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お墓参り

 春。グレンシアとの戦いからまた一年が過ぎた。いま、太一は20歳だ。彼は室内にある広い中庭で、お墓の前で目をつむっている。丁寧に手を合わせて真剣な顔を崩さない。



 室内が本当の外のように美しかった。



 壁の上から滝が流れ、中庭を川が囲っている。水の流れがはしゃぎ声をあげる。芝生はそんな水の彼女を困ったようにはべらせる父親のようだ。



 ポツリと端っこに、ちっちゃなお墓がある。名前が刻まれている。グレンシアとの戦いに巻き込まれた戦士の碑石だ。


 

 普通、戦争の碑石は人々を惜しんでできる。だが、この碑石はたった一人のために作られた小さなお墓だった。



 その前で手を合わせる太一の姿。今見てみると寂しそうだ。



 太一はまだ若いこともあり少し童顔だった。戦争で成果を上げた人間とは、誰も思わないだろう。だが、太一はグレンシアの戦いで、最も活躍した人間の一人だ。



 太一は、活躍したもう一人の親友を思って目をつむっていた。



 極東の国の背広は、上下の身ごろを重ねて、折りたたむように着る特殊なもので、アンティークのボタンが印象的な、シックでどこか重厚感がある。



 胸ポケットが五角形で、下の頂点から、島国に迫る波を描いた流線が、左半分に描かれていた。



 この背広を着る時は、世界が平和になった時。そう決めていたことを少し思い出した。今なら胸を張って平和だと言えるはずだ。



 だが、彼の心も今すぐ生き返ってほしいと。声を悲しげに上げているように思える。



 少々、涙と嗚咽を垂らし、細かく震えて泣いていた。



『キシヨ』



 秘跡にそうきらめいた文字。



 キシヨ、太一の親友の名前だ。彼は、グレンシアの攻撃でトラウマを抱えた太一を救った人物だった。



 太一がキシヨと触れ合っていくのちに、グレンシアとの停戦、極東の繁栄、そして再戦が訪れる。



 二人は息のあったコンビネーションで、その多様な出来事を、乗り越えていった。だが、そんな彼らの結末も、僕が先ほど語らった通り、親友の死で結末を迎えていた。



 だが、太一はそれ以上に重大なことを敵にしなくてはならなくなったらしい。そのことは深く語るまい。



 太一の前には一輪のエーデルワイス。飾られてどこか優しげだ。



「お墓参りですか?」



 彼の後ろから声がかる。その礼節を重んじた美しい声は、部屋の空気と青年の心を優しく癒していった。



 彼女はきているベージュの淑女服をはためかせて。凛とした顔で立つ。緑の芝生も、彼女に踏まれるなら本望だろう。



 太一は涙を隠して、しれっと答える。



「マリ様。お久しぶりです。ちょうどいま終わったところですよ」



 マリに苗字はない、彼女が皇族だからだ。グレンシアに立ち向かったマリを、太一とキシヨは守り抜いた。



 そして、戦いの終わった今。争いの犠牲者たちに、勝利の事実を、お墓参りで告げていたのだ。



「キシヨ。あなたはもう英雄なのです。お早く皆のところに顔を出しあげなさい。広場ではあなたがお立ち台に立つ姿をみんな楽しみにしていますよ」


「キシヨ? 俺がキシヨ……?」



”そうだよ、そして目の前のお墓が、君の親友の太一を、讃えた場所だ。”

”でもね、僕が君と生きるために、選んだこの選択を”

”過ちだなんて思っちゃいないんだよ”



「そうでした、俺がキシヨ……ですね」



”君が彼女を愛したように。僕も君を愛してあげるから”

”絶対に裏切っちゃダメだよね”

”さあ、そんな顔をしてないで、にっこりと笑うんだ”



 キシヨは自分にだけ聞こえる友人の声を聞いていた。

 それは時に優しく。

 時に強く。

 時に邪魔で。

 時に愚かだった。



 イレギュラーさね……。

 これが語り部の僕が今抱えている案件。こんなセリフはどこにもないはずなのに、まるで物語が書き換えられたかのように存在する。



 僕はこれをイレギュラーと呼んでいる。物語を進める上で、重大な改善点だ。しかも、ここまで進めるのに『リプレイ』という作業もこなしたのだがこの有様さね。



 ちぃ、これだからこの仕事はややこしい。



 いつの間にか、碑石の『キシヨ』という文字も、『太一』という文字に書き換わっていた。



 現実まで改変するとなると、いよいよ問題だ。



 そして、太一が敵に回したという重大な存在は、この声のことだ。この声が、太一の今の人生を、大きく左右している。



 だが、それはただ親友との約束に、人間を縛り付けているに過ぎなかった。



 話を続けよう。



 マリの言葉に、キシヨは石碑の前で思いが沈む。



「こいつの前ではただの友達です。それ以上でもそれ以下でもない」

”言ってくれるね。世界一のパートナーだったじゃないか”



 キシヨは唇を食いしばる。後ろにいるマリに、正面から話しかけているようだった。



「今となってはこんな紳士服を着ていますが、太一と一緒に戦っていた時には、みんなボロボロの服でした。あいつと一緒にお立ち台に立てなかったことが悔しくてなりません。わたしは一番大切な人間を失ってしまった」



”その代わり大切なものを手に入れたよね”



 マリはキシヨの背中に、そっと声をかけた。手を伸ばす。



”へ〜、君が彼に触るのかい”



 が、距離を感じてそっと戻す。



「……では、もう少し会話をなさってください。私はいつでもあなたを受け入れます」



 丁寧な口調は、彼女の地位そのものだった。いいところでもあり、悪いところでもある。



 マリは言葉を残して、その場を立ち去ろうと部屋の出入り口に向かった。



 だがそこには、大柄でたくさんの髭を蓄えた男が、真っ白い壁に背を預けて立っていた。



 男は勇ましいが突きつけるような低い声で、



「マリ様、キシヨはどうでしたか……?」

「見ての通りです。今はそっとしておきましょう」

”ははは、早く帰ればいいと思うよ”



 そう言い残し、マリは男の横を通って足早く立ち去ろうとした。

 しかし、男はマリを威圧する。



「本部が襲撃された日、キシヨは一人で戦いました。太一たちを逃がすために、あの軍勢をよくも一人でさばいたものです。キシヨが生きていたとき、私たちは大いに喜んだのを覚えています」


”あいかわらず、君は格式張っているな”



 マリが目の前で黙り込んだ。

 それを見ると、淡々と続ける。



「その後、危機的状況に現れたキシヨが、太一と協力しその場を切り抜けようとしたあの時。追い詰められた二人は、太一一人でキシヨがやったようにグレンシア軍をひきつけ、キシヨを生き延びさせました。……そのあと、太一は消息不明。これは、あなたがグレンシアに交渉しに行って、あっけなく拘束されてしまったことが原因だと、皆が口をそろえて言います」


”君の台詞が長いって、それもみんな口をそろえて言うだろうね”



 マリはキシヨだけではなく、反乱軍の皆が自分のことを恨んでいるのを、知っていた。



「ですが、あの時話し合えなければ、延々と争いが続いていました」


「それでも! もっと警戒すべきだった!」


「わかっています!」



”女の子いじめちゃうんだ〜”



「しかし、なぜ太一が死ななければならなかったのか。もし、あなた様がもう少し警戒していれば、グレンシア支部を直接攻撃するなどという無茶なことはしなくて済んだはず」



 マリは寂しく俯いて、



「わかっています……」



 キシヨが泣いているのはわかっていた。その後ろで、その原因の彼女が泣くわけにいかない。唇を噛み締めて、下を軽く噛んだ。



”マリちゃんは健気だね”



 ヒゲの男もそれを承知している。だが、ドーフにはどうしても我慢ならなかったのだ。



”確かに言う通りだね。髭剃ったほうがいいよ”



 今、反乱軍で最も勇敢だった太一を失って。お墓の前に座っているキシヨを見ると、男はもう彼の顔を見ることすら心が痛んだ。



「グレンシア日本支部を破壊してからは……」

「もういいんだ、その辺にしておけ」



 マリがお墓参りをしていたキシヨを振り向く。



 男は思わず咳払いをして、自分の声のでかさにうんざりした。キシヨが男を情けなさそうに見やる。



 彼の目つきの美しさがなぜか際立って、お墓の前に立っているのが男か女かわからなくなったところ。誰も責めない中性的な声がした。



「誰のせいでもない」

”ふぅ〜、かっこいい”



 そのまま静寂に包まれる場が気まずい。



「この戦争は誰のせいでもなかった。それでいいだろ?」


「キシヨ、本当にごめんなさい」


”僕は大丈夫だからね”


「マリ様、あなたは一番みんなのことを考えていた。誰にもあなたのことを責めさせはしません」


”本当にそう思ってるのかな?”



 キシヨは立ち上がり、マリと男の間を通って中庭を後にする。



 外の鐘が鳴り響く、優雅で平和な鐘の音は、国の繁栄を願っていた。ようやく掴んだ明日への希望を手に、三人は今式典へと向かう。




 そんなキシヨの頭の中はなぜかすっきりとしていた。まるで誰かに手を加えられて整頓されたように。



 イレギュラーをなんとかせねば。










 あ〜、疲れた。広場を直すのはなかなかの作業さね。

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