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VSガーゴイル

 クローゼットの木の香りが顔を横切って、服の入り乱れる中、思い切って体をねじ込んだ。



 ホコリやカビの匂いが、鼻のかなに刺さって、思わず鼻をすする。その途端、冷たい空気。



 それが鼻腔の中に流れ込む。むせながら服の中から顔を飛び出すと、自ずと体も飛び出した。そこには無重力を感じる。



 眼前には、古い街並み。煉瓦造りの建物が並び、どこか田舎のような風景が見える。パリの街並みも、フランクフルトの住宅街にも見えるが、どうやら違った。



 ここは確か、グレンシアが一番に開発を始めた土地だ。それを残した巨大な広場は床一面が石畳。その周りには土のグラウンドと公園が広がっていて、大規模な憩いの場になっていた。



 キシヨはそこに落下していたのだ。



「な、なんで空!?」



 後戻りしようと後ろを見るが、そこには何もなく、ただ晴天が広がっていた。



「そんな馬鹿な……」



 隣を見ると黒い装飾の男、詠嘆のエクレツェアがいる。ぴしゃりと背筋を伸ばして、かかとから風を切っていた。



「フィガーは使えるか?」

「使える」

「じゃ、先に行ってくる」



 彼は空気を蹴るように加速して、地面に向かった。その先には用意された様に、ガーゴイルが三体も待ち構えている。だが、着地の間に勢いのままあっけなくなぎ倒してしまった。



 この高さから飛び降りて、なお生きている人間を見た驚きは隠せなかったが、自分もおな状況だ。地面まであと30メートルほど、時速はそこそこといったところか。



 戦いの時の感覚を思い出してフィガーに触れた。



「オメガバースト!」



 途端に、キシヨのスーツの背中から、巨大なジェットエンジンが現れる。思いっきり噴射した。落下までの勢いを殺して、難なく着地。動作を確認してから、ジェットエンジンは背中の中に戻っていく。



 すると、横から詠嘆のエクレツェアがズカズカとやってきて、

「バカ」

 とキシヨの頭を軽く叩いた。



「いたぁ……な、何をすんだよ!」


「1・5世界の技術で1・8世界の技術を再現してどうするんだ。もっと大切にしろ」


「意味わかんねぇよ。それより。ここは一年前の記念式典広場か? なんでここなんだよ?」


「きみぃ、敵のくらい把握しておきたまえよ。グレンシア大使館をね」



 そう言って指差したのは、古びた大きな建物。



 教会のように聳え、てっぺんの時計台が厳かな雰囲気を時とともに、常に時を刻んでいた。木製のその建物は、モダンなイメージのグレンシアとは程遠い。



 確か、友好の印としてこの巨大な広場を築き、その象徴として大使館を立てたはず。キシヨはそう思い返した。しかし、周囲の大きな門と塀が、治外法権を感じさている、閉鎖的な建物だった。



 キシヨは頭がこんがらがりながら、頭をかきむしると、



「……確かにグレンシアの大使館だが、地方に建設したと思ったらまさかこのためか? ここから来たのかよ!」


「ちょっと用事があってなあ。それより、あの屋根のガーゴイル三体。ここからの敵は全てあのガーゴイルだと考えておくといい。お前にとっては手ごわい相手だ」



 言われた通り、図体は先ほどのガーディアンより3倍ほど大きい。三体それが古びた大使館の上。今にも崩れそうで、キシヨはその時点ですでに驚いていた。



 モンスターたちは、敵がこちらにきたら攻撃するしろ、とでも言われているのだろう。じっとこちらの様子を窺っている。



 すると、ふとその時、



「じゃあお前に任せようか」

「なっ、どういう意味?」

「手ごわいんだろ? 一緒に戦うんじゃないのか!?」

「ああ、戦うぞ? 最初だけな」



 そう頷いて、大使館の上のガーゴイルたちを睨みつけた。



 瞬間、視線は明確な敵意を持って怪鳥たちを貫く。まるで霊的な現象が起きたように体を通り抜けた気配は、そっと化け物の肩と肩を組む。



 ちらりと顔を覗き込んだ。そのまま顔に息を吹きかけられて、門番たちは臨戦態勢に入った。



「ほらな、あれくらいのことで怯むような生物がお前に勝てるわけがないだろ」



 顎を上げて得意げに、



「最初だけ、お前が戦える程度に誘導してやろう。存分に楽しめよ」

「……わかったよ」



 キシヨはと頷き前へ出て、着ている服のボタンを外して、内側を翻す。そこには真っ黒なに二丁拳銃と、シルバーと金の弾丸。腰には手榴弾も見えた。



 詠嘆のエクレツェアもそれにはさすがに呆れて、



「この戦闘マニアが……公務中だったろさっきまで。なんつーもん所持してるんだ」


「何言ってる。極東の公務員は自衛許可を持ってるぞ。拳銃と弾丸は常備しているさ」


「じゃあ、その爆弾もか?」



 キシヨは拳銃を構え、ジャキンと音を鳴らす。



「クローゼットから拝借した」

「じゃあ、始めるかぁ」



 詠嘆のエクレツェアの声とともに、ガーゴイルたちが破れ鐘のような声で、大きく叫んだ。低音が、三体の叫びで不協和音を奏でている。響く音色は少し芸術的で、カノンのような定石に則っている。



 しかし、詠嘆のエクレツェアには、それだけじゃ不満のようだ。



「なんだ? あれだけかぁ? それなら指揮者を置き去りにしたオーケストラの方がまだましだ。叫ぶだけで何にもしてこないじゃないか……っな!」



 詠嘆のエクレツェアは一回だけ子どものように、大地を踏んづけた。



 瞬間、天地が揺れる。



「えっ?」



 体が揺れた感覚がして、キシヨが声を上げた時には、地面が落下していた。その場の風景全てが生物たちの足を、離れる。



 キシヨは大地からの抗力を失ったまま、愕然として、



「一体なにが起きてる!?」

「これがエクレツェアの戦い方だ」



 あまりの状況にガーゴイル三体も、破れ鐘の叫びを上げながら羽をバサつかせて、突貫してきた。



 一匹が槍で、二匹が手と足の爪で二人を襲撃し、命を狙う。石膏のような巨体がかなりのスピードで迫ってくる。



 ようやく足のついたキシヨは思わず回避した。



 しかし、詠嘆のエクレツェアは微動たりしない。突き出してきた槍を掴み、振り蹴られる足の爪を手で叩く。残りは足で踏んづけ、残ったガーゴイルの腕を掴み取った。



 まさかの芸当にキシヨは驚愕する。



 だが、一息もつかせぬまま詠嘆のエクレツェアは掴んだ槍ごと、キシヨの方へとガーゴイルを放り投げた。



「はい一匹目っ!」

「誘導ってそれかー! ちょっと待ってー!」



 そのかなりの勢いにキシヨはまた回避しようとしたが、先ほど詠嘆のエクレツェアが見せた芸当が、頭をよぎる。



 あいつにできるなら俺もやってみようか、と立ち向かった。



「オメガブースト・ワイルドブレッド!」



 右腕の装置を起動させて、二丁拳銃に青白のエネルギーを貯める。拳銃の狙いを定めてガーゴイルの頭を狙う。



 しかし、恐怖が勝って弾丸が逸れてしまった。



 それでも、ガーゴイルの右肩を砕く。



 そして、投げ飛ばされたガーゴイルの巨体をギリギリまで引きつけると、紙一重で回避。今度は至近距離から発砲し、ガーゴイルの頭を砕いた。



 ガーゴイルの肉体は、あっけなく地面に崩れたが、キシヨは気を抜かない。



 詠嘆のエクレツェアは澄ました顔で、



「合格点だ。もう一人で戦えるな。先に大使館に行ってくれ、早くしないと皇族が連れ去られるぞ」



 皇族という言葉。マリの顔が頭によぎった。



 考える前に足が大使館に進んでいる。加速しながら、入り口にある両開きの門を、蹴破った。



 中に入ると、細部までこだわってガーデニングされた美しい緑の庭園。そこを駆け抜けて、奥の大使館の大きな扉も蹴破った。



 まだ、ガーゴイルの襲撃はない。散々警戒してはいるが、本拠地だというのに誰もいなかった。



「クリアー」



 銃で数歩先のエリアの安全をクリアしながら進んで行く。だが、人っ子一人いない。



 厳かな雰囲気を背景に、中央の大きな階段を上がった。上階の広い空間へ出る。



 ここは、景色がいい。おそらく展望台か何かだろう。



 前面が全て格子状の窓に太陽光が大胆に差し込んでいた。その光はあまりにも強く、簡単に景色の色が影の黒と太陽の白に二分された。



 窓から伸びる人影だ。



「きたか、人間……」



 少し目が慣れて、その人物が見えてきた。白い石膏のような短髪が揺れ、そのベールの奥から、極端に美形の顔が。



 石膏で白くまだらに氷ついているのが窺えた。



「そなたの運命はいかにして燃える? 彫られる? 超克する?」



 冷たい声が聞こえる。



 その声は目の前の人間のことを、なんともないように、ただそこにあるだけのように捉えていた。目の前の人物はまるで彫刻そのものだ。



 温度を感じず、冷徹に空間だけを眺めて、無機質のように気配がまるでない。



 この人物からは、詠嘆のエクレツェアのように、この世のものとは違う何かを感じさせた。



「マリ様はどこだ?」



 キシヨが尋ねると、目の前の人は物腰柔らかく彫刻のような男を見つめた。



 視線がキシヨの体感温度を極端に下げる。



「……運命に駆られし迷い人よ、お前はいつになったら自分を思い出すのか……精霊に力を借りても、何にも答えは出なかったぞ?」

「……一体何を言ってる?」



 男の言っている意味がキシヨにはわからない。



 わからないという点においては、やはり詠嘆のエクレツェアと同じであった。



 それでも男はこう続ける。



「運命を変えるには、やはりそれだけの暴挙が必要であろう。お前にはその実力があるか?」



 やはりわからない。全くわからないという点では、詠嘆のエクレツェアとは少し違っていた。



 銃声。



 キシヨが発砲してした。



 別に相手の言葉を遮ろうとしたわけでも、冷静さを欠いていたわけでもない。彼の任務遂行に対する性格が、無駄な情報の遮断を図ったのだ。



 弾丸は男の横を通り、背後の窓を貫通して亀裂を入れる。



 男は瞬時に全ての感覚を静止すると、途端に再起動したパソコンのように、動き始めた。



「むふふ、君のそれは運命を変えた。三年先までは変わったかな」



 自然と無機質に体温が宿り、石膏の彫刻は人間と化す。



「さて、君に対しての試練だったね。確か、運命の戦闘を見るとか見ないとか」



 そのセリフはキシヨの考える事の筋につじつまが合わなかった。今言った事が正しければ、誰かに頼まれた、という事になるのではないだろうか。



「へへ、やっとまともに喋りやがったらまた訳のわからないことを」



 しかし、キシヨは笑っていた。この矛盾を待っていたんだと言わんばかりの顔をしている。グレンシアとの戦いは常にその連続であった。



 国の未来をた予測するだけの生活が耐えられなくて、それでも仕事をしていたわけだが。



 キシヨはようやく居場所を見つけた様に、笑ったのだ。



「運命によると、君の相手はこの子たちだ。もちろんガーゴイルちゃんだけど、みんなかわいい友達だから、遠慮せずに殺しちゃっていいからね」



 瞬間、白い石膏のようなガーゴイル、三体。各々武器を持ち、前面の窓ガラスを突き破って中に入ってきた。あまりの衝撃に、窓ガラスはほとんど残っていない。



 そして、後ろからも二体のガーゴイルが銛と槍を持って、階段を上がってくる。




 キシヨにしか聞こえない声がする。



”こんな戦いになるとは思いもしなかったよ”

”フィガーを使うのは極東の最終決戦以来だね”

”あの時は僕が犠牲になってきみに力を与えたんだよ”

”じゃあ、今回も力をあげようか”



 だが、キシヨは無視を決め込んだ。心のどこかで、この声が幻だと気がついているのだ



 キシヨは二丁拳銃を構えると、素早く臨戦態勢に入った。戦いはキシヨの許諾から始まる。



「始めろ」



 突如、後ろのガーゴイル二体が案の定素早く、キシヨを挟み込む。銛と槍を持って、鋭く突き刺した。それを、キシヨは体のひねり一つで、かわす。



「オメガブースト・弾丸マスカレイド」



 キシヨのフィガーからたくましい光が拳銃に流れ込む。自然の流れで腕を上げて、ガーゴイル二体の武器を持つ右肩に、発砲。いとも簡単に、破壊する。



『ギャーーー!』



 関節が破壊されたガーゴイルは腕ごと武器を失った。



 割れた窓ガラスの前で男が右手でおもむろに指示を出す。



 呼応したように三体のうちの両側が、硬いトカゲのような足で走り出す。膨らんで曲線を描いた。



 キシヨに迫ってくると、破損したガーゴイルに挟まれる彼に槍と鋭い爪で器用に挟撃する。



 しかし、上体を後ろへとそらしてカスリもせずかわした。腹筋を使った反動で二丁拳銃を新手のガーゴイルたちに向けると。



 パアン!



『キュゥ〜ン! ギャル!?』



 頭部に発砲。ガーゴイル二体が簡単に崩れ落ちた。



 そのままキシヨは後ろへと倒れながら拳銃をポケットへ仕舞う。



 倒したガーゴイルの武器を掴み、両隣のガーゴイルの首に手を引っ掛て逆上がりの要領で飛び上がった。



 反動で周りのガーゴイルたちを床に崩れさせる。



「いい運命の持ち主だ」



 ガーゴイル使いは薄ら笑うと目の前のガーゴイルに近づく。そしてキラキラとした装飾が付いている銀色のキューブを取り出して、



「レア・マテリアル・ハック」

『ギャーッギャッギャッギャ!』



 ガーゴイルにキューブを押し込むと、キューブと同じ色の装飾がガーゴイルに刻まれ始めた。



「戦闘力は2倍。硬度は3倍だ。勝てるかな?」



 ガーゴイルは見るからに強化され、そのモンスターは走って、大きな銛を振り回しながらキシヨに斬撃を見舞う。



『ギャルルル!』



 キシヨも躱しはするが攻撃はせず、後退しながら動きを見極める事に集中した。



 ブンブン、ブン、ブンブン、ブン



 そして5歩ほど下がった時、気がつく。動きがシンプルだ。



 敵が2秒後に銛を右上から振り上げるとわかると、正確に位置を予測して銛を持つ手元を射撃した。



 パアン!



『ギャルルルル!』

「なっ!」

 だが、ビクともしない。



 予想外の硬度に驚きながらも銛をかわすと一定の距離をとった。すかさず、観察を始める。



 ガーゴイルの手首の破損具合から、破壊には5発ほど必要と考えた。破壊すれば、その後数秒でガーゴイル使いに銃口を向けることができる。それは、キシヨの勝ちを意味していた。



 まとまった考えを元に構えなおした、その時だ。



『ギャールルルル!』

「何!?」



 後ろに倒れていたガーゴイルが一体、床をからキシヨの左足を掴んだ。



 思わず引き離して手首を踏みつけ破壊するが、後ろのもう一体のガーゴイルが残った左腕で鋭い爪を振るう。



「これじゃ逃げ場がッ!」



 キシヨはスーツの右肩を少しかすめたが屈んでかわし、そこから腰を回してガーゴイルの頭部に回し蹴り。



『キュゥ〜ン! ギャーー!』



 しかし、破壊に至らなかった。



『ギャルルル!』



 同時に背後から殺気を感じる。思わずしゃがみ、装飾がついたガーゴイルの銛を避ける。



 振り返って反撃を試みるが、先にガーゴイルの蹴りがキシヨの腹に入ってしまった。



「ぐあぁあ!」

『キュゥウン〜! ギュララララ!』

「クッソォ〜! バカみたいに固いなあ!」



 3歩退くと、片腕のガーゴイルに首を締め付けられる。床からはもう体は腕だけで足首に組みついた。これでは身動きが取れない。



 そして装飾のついたガーゴイルが銛を掲げると容赦なくキシヨに向けて突き刺した。



 だが、手応えはない。



「よし、いま全部見切った」



 キシヨは左の靴を脱いで片方の拘束を脱出し、体をひねって銛をかわしていた。



 さらに少しジャンプ。足を装飾の付いたガーゴイルの首に組み付ける。キシヨは締め付けてしっかり押さえつけ。左手の銃口を突き立てた。



 カウントとともに発砲する。



「1、2、3、4、5!」

『キュルルルルル〜ン!?』



 装飾のついたガーゴイルは顔にヒビが入る。鳴き声が壊れかけたラジオのように乱れ始めた。首をギコギコ揺らし、壊れた人形のように挙動が変わる。



 しかし、まだ倒せていない。



『ギャアー!』

 襲われる、そう思った瞬間だ。



 天地が揺れる。



 建物が下に落下して、その場にいた物質全部が床から引き剥がされ宙に浮いた。この現象は先ほど詠嘆のエクレツェアが引き起こしたものだ。



 キシヨは突然のことに憤った。



「あの男! 大概にしろよ!」

● 今救われた君が言うなよ。わざとに決まってるじゃないか。

「その通りだな。この勝負、俺の勝ちだ」



 ガーゴイルたちが戸惑いながら銛を振りかざしているのを見て、キシヨは敵の視界から消えた。



 拘束から抜けた彼は足を組み付けたままぶら下がっていたのだ。ベルトを素早く外し輪を作る。足を組み付けているガーゴイルに引っ掛けた。



「はーい、後ろ周りしますよ〜」



 そのまま組みついていた足を解き、そのまま後ろに転がって引きずり、敵の体制を崩す。



 装飾のあるガーゴイルの目の前には首に紐で手榴弾の束を巻かれたガーゴイルの姿。



「あと3秒」



 爆弾の線は抜かれていた。

『ギュルルウ!』

「2秒」



 パァン!



『キュゥウン〜!』

 キシヨは立ち上がるとベルトの先を踏みつけさらに体制を崩し、手榴弾を巻いたガーゴイルの左足に発砲して破壊。



「一秒」



 ドカン



 その場から離れると、三体のガーゴイルは手榴弾の爆発に巻き込まれてしまった。後には残骸が残るばかりだ。



「終わったぞ?」

「いい運命だった」



 キシヨは銃を構えなおし、目の前の男に銃口を向ける。彫刻のような男は先ほどの地震の後と同じ場所に立っていた。どうやらあの揺れの影響を受けなかったようだ。



「どうする。まだやるか?」

「……誰が五体だって言った?」

「は?」

● これまたテンプレートなセリフだな。



 その言葉は伏兵を意味していた。



 足元に自分以外の影が見える。



 キシヨは反射的に銃口を上に、キシヨはとっさに引き金を引く。



 ガチャ……



『ギュッラララララ!』『キュゥウウ!』



 銃の不具合だ。弾丸が発射されない。

●う〜ん、これもまたテンプレート、おつだねぇ。



 目の前には四体の伏兵のガーゴイル。そのままキシヨに降りかかって、彼を襲った。



● だが、主人公が現れるのは後、それこそテンプレだ。



「おっと、それ以上はいけねぇ。こいつは詠嘆のエクレツェアの弟子になるんだからな」



 あの面倒な声が聞こえてから、周りに四体の影が降り立っても、全く攻撃が当たっていない事に気がつく。



 目の前には少し灰色を帯びた白いガーゴイルの胸元、ゆっくりと観察する時間が訪れる。



『ギュル』

『ギャララ』



 敵を目の前にこんなに無防備な経験などグレンシアとの戦いでもなかった。



 キシヨの頭上には槍が通り、銛が隣のガーゴイルの腕を挟みこみ向かい側の胸元に突き刺さっている。



「トーやちゃん。初心者に奇襲はないっしょ。まだ異世界に行った事すらないんだからなぁ」



 声がしたのは自分の真後ろ。しかもほとんど密着している。首だけで振り返ると詠嘆のエクレツェアがいた。



「トーや? 誰だ?」



 キシヨの声を聞いて詠嘆のエクレツェアは彼の頭を撫でる。



「目の前のお人形さんよ。あやつはエクレツェアの人間でさぁ……新米のガーゴイル使い。トーや・メルグレス・大島」

「大島なのか?」

「ああ、大島だ」



 そう聞くとキシヨは頭の手を払いのける。手がどこか父親のように感じられた。



 トーやは大島に疑問を持たれて少しだけ顔を赤くしている。恥ずかしいならば改名すればいいのに。



 だが、ひょうし抜けた展開にもキシヨは全く油断しない。敵に黒い銃口を向ける。



「マリ様はどこだ?」

「それは言えない。作戦はここからだ」



 詠嘆のエクレツェアは難しい顔をして、



「いや、作戦はここまでだったろ? 早く皇族返せよ」

「いいや、ここからだ。でも、君との契約はここまでだよ」



 すると、トーやは目配せをした。



 瞬間、動かなかったガーゴイルたちが自らを破壊しながら無理やり攻撃をしてくる。



 キシヨは慌てたが、この接近戦で四体を相手にするのはさすがに無理があった。何より、詠嘆のエクレツェアが密着しすぎている。身動きが取れなかった。



「ブラックアート」



 声とともに、詠嘆のエクレツェアは床を踏む。そこから黒い物質が鋭く飛び出して、一気にガーゴイルたちを貫いた。今度はガーゴイルたちは身動きが取れない。



 詠嘆のエクレツェアはその隙間から、トーやを向けて人差し指と中指で指差し、手はよくあるあの鉄砲のサインに。



「動くな。それ以上歯向かうようなら実力行使も厭わない」

「ならいいよ、ついてきたらいい。ぼくは『運び屋』だ、ただお仕事をするだけさ」



 そう言うと、トーやは両手を広げ、割れた窓の向こうに、背中から倒れていった。



 詠嘆のエクレツェアは、指示に背いた彼に向けた指から、黒い光線を発射した。光線が相手の右頬骨をかすめる。



『キュルルルルル!』

 トーやが窓の下に消えると、周りのガーゴイルたちが輝き始めた。



 詠嘆のエクレツェアが勘づく、



「ちょ、まて! 伏せろ!」



 手でキシヨの頭を無理やり床まで下げた。



 瞬間、爆発。先ほどの手榴弾とは比べ物にならない、あたりに石片を撒き散らす散弾爆弾。



 詠嘆のエクレツェアが出現させた黒い物質は、完全に二人を爆発から守りきり、崩れそうになった床の代わりに足場となった。



「あの馬鹿野郎! ほんきでヤル気きだったろ!」



 詠嘆のエクレツェアが、眉間にしわを寄せて、眼鏡を手に取る。割れているのを確認して、少しためらいながらメガネを投げ捨てる。




『ガァアアアアアア!』



 地響きが怒るほどの大絶叫。すかさず外を見ると、そこには巨大な白い体。



 石膏のような翼を生やした、馬鹿でかい鳥人間。鋭利なくちばしが、大きな口を開けて、こちらに爆音をぶつけていた。



 その手には皇族、マリの姿だ。涙を浮かべて一心に叫ぶ。



「マリ様!」

「キシヨ!」



 キシヨが叫びをあげると、マリは手を伸ばして助けを求めた。



 ガーゴイルは白い翼を羽ばたかせ、空高く舞い上がっていく。その頭には、右ほほが半壊しているトーやが座っていた。



「別れを惜しむな。運命が廻ればまた出会えるさ」



 キシヨと詠嘆のエクレツェアが、割れた窓から空を見上げる。上空には紫の巨大な渦が発生していた。



 詠嘆のクエレツェアは思わずにが笑う。



「あのバカ、この世界に干渉しすぎだ。パーフォーマンスやってんじゃないんだぞ」



 しかし、全く自重することなく、トーやと巨大なガーゴイルは渦の中へと消えていった。

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