流し雛
未練がましいのかもしれない――黄色い頭の雛人形を見てそう思った。久しぶりにタンポポをいじった指先は緑に染まりべたついている。川の水で手を洗うと、ふと左手に目がいった。うっすらと日焼けした薬指にはまだ白く細い痕がくっきりと残っている。
やはりわたしは未練がましい。こんなことでもしなければ、心の整理ができないのだから。
胸の中のモヤモヤを吐き出すように大きなため息を一つ吐くと、バッグに手を伸ばした。
バッグの奥にしまいこんだハンカチ。包まれているものは見なくても分かる。紅い小さな石の埋め込まれたわたしの未練の結晶。そっと取り出して陽にかざすとそれはきらりと瞬いた。
「受け取って……もらえるかな」
はにかみながら差し出してきたあいつはもう、どこにもいない。
ふいに目から暖かな雫が零れた。きっと陽の光が眩しかったからだ――そうでなければ許さない。
「――さようなら」
指輪を雛人形の首に掛け、笹で作った船に乗せた。後悔なんてしない。川の上に船を浮かべる。後悔など、ないのだから。
雛人形を乗せた小さな船はゆっくりと流れていく。ゆらゆら揺れるたびに小さな石がきらきら瞬く。
ゆらゆら、ゆらゆら心が揺れる。
思わず伸ばしかけた左手を右手でぎゅっと押さえ込んだ。目を閉じて五つ、数える。
再び目を開いたとき船の姿は遠くにあった。その姿もやがて見えなくなる。
雛人形は遥か彼方。きらめく指輪はもう見えない。
恋はもう、終わったのだ。