第1章 それは面白い物語だね
『ここは極東の国。我々の国は、グレンシアとの戦いで大きく疲弊し、荒れ果てた土地と戦意を失った国民だけになってしまっていた。そんなある日、たった二人の青年がグレンシアに立つ向かうことになるとは、まだ誰も想像していなかった』
小説の冒頭だけ読むなら、どこにでもありそうなこの文章。
でも、この物語が我々エクレツェアを消滅に追い込むことになるとは、語り部の僕すら様相できなかったのだ。
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かちり、かちりと、部屋の大時計が意味深にも、深い音を立てて時を刻む。
薄暗い書斎の中に、大きな机を挟んで僕と客人がいた。
区別をするなら、客は黒い装飾を身にまとっているが、僕は高級な紳士服を身にまとっている、というくらいか。他の区別をするなら、横柄な人間と、突っ立っている人間というべきだろう。
ここで、普通は客が横柄で僕が突っ立っていると考えるものが多いだろうが、そうはいかない。
我々の世界では、客より仕事人の方が、フカフカの椅子に座り込んでふんぞり返っているものだ。
そう、今の僕のように。
「君のその格好は相変わらずさねぇ。この神聖な書斎にそんなわがままな服を着てくるとは本当にいい度胸さね」
僕が言った通り、客人の服はあまりにもわがままだ。
客人の右腕を見て欲しい。あれは、バラ模様、かな多分。 肩にはからものを思わせる模様が彫られているし、本当に細部まで模様が刻まれている、描写してもし足りないほどの姿なのだ。
すると、我々はたった一言でこの客人を想像しうる言葉を使って表現することがある。
『黒の装飾この上なくうるさい格好』
この言葉は、目の前の客人をよく形容したものだと思っている。我ながらよく言ったものだった。だが、そんな格好で仕事を依頼しにくる神経は、さすがの私すらも形容しかねるわけだ。
この書斎はシックな紺色の壁紙と、アンティークの家具で世界観が完成しているのだ。そんな黒い装飾がこの上なくうるさい格好ではいってこられたら、それはもはや侵略に値する。
とはいえ、我々のようにエクレツェアに住む人間の姿は、少々誇張していることが多い。この客人はその中でも自己主張が強いのだ。そこを踏まえると仕方ないと言わざる得ない。
ここまで語らうと一つ明確にしておかなければならないことがある。
僕の服は、他のエクレツェアに住む人間と違って、一流のテーラーに仕立ててもらった最高級の紳士服だ。目の前の彼のような欲望に黒いバラが咲いたようなものではないのだよ。
すると、客人は反省するかと思いきや、とぼけたように自分の服装をあちこち眺め始めた。それはまるで踊るようでもあった。
スタイリッシュなのは十分にわかった。それはいい。だが、その最中に頭を掻き毟るのはやめてもらいたいものだ。
君はきちんと頭を洗っているつもりかもしれないが、書斎の月明かりにフケが照らし出されてるのだよ。
フケを指摘しようとしたところ、客人は思い出したように本を手渡してきた。分厚い小説だ。
私はこの小説を読むことにより、仕事を始めることとなる。
「君は懲りずにこんな物語をまた書いてきたのかさね?」
そう言うと、僕はまた、ため息をついた。この客人が持ってくる仕事の前では何度もため息をつく。これで、多分453回目だ。
毎度毎度、本当に面倒な仕事を持ってくる男なのだ。
人は、彼を『詠嘆のエクレツェア』と呼ぶ。だが、僕はそんなのまっぴらだごめんだ。あくまで書斎では客人と呼ばせてもらうことにする。
それにしても、客人は平然としている。なぜか僕より少し上の立場にいるかのような、そんな仕草をしている。僕がこんなにふんぞり返っているというのに、こうも状況が逆転して見えるのは、少々いびつだ。
「……」
しかもあろうことか、客人は何かを僕に伝えるために、今のように口を動かしている。僕への依頼の時、客人はあるルールを守るのだが、それを完全に無視しているということだった。
僕は渡された物語を読む。そのことに口を出さない。指示を出さない。要件を出さない。これがルール。
それを破るというのだから、依頼を断れられも仕方のないことだし、僕がヒステリックになって殴りにかかっても良いというものだ。
「……」
だが、残念なことに僕の書斎の中では、くだらない雑音は聞こえない仕様になっている。僕が殴りかかる理由も、実はルールを破られることすらもないのだ。
「いやだねぇ、口を開けば戯言を言う君のために、こうやって最上級のおもてなしをしているんさね。呆れ笑うのはよしたまえよ」
「……」
すると、客人はまた口を動かした。このひねくれた客人のことだから、もしかすると声を出していないかもしれないが、この際それは置いておこう。
僕は客人の言いたいことを、唇から読み取った。
「理解に苦しむよ全く。いいから読めだって? 威勢のいいことだ」
客人が持ってきた仕事というのは、今僕の手元にある分厚い小説に関わりがある。だが、その前に確認しておきたいことが一つだけあるのだ。
みんなは、もしかしたら気がついていないかもしれないから言っておくが、僕は語り部である。
まあ、現在。こうやって語らっているのだから、もしこれが小説で、または脚本でも、読者はもれなく僕のことを語り部だと感づいているはずだ。
今更何を言っているのか? そう問いたいことはわかる。だが、それは今から説明するから、もう少し待ってほいし。
ここでいう語り部とは、もちろん今やっているこれではない。
いや、実は相違ないのだが、ここでいう語り部はお仕事なのである。
何が言いたいのかというと、客人は持ってきた小説の語り部を、この僕にやってほしいというのだ。そして、それが今回の依頼でもある。
何がなんだからからないという方は、ぜひ先を読んでほしい。もれなくわかるようになるはずだ。なぜなら、物語における矛盾というものは、ジャンル問わずなんであれ、時が解決するものであることに相違ないからだ。
僕はひとまず、黒い革張りの小説を開く。見た目は厳かな百科事典のそれであるが、中身は技術書のそれであった。ビッシリと文字が書かれており、ちょっとした迫力すら感じる。
「なるほど、グレンシアという帝国が世界中を支配していて。主戦力は主に最新兵器で、『フィガー』や『核融合兵器』などと呼んでいる、というわけさね?」
ちょっと待てよ、なんか聞いたことあるな。
「だが、読み始めて引き返すのは無礼だね。あくまでも仕事だ、一通りは目を通すよ。それが礼儀さね」
僕は優しく本を扱う。速度は人の倍ほどの自覚があるのだ。カレンダーの日付をめくる速度で、内容を理解していった。
読書とは、読んでから是非を決める。それが最近の流行りらしい。
僕はその言葉を最近よく理解できたのだ。もちろん、僕の語り部人生に基づく裁量だった。
その話をすると長くなるが、僕が語り部という仕事をしている理由は、過去に小説家として活動していたことによる。
まあ、アマチュアだったのかもしれないが、それはおそらく後20日ほどで日の目を見る、類まれなる才能だったと思われる。
なぜなら、私の語り部のセンスが幸いして、今は異世界にいるというわけなのだから。
しかし、そのセンスに至るまで、僕は僕の作品を多くを礎にしたことは、語らうまでもあるまい。
だからこそ、物語の面白さとは、語り部が少し情けないだけで、総崩れしてしまう可能性があることを知っている。
僕はその現実に何度も衝突して、最後には挫折を味わった。それもやはり、異世界にくるきっかけだ。
今、僕は語り部の仕事に置いて、客人から持ってこられた小説は冒頭だけでも絶対に読むことにしている。
僕は手元の小説を読み進んだ。先に述べた通り、僕の仕事は元になる小説を読まないことには始まらない。
そう、だから今、僕は小説に目を戻した。でも、仕事が始まるどころか、目の前に大きな壁、それもコンクリートと鉄筋のそれがあることに気がつくこととなる。
僕は、890回目のため息をついた。数は問題ではない。
「はぁ、やっぱりか。この『グレンシア』とやらはもしかすると有名な侵略国家じゃないか? こんな奴らを引っ張り出してどうするつもりだい?」
「……」
小説に、現実する存在や団体を引っ張り出すのは、少々リスクがある。
それは物書きであれば承知だが、一般の方が知るところではないかもしれない。
残念ながら、僕の住んでいた国イギリスでは、そこらへんが義務教育になる前に私が卒業してしまっていたのだ。仕方があるまい。
あっ、今『私』といったのだが、それはイギリスに住んでいた時代に、僕が使っていた一人称である。間違いではないというのは、語り部の権威が失墜しないためにも、必要なものである。
「聞いてるさねか?」
「……」
僕が心配そうに客人の顔を見ると、彼はあまりにも平然としていた。ぼーっと僕の顔を眺めている。
黒い装飾を身にまとった彼は結論が大好きなのである。逆に言えば、僕がしょうもない序論を語っているとすると、途端にこのマヌケヅラだ。
仮にも語り部と言われている私に、そんな興味のなさそうな顔をされると、ちょっとだけ傷つくというものである。
それはそうと、話を戻そう。
語り部はもちろん知っているのだ。現実する存在を引っ張り出すことのリスクというものを。
それがただの小説であれば問題がないのかもしれない。
だが、すでに小説の中に実在の団体が引っ張り出されていて、語り部を僕という外部の人間に依頼したという時点で、話がすでに小説の外にでいていることは語らうまでもない。
客人の本当の依頼とは、僕に語り部をさせることだけではない。
これを言ってしまうと主に驚かれてしまうのだが、ここではあえて一言で表すとしよう。客人の目的はこれだ。
『異世界を作る』
どうやら、客人が持ってきた小説を元に、異世界を作るそうだ。
しかも、依頼人である客人が、その事実をとても大きく思わせる人物なのだ。
ここまで話したのだからついでに語らうが、『詠嘆のエクレツェア』とは、我々の住むエクレツェアの象徴のような存在だ。
この固有名詞もまた一言で説明が足りる。ようはこういう存在だ。
『異世界最強』
僕はこの客人と腐れ縁というつながりでこの仕事を受けることとなっている。
だが、私の知っている限り、この客人がただ異世界を作るだけで終わるわけがない。そこが一番の危惧するべきところであった。
だが、つべこべ言っていても仕方がない。僕は手元の小説について、ある指摘をした。
文章の一部を指差して、注目まで集める。
「ま、まさか。自分で作った世界を『グレンシア』に襲わせるつもりかね? それはやめたほうがいい、ややこしくなっても知らないさねよ」
僕は語り部である。だが、今の僕は語り部としてあり得ないほど見ぶり手振りを使っていた。それほど客人が興味を示さないからである。
正直、否定されるより、無関心なのが一番こたえる。
語り部をやっているということは、物語を届けるということである。小説を読む読者なら、語り部の言葉で歓喜したり感激したりするのだ。
それが仕事だと客人も知っていながら、客人はまだマヌケヅラをする。冒涜と言わずになんというか。
「きみぃ! 聞いているのかさね!?」
「……」
僕は散々な態度の客人に、銃を向ける。むけた銃は鉄でできた物騒なものでは無く、僕の手を銃のサインにして人差し指を向けているのだ。
しかし、この銃は『バン!』と言うだけで弾を発射する優れものである。
「……」
「なんなんのさね、その顔は」
客人の口が動く。しかし、静寂の中に音がしないまま、やがて口を閉じる。
客人は笑っていたのだ。すこぶる純粋な屈託ない笑顔だ。子供の頃を思い出すほど、その笑顔には不純物がなかった。
ということは、この客人もそれを承知の上であろう。
異世界を作る。それの意味を理解している人間が、今読者にどれほどいるだろう。
いや、読者がいるとしても、それはこの僕たちの生きている世界が小説や脚本である場合に限る話であって、今僕が実際にそう思っているわけではない。
僕が語り部をするときは、常に読者を想定しているから、あえてそう言っているに過ぎないのだ。
決してメタ発言などではないし、僕はそのメタという言い方が僕の語り部にはマッチしていないように感じている。
僕なら自分の語り部をこういうだろう。情熱的だと。
ふむふむ、今、余計な発言をしたかもしれない。だが、こんなことでうろたえているようであれば、正直この物語を読むことをお勧めしない。なぜなら、この小説はのちに三人称となるため、語り部の僕すら大きく惑わされているからである。
するとだ、三人視点で思い出したことがあるので、物語を進めながらそれを語らうとしよう。
「グレンシアって言ったら、異世界のバキュームカーだって有名さね。それくらい知っているとは思うが、正直お勧めはしないさね」
「……」
まあ、特段言う必要はないのだが、僕が語り部をするときは基本的に神視点と呼ばれるものであるため、今回は誰も知らない情報を言ってしまうことにする。
グレンシアとは、異世界を侵略する。要はインベーダーみたいなものである。
僕は語り部を始める前から、もっぱらSFマニアだった。なので詳しく説明したいところだが、これが僕の頭の中でファンタジー純文学であることを思い出したので、今回はここでとりあえず鉾を収めるとしよう。
さて、続きを読むとするか。今まで散々語らったので、少々ペースを上げるとしよう。
「あ、これは……」
僕は感想を口で言いそうになった。でもそれをクッと抑えて、読書を進める。
僕は鼻をすする。ページを飛ばして中身を読む。目を動かす速度は並程度だが、把握力は一人前の語り部さんだ。
2秒ほどで2ページずつ飛ばしていく。さらに、ペースを上げた。文字が浮かんで頭に入ると、情景が広がるのがわかってくる。
空、円卓、ここは天国か。
しかし、数秒後には戦場の場面だ。
だが、茶色い大地に煙が……
それが縮まって世界が変わると……
ここは凱旋門かね?
まだだ、今度はニューヨーク。
地下鉄にいって、次は。
……今度はカーレースかい。
いい趣味をしている。
僕の心の中には、凄まじい感想が渦を巻いている。
ははは、これは僕のところに持ってきて正解だったね。
こんなクソ小説を僕が読んでやっただけでも礼を言うさね!
ふざけているのかい!?
冷やかしなら別のところをあったてくれさね!!
侮辱しているつもりなら大正解だ!!
ここまでムカついたのは久しぶりさね!!
だいたい! この小説は僕が一番大っ嫌いな終わり方をしているさね!!
さねさね、さねさねというってしまっているさね。
語り部において、全国共通の言葉でないと売れ行きが悪いなんて常識は、正直私でなくても知っている。
だがそんなことはどうでもいいさね!!
運が良かったと思いなよ。
この小説も、僕のところで止めておけば、君は恥を書かずにす
——————シュパン
途端に、小説から閃光が解き放たれる。眩しいと思った時には、その光が小説に描かれている光景だと把握した。
気づけは周囲が全て光の流れに包まれている。滝が前に激流のごとく突き進んでいき、僕はその先にある恋人の元へと駆けつけていた。
恋人はシルクのドレスを着ていて、西洋のお姫様のような真っ白ないでたちなのに、童話の乙姫様のようにしっかりとした布地の姿だ。
このヴィジョンが、小説の主人公から見た光景だとわかった時、小説に対する印象ががらりと変わったのだ。
僕は長い間語り部をやっているが、この客人の描く物語には驚かされる。
正直、落とされたのは自分の勝手ではある。なぜなら、僕が最も嫌う終わり方をしている作品が全てハッピーエンドだったのだから。そこに湧き上がる愛情は抱きしめても消えない。
「また、君の勝ちさね」
僕はそう唱えた。唱えるというのは、毎度恒例になっているからそういうのである。
それにしても全く……毎度毎度、楽しい物語を書いてくるさねね。
僕の語りを途切れさせるとはやるねえ。
今、浮かんでいた景色の理由がわかったよ。もしやこれはSFかね? てっきり、走馬灯かと。だから、キーワードが『シュパン』という攻撃音だったわけだ。
……?
何を目配せしている?
そんなにビビったように合図しても意味が……え?
鉤括弧を忘れている?
……あれ?
あー、あー、あー。
「本日は晴天なり」
『本日は晴天なり』
(本日は晴天なり)
これはどうやら、久しぶりにやらかしたようだな。
いかんいかん、早速読者たちをうろたえさせるような馬鹿な真似をしてしまった。
私というのは、感情が高ぶるといつも語り部の最中に会話をしてしまう。
これはいかんと何度も言われている。だが、この客人があまりにも失礼な真似をしたのだから、それは仕方なのないことだ。
幸い、私が語り部をするときの声はある程度エネルギー操作について知識を心得ている人間じゃないと聞き取ることはできないはずだ。
だから、仕事中に私が誰かに話しかけるときは、とある方法を使う。もちろん、それはのちに登場することとなるので、今は楽しみに取っておいてほしい。
ともあれ、僕は少しだけ疲れて、肩を落とすとこう言った。
「詠嘆のエクレツェア、君はこの物語で本当に異世界を作るつもりかい? いくら君が異世界で最強の人間であれ、あまりにも無謀に思えるさね」
気づくと僕は、物語の大半を読んでいた。革張りの巨大な本も、後半のページのさらに後半の後半まで進んでいた。
僕はこう結論づける。
「この物語の主人公はかなり悲惨な過去を歩んでいるね? それくらい、当人ならわかっているとは思うが、いいかね? 人の過去を残酷なものにするとその人物の人生を大きく狂わす。知っているよね?」
詠嘆のエクレツェアは動揺しない。やはり承知の上か。瞳孔も開かず、嘘も入っていない。
彼の考え方は冷静だ。おもわず息を飲むときがある。シビアな世界を生きる彼だからこそ、持てる意見。だが、ときに香辛料が過ぎている。
わかるよ、そんな君なら書きそうな物語だ。
でもそれだけじゃ話が進まないだろう?
仕方ないから強く言ってしまうさね。
「この物語は『小説ではない』のだよ。『世界を作るための物語』なのだよ。もし、救いようのない物語を書けば、物語を『書いた君を殺しに』来ると考えていいだろう」
すると、詠嘆のエクレツェアは唇を尖らせた。
……それだけだ。
全く、彼は今から僕たちがやろうとしていることをわかっていないようだ。
僕の肩が少し降りてくる。読書で軽く入っていたゾーンから抜け出すように首を下げた。
僕は彼に少し説教じみてみることにした。
「それだけなら君の犠牲だけだ。主人公の復讐が、このエクレツェア全体に向いてしまったらどうするつもりだい? 僕たちはそうやって世界を潰してきた人間をいくつも知っている。なのになぜここまで意味もなく主人公を追い詰めるんだ?」
詠嘆のエクレツェアは軽く聞き流している。きちんと聞いている証拠だ。しかしだね、僕の声はBGMなどではないのだよ。
話を戻そう。
「そこでだ、なぜわざわざ『異世界最強の男』である『詠嘆のエクレツェア』殿は。『語り部』という職業の私、リレイザ・マルコヴィールに、普通の世界を作るための物語を持ってきたのか、さっぱりわからないんだが。どうしてだね?」
カラン
僕は持っていたペンを、机に転がした。
詠嘆のエクレツェアよ。途端に嬉しそうな顔になるのはやめ給え。
さっきからおとなしくしているつもりだろう。だが、顔芸だけでジェスチャーゲームのレベルを凌駕するのをやめ給えよ。
だいたいだ、君がそう言う顔をする時はいつも、先の展開がわかってしまう。
「また君のその表情を見ることになるとは思わなかったよ。『エクレツェア』が生誕して以来だね。でも、その表情から察するに、そういう時は常に何か僕を納得させることを言うに決まっているんだよ」
テンプレだね、テンプレだね、テンプレだね。
僕の考えを予感している、詠嘆のエクレツェア(顔芸)。平然としすぎて、絶対的な距離も縮まらぬまま、お互いに顔を見つめ合っている。
そんな趣味、僕にはないのだよ。
しかし、目をそらしたら負けなような気がして、意地でも見つめる。ときには顔を揺らしてみる。が、僕の髪の毛が付いてくるだけ。
何一つ変わらない、読者と作者の距離。
止まる物語。
語り手はやめない。
……何を言うつもりなんだ。
語り部という仕事の僕に、そんなテンプレを見せつけるのか?
天ぷらならご馳走になりたいがね!
君のテンプレっていうのはあれだろ?
毎度毎度、君が大盤振る舞いしてエンディングじゃないか!!
ちょっとは別の人間に主役とかあげたらどうなんだい!?
君はあくまでもエクレツェアの中の一人だ……
主人公であってもそれは変わらない!!
……みんながいてこその異世界さね。
いちいち言わないのは、もうすでに10回くらいいってるからだ。もう僕は目でそれを訴えているよ。
わかったかい?
ん?
聞いてあげるからさっさと
「なに? この物語の主人公に君の後を継がせたいだって?」
ふむふむ、ふむふむなるほど……
「それは最高に面白い物語じゃないか」
僕は、この時、詠嘆のエクレツェアがこの世界の消滅を企んでいるとは、まだ思っていなかったのだ。