酒場・ギャンブル・バーテンダー
カランカラン
酒場のドアは小さくて中から浮き、胸のところに固定されていた。人が通ると軽く開く仕組みだ。
西部劇に出てくるような小汚い酒場。暗いカウンターの上に申し訳程度の白熱電球。別の形容をするなら1600年代の発明家の研究室。
カウンターの前に暗い色の木材でできた丸い机がある。それを四方から囲んでいるのが四角い角ばった椅子だ。
カウンターにも机にも何名かが座っていたが、まだ薄暗い中では全てを言い当てることとはできなかった。
よしきは迷いもなく入っていく。黒い装飾を揺らして、我が物顔だ。両手を腰のポケットらしき装飾に突っ込みながら、一番奥の小さな机の前に座った。
ミーティアは相変わらず裸足なので、そういう汚い場所などは少々苦手だ。慎重によしきの後を追う。よしきが座っている前にはすでに誰かが座っていたようで、その誰かとよしきの会話を机のそばで聞いた。
太一が一番後から入る。その頃、白熱電球がより明るくなったのがわかった。薄暗い店内もすこだけわかりやすく浮かび上がる。
どうやら、酒場にはすでに幾つかの人間がたむろしていたようだ。
一人が保安官。
見た目が酒場と違いこぎれいで、清潔な保安官バッヂが胸についている。川のユニフォームが古い映画を思い起こさせた。
携帯している銃が普通では使わないような、ワルサーの一番方が古いタイプであることも、太一を驚かせた一つであった。
保安官の隣に一人、黒いぼろきれをまとった男。黒い会の毛と髭をたくさん伸ばして、見るからに身だしなみがなっていない。
酒場の匂いにかすかな汗の匂いがする。おそらく彼の匂いだろう。
銃を携帯しているように見えなかったし、見た目はさすらう浪人にも見えた。
彼ら二人は丸いテーブルを隣り合うように座っており、向かいには見慣れた人間の姿がある。
サカ鬼と龍矢だ。
彼らの酒癖は和亭の時に十分知っていたが、懲りもせず飲みすぎてぐったりしている。
サカ鬼の目は赤くなっており、龍屋の目にも涙がたまっていた。
彼ら四人は会話を始めた。
「おい、飲み過ぎ防止法違反だぞ」
「ああ、ホワンカンドノォ〜。俺は酒の鬼なのにどうして世界はぐ〜るぐる〜」
「それはここのマスターの腕がいいからさ、さてギャンブルの続きをしよう。イカサマをしようもんなら容赦なくしょっぴくからな」
「ぐ〜るぐる〜、おい、くそドラゴン。お前の番だカードを引けぇ」
「あ、ああ。一枚引けば、ほら、みろ、フルハウスぅううえ〜んへっへっへん」
「あ〜、泣いてるドラゴンがぐ〜るぐる〜」
「俺もなんだかこの酒場が臭いように感じるんだぁえーん、えーん、えーん」
ぼろきれを着た男が屁をこいた。
「あ、それは俺のせいだな、って誰が臭いボロ雑巾だ」
保安官がツッコミを入れる。
「異臭放屁罪だな」
さすがに太一も呆れていた。酒好きはわかったが、おそらく初対面であろう人間にここまで打ち解けるとは思ってなかった。しかも、ギャンブルをしていると聞く。さすが西部劇の世界だ。
「ほんと面白いよなあの二人は」
太一はサカ鬼と龍矢に好印象を抱いて、そう呟いた。
振り返ると、ロシナンテと小太りのダッチマンが店内に入りたそうな顔をしている。しかし、一向にこちらに入ってこず、ついには扉が閉まってしまった。
ロシナンテとダッチマンは首を振って、
「俺たちはワイズ師匠の護衛だ」
「許可なしに入ったら怒られるダッチよ」
「こら、カウボーイが怒られるとか子供みたいなこと言うんじゃない!」
「ご、ごめんだっち」
太一は二人を見てよしきみたいに苦笑った。サカ鬼と龍矢もそうだったが、エクレツェアの人間は太一をクスッと笑わせてくれる。そんな面白い人間が多かった。
だが、あまりじっと見つめているのも気が引けたので、次には視線の先によしきを捉えていた。
どうやら、まだ誰かと会話をしているようだ。
隣にミーティアも付き添っていて、何やら彼女は真剣に話を聞いていた。いや、険しい顔をしているというべきか。
よしきの前に座る男が、ロシナンテやダッチマンと同じ姿のカウボーイであることから、先ほど話にで師匠だと勘づく。
ギャンブルしている四人を放って、太一はその元へと向かっていった。
だが、たどり着く前にミーティアが机を叩いてその場を立ち去る。
「そんなのありえないっすよ!」
彼女は腹を立てて、店の隅に離れてしまった。暗い影に隠れて、そっと成りを潜める。
ミーティアがこんなに怒るのは珍しいことだった。
太一は彼女を気にしながらも、よしきたちの会話に加わると、その場の席に座った。
「何をしている? ミーティアがすごい剣幕だったぞ?」
太一の質問。だが、よしき会話をするカウボーイはそれをうとましがる仕草をするると、途端によしきを睨みつけた。
ロシナンテたちの師匠、ワイズ。
その整った顔は、色で表すなら透明だが、気配で表すなら真紫だった。それほど、秘めたる思いが強く見える。瞳がギラギラとよしきの思惑を見つめている。
「俺はてっきりこの酒場に来ることはないと思っていたがよい」
「固いこと言うなよ、たまにはくるさ」
「……わかったよい。お前がいいならそうしたらいいんだよい」
そう言って、ワイズはポケットからパイプを取り出す。火をつけるとプカプカと吸い始めた。たくさん吸って、よしきの顔に吐きつける。
「煙たいな」
「それは俺からのプレゼントだよい」
太一は少しだけよしきが不憫にも感じ始める。
エースといい、ワイズといい、よしきは時たまエクレツェアの人間に嫌われているように感じていた。思い出すと、武器屋の店主でゴブリンのジークも嫌っていたのかもしれない。
正直、よしきのそばで数日過ごし散るが、無茶はしても嫌われるような人間じゃないことはわかっているつもりだ。
それがこうことごとく翻されると、少し自身が薄れるように感じていた。
「ああ、もうこんな時間だよい」
そう言うと、ワイズはその場を立ち去った。四人のギャンブルに加わる。先に座っていたサカ鬼と龍矢をケツで押しのけた。
「おい、バーテンよい。ウォッカ持ってこいよい」
「かしこまりました」
太一の気づかぬところからバーテンダーの声がする。汚れたカウンターの奥に版画のような佇まいのすました男が一人いた。彼は見た目の雰囲気にそぐわず傷だらっけの顔をしていた。
バーテンダーはウォッカの入った便を投げつける。少し広めの店内を飛んだ瓶は、ワイズの小指に引っかかり手元に届いた。
そのまま、ワイズが保安官とぼろきれの男に声を荒らげる。
「さあ、お立ち会いだお立会いだよい! 俺がロシナンテに主ませたワンダージュエル。これを今からギャンブルの景品にしよう思うんだよい!」
太一は目をひん剥くように驚いた、ワンダージュエルを盗ませたとはどういう訳かと、ワイズを見る目が変わる。
一方、ワイズはテーブル中央にあるトランプを回収すると、慣れた手つきで混ぜ始めた。
「一人五千万からかけはスタートだよい。俺の気が変わらないうちに賭けた賭けた!!」
保安官は自分の高級なワルサーを机の中央に、ぼろきれの男は布の下から汚れたダイヤモンドの指輪を取り出す。
ワイズは自分の胸からバッジを引き剥がし中央に収めた。
「さあ、掛け金は揃ったようだよい」
ぼろきれの男が布の下から手で催促する。
「誰がギャンブルのカモだ。そのバッジじゃ、せいぜい金貨二百枚程度の価値だろう?」
「バカ言え、お前を公然猥褻罪で逮捕するぞ。これは俺の勲章だ。100年前からの骨董品だぞ?」
骨董品、100年前というキーワードがまたしても現れた。
太一はその100年というキーワードを聞かされるたに蚊帳の外に追い出された気分になる。そうして、また勝手な物語が進むのを眺めるだけにとどまるのだ。
太一はいい加減うんざりしていた。ふと、よしきを見ると、彼もこんかいは蚊帳の外のようだ。
ワイズたちの主張を見守るように、そっとギャンブルの続きを眺め始めた。
「さあさあさあ!」
ワイズが素早くカードを配る。そして、中央にトランプの束を置いた。右回りでカードが引き抜かれていく。
速度は手馴れていて、とても場面の変化に追いつけない。
ぼろきれの男が喜んだと思うと、皆がカードを捨ててまた混ぜる。また配って今度はワイズが腹を立てた。カードを捨てる。保安官が笑ってカードを引き抜くと軽く舌打ちをする。ワルサーをツンツンしてこう宣言した。
「チェック」
ワイズが涙目で作業を行うと、ぼろきれの男「コール」と宣言する。
保安官はカードを見せる。フルハウスだ。
ワイズがカードの手を止める。
「キングのフルハウスだよい。おたくはどうするよい?」
ぼろきれの男はガラスコップをワイズに差し出した。
「誰がフルハウスで髪の毛ぐしゃぐしゃだ。まず、ショットをもらう」
保安官はカードを開けたまま央のトランプをまた引いた。
「チェック。これは総取り罪だな」
ワイスがウォッカのボトルを開けると、ガラスコップに注ぐ。
その頃保安官はカードを中心に積み始めた。さらに、ワイズ、ぼろきれの男、保安官の順で、トランプをどんどん積み重ねていく。
それが3巡目に入った頃だ。
「「ダウト」」
保安官とぼろきれの男がワイズに宣言した。そのまま二人はワイズの顔に自分の顔を近づける。二人掛かりでワイズの手を引っ張り始めた。
「「さっさと山から札を取れ」」
だが、ワイズは目を白黒させながら指を細かく降ると、こう反論した。
「おっと、すまん忘れてたわ。リーチだったリーチ」
ワイズが手元の札を丸い机の上にばらまいた。
ぼろきれの男はその札にまた顔を近づけると、ぎろぎろと睨みつけ始める。
「こりゃ、ロイヤルストレートフラッシュか」
ワイズが腰に下げていたカウボーイの投げ縄で、ぼろきれの男が賭けていたダイヤモンドを引っ掛けた。手元に手繰り寄せて指にはめる。
「詐欺罪だぞ!? どうやったらダウトからロイヤルストレートフラッシュになる?」
「いんや、もうワイズ様のもんだよい」
「なんだとワイズ! 誰が負け犬だぁあ!?」
「ベルベットマン! 誰もそんなこといってねぇだろうよい」
ぼろきれの男は怒りが収まらず、腰の重に手を当てた。引き抜こうと力を込める。ワイズもすかさず片手で銃を握った。
その場に緊張が走る。
遠くで見ていた太一も何がなんだかわからぬまま、固唾をのんで見守っていた。
だが、展開が進むことなく、途端に静寂が訪れる。広い酒場の中に、唯一音を立てるのは小さなハエだけだ。
ぷぅ〜ん、とよしきの頭の周りで迂回すると、保安官の方に飛んで行った。
よしきはそれを目で追って、保安官の髪の毛に止まったのを目撃する。縮れた毛の上で、保安官の帽子を眺めていた。
その帽子が、ふっ、と持ち上がると、保安官はその下から何かを取り出す。それが札であると気付いた頃、保安官はこう宣言した。
「こいこい、だ。俺は今こいこいを宣言したぞ。早く勝負しないと逮捕するぞ」
ぼろきれの男とワイズが、銃から手を離して、テーブルに注目すると、トランプの上に花札がばらまかれている。
保安官は欧米人のようなごつい白い手で、東洋の花札を掴んだ。
「俺のは月札4枚。これは、刑事罰的に考えて、ロイヤルストレートフラッシュよりすごいなぁ。というわけで、ワンダージュエルは俺のものだ」
保安官はバッジを胸に付け直すと、赤い色の宝石を大きな手でつかんだ。
ワイズはその手首を掴み取る。
「ちょっと待った! なんで刑事罰的に考えたら、ロイヤルストレートフラッシュが月札4枚に負けるんだよ。こっちは52分の12だぞ」
「ははは、おかしなことを言うなよ。それじゃ、たったの4分の1になってしまうだろ。しまいには逮捕するぞ」
「御託はいいんだよい」
今度はワイズと保安官のもみ合いが始まった。互いとも、力ずくで胸元まで引っ張ると、今度は引っ張り返されていた。
そのうちもみ合いになり、椅子を押し倒しながらゴロゴロと転がり始める。
腕を絡めながらウォッカのボトルをひっくり返す。あたりが酒まみれになって、その水たまりの上に転がり始めた。
ついには、その二人が太一の足元に転がってきたので、太一は思わず後ずさった。少しおびえながら言い放つ。
「っあ、あんたら本当に何してるんだよ!」
「「あア!?」」
「え?」
太一のセリフにワイズと保安官は腕を組みながら立ち上がった。互いの手を離さないまま、ワンダージュエルを固く握り締めている。
彼ら二人の目つきは鋭く、酒に酔っていることもあり、非常に危なっかしいものだった。太一は、いつ襲い掛かられるかとヒヤヒヤしていた。
ワイズと保安官が恨めしそうに口を開いた。
「誰のためにこんな茶番をしていると思っているんだよい」
「そうだな、それは主に侮辱罪に当たる」
「そら見たことか、この保安官に捕まると頭を一発でぶちぬかれるよい」
「変なことを言うんじゃない、警官侮辱罪だぞ」
ワイズと保安官の話すことをまともに聞いてみても、太一は結論までたどり着けていなかった。
「結局なんでこんなことをしているんだ?」
「このギャンブルは、ボーカーや花札とかいろんなのを混ぜた異種格闘ギャンブルなんだよい」
「そして、俺は保安官として、よしきを違法賭博罪でパクる予定だった」
「そ、それとその宝石と一体何の関係が……」
その時、ぼろきれの男がワイズたちの後ろから声をかけた。
「おい、誰がボロ雑巾だって?」
「だれもいってねぇよい」
ワイズが振り返ると、ぼろきれの男は麻雀牌の組みを横一列に指で挟んでいた。
「ほら天鳳だ。誰が俺の勝ちだって?」
「貴様! イカサマ罪だぞ!」
「知るかぁあ〜! その石よこせぇ!」
ぼろきれの男がワイズと保安官の間に突貫していった。太一はとっさに目の前のワイズたちを押し倒して、自分だけ逃げ果せる。
「急に押すなよい!」
「公務執行妨害だぞ!」
「ごめんなさい!」
「誰が汚い服だこらああ!」
「誰も言ってねぇだろうがよい!」
そうこうして、ワイズたち三人は取っ組み合いになった。カウンターにぶつかりながら、椅子を吹っ飛ばしている。
太一はそれを呆然と眺めいているしかなかった。ふと、よしきの方を見ると、バーテンダーが緑茶を出しているところだ。今のめちゃくちゃなな状態を止めるべく、太一はよしきに駆け寄った。
「なんとかしてくれ!」
「いやだ、酔っ払いには関わらないに限る」
「言ってる場合じゃないだろ。ワンダージュエル持ってたぞ!?」
「ああ、あれは偽もんだ。光の加減でわかる」
よしきの言葉を聞いて、太一はひとまず安心した。
ワイズはロシナンテの師匠だという。ディオグラディティの宇宙ステーションを襲った時の映像は、ロシナンテが太一より強いということを物語っているように思えていた。
もし、ワンダージュエルをワイズたちから力づくで奪うことになったとしたら、考えただけでもただでは済まないと気付いていた。
太一はよしきの隣の席に座った。そのまま、手持ちぶたさで緑茶を注文する。
「俺にも緑茶ください」
「かしこまりました」
バーテンダーが緑茶を急須から緑茶を注ぐのはとても違和感のある姿だ。緑の陶器コップにホカホカの液体を注ぐのも、西部劇のような空間にはあまりにも不釣り合いだった。
だが、そうはいっても西部劇の世界観はもちろん気温まで再現されていた。おそらく、この時期の西部劇と言うものは気温が低いと見えて、かいていた冷や汗が冷え始めていた。
太一はちょうどよいと思って緑茶の温かさを肌で感じ始めた。ようやく落ち着き始める。
イマイチ状況が飲み込めていないこともあって、ひとまず、整理する時間が欲しかったのだ。
太一はおもむろに口を開いた。
「そ、そうか……。じゃあ、これからどうするんだよ」
「そうだな、そろそろ本格的に昔の話でもするか」
「お? 教えてくれる気になったんだな」
「俺が語るんじゃない。ちょうどいいテラーがここにいるんだよ、な? バーテンダー」
よしきがそう言って目配せをする。
バーテンダーはそれに応じて首をゆっくりと縦に振った。彼は神妙に語り始じる。
「少しだけ長くなるかもしれませんが、私たちエクレツェア初期の住人のことについて、少しだけお話しいたしましょうか」




