継承者の意外な性癖
大広間の祭壇前ではアカリがキシヨに興奮しながら男と男の恋愛について語っていた。
「むふふふ……しかし譲れんのじゃ! 私は絶対にお前んとこのツノの男と紳士服のやつは『ヘタレ攻め』と『わんこ受け』じゃと思う。私の長年の感がそう告げておる」
「鋭いな、だがあいつらは以外と『女装攻め』の『ヘタレ受け』が似合うかもしれないぞ?」
「ぬはぁ! 紳士じゃない方が女装するのか! しかもヘタレて! それははかどる!」
● なにがはかどるんだ。
「俺はマリ様に『攻め』かと思いきや『可愛い攻め』か! と言われたことがあったぞ」
「なぬ! そちの言う皇族もなかなかのものじゃのう。じゃが、まさか男とこのような話ができるとは思わなんだ」
「はははは、マリ様を一ヶ月もお守りした俺に語れぬボーイズラブはない。もしかして、文房具と文房具で恋愛させて妄想する口か?」
「当たり前じゃ! 筆や消しゴムだけに飽きたらず武器、防具、なんなら親指と小指までカップリング経験アリじゃ!」
「すまん、気持ち悪くなってきた。おぇえ」
「自分から話出しておいて吐くでないわ!」
「おうっぷ、さすがだ、それでこそ自称結婚できない女」
キシヨの言葉にアカリは口を歪めるが、事実なので受け流した。
そばにあった小さな冷蔵庫の中からどういうわけか入っていた常温保存の緑茶をと急須、湯飲み、湯沸かし機を取り出してくつろぐ。
そして暇になった二人はBL談義で盛り上がっていた。だが、キシヨには一つ気になったことがある。
「筆記用具で思い出したが、勉強とかどうしてるんだ?」
アカリは緑茶の苦味を噛み締めながら、
「ふぬぅ、けったいなことを聞きよる。妾は勉強が嫌いではなかったが、他の人間よりは詰め込まれただろうな。それがどうした?」
「いや、マリ様もそうだったから。つい」
すると、アカリは噴出すように笑った。花嫁姿の白い顔に、朱色の口紅が柔らかく弧を描く。
「ふふ、貴様さっきからそのマリとやらの話ばかりだな。私の夫になろうというものが、浮ついた話じゃ」
「結婚する気あるのか?」
「妾も覚悟を決めた。いっちょやってみることにする。まあ、そんなことより用は接吻。これができれば妾の皇位継承は完了じゃ」
「それで俺は死ぬと?」
アカリはくすくすと笑って、まるでキツネのようだった。
「妾も好きでもない人間を犠牲にするのは実に心苦しいが、強制されてみると以外とすんなり落ち着くものじゃ。妾はお主が死んでも全く困らんぞ」
「はっ倒すぞおめぇ」
キシヨは真顔で言う。
しかし、アカリがあっさりと結婚を口にして見せたのに驚いた。命の危機に実感を持ったキシヨは急に切羽詰まったように、
「——俺は結婚もキスも勘弁だぞ! そのためにここに来たんじゃないからな!」
「意気地なしじゃのう」
男気すら感じるアカリに、キシヨは己を少し責める。しかし、それならさらに疑問が出てくる。
「なんで始めっからそうしなかった? なら俺もこんな目に合わずに済んだだろうに」
「おぬしがBLを語れたからじゃ。それで吹っ切れたわい」
● そう呟いたアカリはどこかっこよく見えた。
「いや、かっこよくはない」
キシヨの言った意味がわからないが、アカリはとりあえず緑茶をすすった。湯飲みに朱色の口紅の跡が残る。
会話が滞る。すると、キシヨは男としてはなんとかしなくはと思い、
「なあ、よくよく考えればお前がエクレツェアに避難すれば命を狙われることにはならなかったんじゃないか?」
「何を申す。妾がこの世界を離れればそれこそ失権ものじゃ。皇帝は逃げ腰ではならん。もし逃げようものなら、すぐさま側用人のお鷹の胸に斬り殺されるじゃろうな」
キシヨはため息をつく。思ってみればよしきとあってからというもの、なんだか考えが浅いような気がする。自分の器を実感していた。