃ、あんた、二丁拳銃は慣れてんのに、異世界での戦いは全く慣れてないようだな。よしきの弟子だと言っていたが、かなり新米だろ?」


「新米も何も、ついさっき初めてその異世界の戦いとやらを体験したところだ。だが、さっぱり理解できない。この世界は本当に異世界なのか?」



 その発言にはジークも思わずぽかんとした。慌てて気を取り直すと、



「ちぃ、よしきも物好きだねぇ。こんな若造を弟子にするとは。『フィガー』を使いこなせていないところを見ると、さしずめ『沈没世界』の住人といったところか」


「沈没?」



 キシヨが理解せぬ間に、よしきとミーティアが牛たちを誘導し始め、店に向かってくるのは残り25体ほどになった。



 その様を見てジークは彼をあざ笑う。



「ちちちちちぃ、いいもんだねぇ。弱きは罪といったが、それは違う。弱きは無力。存在してもしなくてもいいんだろうねぇ。まさに今のお前ではないか」


「なっ!……」


「さっさと行け! なんにもやることなくなっちまうぞ」



 キシヨは思わず口をついて出そうになった言葉を抑える。歯を噛み締めて、群れに走って行った。



「わかったよ、やればいいんだろ!」



 走って接近してはいるものの、ミーティアのように爆速ではなく、よしきのように瞬間的な移動でもない。牛の前まで来る頃には牛が店まで100メートルほど近づいていた。



 しかし、近づくも危険を感じて踵を返し帰ってくる始末。



 ジークもさすがに先ほど商品棚にあったレーザーを構えるが、キシヨが気の毒に思え、つい助言した。



「ちぃ! いいか若いの! 異世界の戦いは常に自分のエネルギーと世界のエネルギーを自分の力にして戦う事を言うんだ! それが相撲なら足腰や腕、必要な筋肉にエネルギーを取り込んで強くする! 単純な気合いの問題だと思え!」


「気合いの問題? 意味わからない!」


「ちぃ、やれぇ! そのままじゃ俺がお前ごとバギー・ホイップどもを焼き払っちまうぞ!」


「そんなバカな……」



 早速、命の危険である。しかし、ジークの目がシャレになってないくらい本気の目をしているので、キシヨには気合いでなんとかする選択肢しか残ってなかった。



 キシヨが立ち止まって振り返る。



「わかったわーい! なんとかすればいいんだろうがぁ!」



 キシヨは無我夢中で牛を受け止め始めた。

 ゆっくりと拮抗して自然と止まる。



「おー、やりよったやりよった、ちぃ」



 ジークの目つきが優しくなって思わず微笑む。しかし、後続のバギー・ホイップたちも激しく押し始める。それにはキシヨもさらに気合いだと踏ん張ってみせた。



 ようやく力が拮抗してくると、戦っていた頃の合気道の技術を思い出し、牛のバランスを崩して容易く転倒させる。だが、後ろで待っていたバギー・ホイップたちはキシヨを目で捉えていた。



 キシヨは即座に牛たちの右へと迂回を始めると、牛もキシヨを追った。



 迫る牛がいなくなったジークは店の階段にゆっくりと腰掛ける。隣に咲いていた花の果実を採って口の中に放り込むと、



「あいつはいい才能の持ち主だ。この世で唯一才能と謳われる『好かれる』才能があるのぅ。あいつが弟子になった理由がわかったわい、ちぃ」



「コンニャロ!」



 一方キシヨは牛の横っ腹めがけてグーパンチを見舞った。

 だが、牛は屁でもない様子でこちらに迫る。



「こんな大群、どうしろっていうんだあ!」



 キシヨは辺りを逃げ惑い始める……仕方ないなあ。本来ならこういうことはしないんだが、特別に力を貸すことにしよう。



● キシヨくん。お困りの様子さね?


「助けてくれぇ!」


● ジークくんの教え方が悪かったんさねぇ、気合いとかじゃなくてもっと端的に教えるから聞いてほしいさね。


● 君は『フィガー』でジェットエンジンを背中に生やしてるさねね? その時って、どうやってそれを実行してるさね?


「どうやって? そんなの、頭ん中でイメージして……それから……はぁ、はぁ、はぁ」


● 走りながらじゃ疲れるのわわかるさね。でも、今から言うことをやってくれたら君ははとても強くなれるさね。


● いいかさね? よく聞くさね。


● 君が今一番なりたい人間になったつもりで行動さね。そうすれば運命は少し変わるかも知れなさね。僕から言えるのはここまでさね。



「なんだそれ! わかるかよ!」



 柄にもない教え方だったかもしれない。だが、主人公になりたての太一君にはちょうど良かったかも知れないさね。



 しかし、牛は迫る。キシヨはともあれ考えた。



「一番なりたい人間! 一番なりたい人間! 一番なりたい人間! 一番なりたい人間! 一番なりたい人間! 一番なりたい人間!」



 そしてひらめく。



 もう一度振り返って、牛の角を掴んだ。またしても押し合いが始まる。牛の雄叫びはすごく、鼻息を荒らしながら押し続ける。キシヨも負けじと歯をギシギシと噛み締めて、今思ったことを全て言ってのけた。



「今俺はよしきみたいにお前らをぶっ倒したい! 店員さんみたいにお前らと叩くこともへでも感じないでいた! 何より! 俺は太一あいつみたいになりたいんだぁあああ!」



 無我夢中に牛を後ろへと放り投げた。後からキシヨに突進しようと迫る牛を彼は一睨みした。



 瞬間、牛たちが立ち止まる。



 目の前の人間が明らかに『来るな』と命令していたのだ。


 キシヨはおとなしくなった牛たちに拍子ぬけた。



「な、なんだこんなもんか」

「ちぃ! 気ぃ抜いてる場合かアホォ!」



 何かが大破する音が聞こえた。牛たちがその音におののく。振り返ると、キシヨが投げ飛ばした牛は武器屋の倉庫に飛び込んでいた。



「ちぃい。まずいまずいまず! まずいまずいまずいまずいまずい! お前ら早く逃げろぉ!」



 ジークが恐怖に顔を引きつらせている。身振り手振りで必死に伝えた。



「ちぃ! その倉庫には、強化薬が保存されているんだ! もうお前が勝てる相手じゃなくなってるぞ!」



『イィギャアアア!』



 牛にしてはキテレツな声が聞こえた瞬間。真っ赤な塊が目にも留まらぬ早さで突撃してきた。それはまるで砲弾の速さ。瞬きをする間も与えず、キシヨの目の前に迫る。



「え?」



 そんな牛がなぜか目の前で止まった。



 少しだけ視界に入った、血走った目、狂ったように飛び出た舌、目の前のご馳走にかぶりつくような牙、ふしだらなよだれ。そして赤く染まる体毛。一匹の怒った闘牛は、狂人を思い描かせるほどひどく暴走していた。



 いったいキシヨに何をしようとしていたのか、思いもよらない。そんな暴れ牛が彼の目に佇んでいた。いや、目の前で激突しているとでもいうべきか。



 キシヨと牛の間にはやはり詠嘆のエクレツェアがいた。



「体が赤く染まる赤毛因子かぁ。しかも簡易的なもんで強化するってわけね。よく作ったこれほんと。これはさすがにオススメだ」



 牛からむしった体毛を観察してそ、よしきがういう。キシヨの元まで駆けつけ大きな暴れ牛を左手だけで見事制していた。



「よくやったねキーシヨく〜ん。君の思い入れはそこまで強かったかい。やっぱり君の親友はとても素晴らしい。彼が私の計画の大きな役割を担っているね」



 すると、続けた。



「いいかい? こういう大きなモンスター相手には、小手先で攻撃してもいいし、もちろん力ずくで攻撃してもいい」



 足で2度地面を蹴ると、



「こうやって踏ん張ってもいいし、逃げて罠にかけるもいいし、さっきみたいに威圧して従わせてもいい」



 そして手の体毛を投げ捨てると、



「でもね、僕ちゃんたまに思っちゃうんだよ。こういうでっかいモンスターを倒すならやっぱり……ぶっ飛ばすに限るよね!」



 瞬間。ズン、ズン、と足を踏み込んだ。



「Xバースト!」



 エネルギーが集まると、一気に放出。それら一連の行動全てに音が発生、よしきの左の手のひらから解き放たれた。白い咆哮が赤いバギー・ホイップをを吹き飛ばす。その場には残響が残るばかりだ。



 キシヨが思わずへこたれて地面にお尻をつけると、よしきは手を引いて励ます。



「よくやったよ」

「ああ、ありがとう」



 キシヨが立ち上がると、ミーティアがまだ牛たちと戦っていたので、



「まだやってんかあいつ、ふん!」



 よしきが大きな地団駄を一回踏む。すると、案の定、牛たちが地面から引き離され、着地できずに叩きつけられる。



 ジークはホッとして、



「ちぃ、初めからそれをやれってんだ。あいつのことだからなんとかするとは思っていたが……いや、ちぃ! もしかしてこれってよしきが仕掛けたことじゃないのか!?」


「え、何っすか!?」



 不意に起こった地震に不思議な挙動を起こしてミーティアは立ち尽くした。



 その場は一旦収束する。



”ハハハハハハ! 君のなりたい人間は僕だったんだ!”

”それなら安心だね。きみがマリを助けた後は、必ず帰ってくるさ”

”だってきみは僕なんだから”

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