ロシナンテとダッチマン
——連絡します。サカ鬼と龍矢さんはその先の酒場で待機している模様——
「また酒飲んでんのかあいつらは」
ミズノの冷静な声が鼓膜を揺らす。
よしきは黒い装飾を揺らして、二人の酒好きと、なんだ感で良い相性に呆れ笑っていた。
太一はその光景を客観的に見て、一つ思うことがあった。
毎度、ミズノの声が聞こえるたびに思うのだが、鼓膜だけを揺らすなんてどうやっているのだろうか。太一は疑問だ。
よしきが一人呆れ笑う姿をミーティアも首を傾げて見ていた。足元まである赤毛が地面に擦れて、土を巻き上げていた。
ミズノの声はミーティアにも聞こえていたが、彼女にも原理はさっぱりわからない。ただ、彼女が太一と違うところは、そんなこともあるだろう、と深く考えないことだった。余計なことを考えないようにできているらしい。
太一とミーティアはよしきを先頭に、三角形の形で歩みを進めた。
コペッチ村は砂埃が舞い上がる乾燥した町だった。どの家を見ても、植物らしいのはサボテンしかない。
というのも、周辺は枯れ草くらいしかなく、水もおそらく付近の川から汲んでいるとわかるカラッとした村。
建物にコンクリートののような化学物質は一切使われていない。茶色い味のある木材で全て立てられていた。
西部劇の舞台。言って見れば歴史ある姿だ。
酒場も今時にはあり得ない木製の開き戸。西部劇らしかった。
だが、こう暑ければ打ち水でもして良さそうなのだが、バケツどころか人っ子一人見当たらない。
風がとにかく砂を巻き上げ、すでに三人の服や髪の毛には細かい砂粒が付着し始めていた。
ミーティアはは赤毛を砂地に擦り付けながら、平然と歩いている。よく見れは初めて会った時からずっと裸足で、じている店員服も変わらない。
茶色いエプロンがよく似合っていて、もうそれ以外の服装に違和感を感じるほどだ。
「何ジロジロ見てるっすか、太一さん?」
「すんごい髪の毛だよな。剛毛っていうか爆毛だな」
「ああ、これっすか。私の父親がこんな感じなんっす。遺伝っすね」
「へ〜」
ということは、もっと毛並みのいい赤毛族もいるのだろうか。太一は勝手な想像を膨らませ、シルクのような赤毛を想像していた。
そう考えている間にもミーティアの赤毛は砂まみれになっていく。太一の髪の毛にも砂粒が入り込み始めた。よしきの黒い装飾の隙間にも砂粒が入り込み、ギコギコと音が鳴り始める。
「あ、詰まった」
よしきの動きがロボットのようにカクカクし始めた。
もうその格好をやめたらいいさね。
「おいマルコ、この服は百年前から変わってないだろ。今更やめられるか」
● 語り部に干渉するのはやめたまえさね。それに、いくとこまで行ってやめられないっていうのは、まるでギャンブルのような考え方さね。
● それじゃ、百年まえと同じだ。
「おっ? いい伏線張るじゃないか」
● そんなつもりは毛頭ないさね。
一行はミズノの言う目前の酒場に歩いていく。
酒場はここまで見てきた建物の中で一番大きい建築物だった。風通しの良い小さな酒場の扉が、風で前後する。入り口の手前には小さな階段があるが、これもまた砂まみれだった。
扉のそばには、壁に背を預けるカウボーイが一人。階段に座った、まん丸く太ったカウボーイが一人。
地面が硬くなる。舗装された上に砂粒が降りかかっているようだった。そこに太一の汗がひたりと落ちて、小さな泥団子を作った。
その時、カウボーイたちが立ち上がって、酒場への道をとうせんぼしてしまった。
「待ちな、旅のお方」
「そうそう、酒場は今からオラ達のたまりばになるだっち。入場はひかえてもらうだっち」
よしきの行く手をとうせんぼする形で、二人の男が店のそばから目の前にイカした姿のカウボーイ二人。
一人は小デブの姿で革製のジャケットがパツパツだ。ベルトがはちきれそうで、銃のホルダーも謎の圧力で変形していた。
顔は豚まんのようなシルエットであるが、鼻はまるで茄子のようだった。たらこ唇で、そばかすが少し目立っていた。それでも人に好かれそうな良い顔だ。
だっちだっちと語尾が特殊で、私としてはとっても助かる。
もう一人は、最初に話しかけたのが威勢良いいカウボーイ。彼は主人公級のイケメンだった。そして、その声はどこかで聞いたことがあるものだった。
太一が不用意に口を滑らす。
「あれ? コペッチ21面相!?」
そう、威勢の良いカウボーイはワンダージュエルを盗んだ犯人。コペッチ21面相こと、ロシナンテであった。
パァン!
威勢の良いカウボーイが太一に向けて発砲した。完全に眉間を撃ち抜く弾道だ。
しかし、太一は生きている。
眼前にはよしきの手が、キューゴと同じように弾丸を摘まみ取っていた。目と鼻の先で銀色に輝く。
よしきはあっさりと弾を掴み取ったが、内心ヒヤリとしていた。らしくない冷や汗が額にうっすら現れる。もし、攻撃を防げなければ、太一は確実に死んでいたと、怒り交じりのため息をついた。
しかし、どうであろうとも、よしきは異世界最強だ。これしきのことでは怒りをあらわにしたりしない。
よしきは弾丸をカウボーイに見せつけ、冷静な文句を言ってのけた。
「おいおい、いきなり発泡するなんて礼儀がなってないな」
小太りのカウボーイも銃を向ける。ベルトが、ぎちぃ、と叫びをあげた。
「こいつをおこらせるのはやめるだっち。この村一番のガンマンだっち」
ロシナンテは銀色の銃を下ろすと、鼻さきで帰るように促す。
「そういうこった、気がかわらねぇうちに帰るんだな」
だが、ミーティアは臨戦態勢に入った。赤毛を背中に乗せるような低い態勢をとる。
「うるさいっすね。邪魔っすよ」
「やるだっち?」
「いいっすよ?」
一触即発だ。
だが、よしきがその前に尋ねる。
「おい、この村一番のガンマンはたしか『ワイズ』というやつだったんだが、代替わりしたのか?」
「だっち? 師匠を知ってるだっち!?」
小太りのカウボーイは銃を震わせると、ロシナンテに首を振った。
「ワイズ師匠を知っているのはおかしいだっち。師匠は知名度が上がることを極端に嫌っているだっち」
「それでも知らないわけないだろ、こいつは詠嘆のエクレツェアだからな」
「だっち!? ほんとだっちか!?」
「もっと新聞とか読んどけアホ」
小太りのカウボーイは詠嘆のエクレツェアという名前に大きく口を開けた。
「勝てるわけないだっち! 今すぐ師匠にほうこくするだっちよ!」
「おらあこの町一番だって言ったろ。つまり、最強のガンマンってわけだ。だから負けない」
ロシナンテは銃口をよしきの眉間に合わせた。万全を期すため、両手で議員色の銃を力強く握った。だが、彼の自信は少々過剰だったようで、異世界最強の男を前に緊張が高ぶっていた。
よしきがそれを見抜けないはずがない。彼はダンサーのように腕を前にあげると、人差し指で手招きをした。
「それが犬にでもなったのか?」
「なんだと? なんの話だ」
ロシナンテは拳銃のハンマーを引く。
「たま受け止めたくらいで調子乗ってんじゃねぇぞ」
「たしか、腰振りが世界一、しかも早撃らしいな」
「!?」
ロシナンテの表情が変わる。眉をくっきりとしかめた。
よしきの言ったセリフは、ロシナンテががワンダージュエルを盗んだ時に、彼についていた語り部が言っていたセリフだ。
「どこまで知ってる」
「ロシナンテまで」
「く!!」
ロシナンテは怯えるように発砲した。よしきの顔面めがけて一直線だ。
銀色の拳銃から解き放たれた弾は先端が銀色で、胴体が金色だった。
よしきにはそれを観察するほどの余裕がある。
まるで未来でも見ているかのように、首をそらして弾丸を避けた。
しかし、弾丸の軌道が変わる。
「!?」
「ねじれる弾丸」
ぱきゅん、とよしきの顔面に命中した。しかも、その威力のあまりによしきの体が宙に浮いた。頭が後ろに吹っ飛び、そのまま勢いに任せて回転する。
「言っただろ、この最強のガンマンだって。俺たちの秘密を知ったら、赤いワインを浴びることになる」
太一は目を疑った。よしきが目の前で頭を撃ち抜かれ、吹っ飛んでいるのだ。異世界最強が、たった一発の弾丸でいとも簡単に生涯を終える姿を、目撃していた。
ミーティアも思わず口を覆い隠した。彼女は弾道を見切っていたため、その重大さがよくわかっていた。
ロシナンテの打った弾丸は、よしきの口の中に入っていった。そのまま、吹き飛ぶように頭が後ろに推進して、よしきは宙に舞っていたのだ。
さすがの赤毛族も、口の中に弾丸を受ければ即死である。これで生きているはずがないと、確信をしてしまっていた。
衝撃のあまり、涙が溢れる。
その頃には、太一がよしきに駆け寄っていた。追いつけない何かを追うようい、体を大きく伸張して手を伸ばす。
「よしき!」
「あ〜らよっと!!」
だが、よしきは案外かっこよく着地した。片膝を曲げてもう一方はぴっしり伸ばす。左手を地面について、獣のような姿勢になっていた。
ロシナンテは驚愕している。小太りのカウボーイも目を大きく身開けてその光景を疑った。
「そんな、今ので生きているはずがない」
「ば、化け物だっち!」
しかし、よしきの姿を見てみると、答えは非常ん簡単あった。ただ、それが人間に出来る芸当を超えていただけの話だ。彼は歯に弾丸を挟んでいる。
「だっち!?」
「ぷっ、いい弾使ってねぇだろ。鉛じゃなくて鉄鋼弾じゃないか」
「この化け物が、鉄鋼弾を歯で咥える方がどうかしてる」
ミーティアはそれを見て自分の歯を痛そうに口を抑えた。ポケットからはを再石灰化するためのガムを取り出す。
「あらららら、大丈夫っすかよしきさん」
「後でガムかんどく」
「キシリトール買ってたんでこれどうぞっす」
「ありがとうな」
よしきとミーティアの変然とした会話に、ロシナンテのプライドが大きく傷つく。鼻をピク付かせて、非常に苛立った。
「お前らなめてんのか!?」
太一はその隙にロシナンテたち二人に二丁拳銃を一丁ずつ向けた。黒い拳銃は、ロシナンテほどではなくとも、命を狩るほどではある。
「いい加減にするのはお前らだ。いきなりぶっ放すなんてほんと何でもありだなこの世界は」
太一の指はすでにトリガーにかかっている。ロシナンテたちが動けば先に発泡されるだろ。そこまで簡単に予測して、彼らはゆっくりと銃を降ろした。
ロシナンテが両手を挙げて降参する。
「わかったよ、あんたらの実力はよくわかった。酒場に案内する」
小太りのガンマンも銃をホルダーにしまった。また、ぎちぃ、とホルダーが謎の悲鳴をあげた。
よしきはアイコンタクトで太一に銃を下ろさせると、
「おい、お前らワイズの指示でこんなことしたんだろ。あいつは俺が苦手だからな」
小太りのガンマンが大きな唇を開く。
「そうだっち、おらたちはワイズ師匠の言いつけ通りあんたたちを襲っただけだっち。悪く思わないで欲しいだっち、むぐぐぐ」
ロシナンテが小太りのガンマンの口を腕で覆い隠すように止めた。
「おいダッチマン。カウボーイがそんなへこたれたセリフを言うなよ。俺たちは間違いなくこの町最強のガンマンだ、そうだろ?」
「ううう、そうだっちな」
「そうそう、その意気だ」
ロシナンテはダッチマンを落ち着けると、よしきの顔を強く見つめた。
「いいぜ、案内してやるってちょっと待て! 人の話を聞け!」
よしきは太一とミーティアを連れて酒場のドアをくぐってしまっていた。




