白夜叶愛の独り言
私が此度ペンを握り、このお話を執筆しようと決めた理由は、なにも読者の為じゃありません。
かと言って、今回、不本意ながらも執筆者として、作者扱いになってしまっている私自身の為と言うわけでもありません。
勿論の事、この物語に出てくる一人の少年の為でもない。あるはずない。
読者なんて居なければ居ないでいいですし、私の事が理解し難い人間に、私を理解して欲しいとも毛頭思っていません。
見ず知らずの赤の他人に、理解を求めるなんて、居るか居ないか分からないような神様に祈り続ける行為に等しい事だとは思いませんか?
そんな事をしている暇があるならば、傷つき、傷だらけの足を引き摺りながらでも、少しでも前に進む努力をする事を推奨したいものです。
立ち止まって、泣きに泣いて、同情もらって、その味が忘れなくなって、同じ事繰り返して、他人に甘んじる。
差し出がましいようですが、それこそ退化だという事に気付くべきです。
励ましや憐れみの言葉は麻薬です。
一時だけ、やる気を与えてくれます。
一時だけ、テンションをあげてくれます。
前進できるような気分になって、なんでも上手くいくような気になって、結局同じことを繰り返して頭を打つんです。
気が付いた時には甘んじ過ぎたばっかりに、周りには誰も居なくなり、再起不能の廃人になるんです。
馬鹿丸出しです。格好悪い事この上ない。
仲間に励まされ、逆境に立ち向かう主人公気取りーーイタ過ぎます。
本当の主人公というのは、まず同情を求めたりしないものです。
自然とピンチにぶち当たり、自然と助けてくれる仲間がいつの間にか隣にいるものです。
「えーん、えーん、ママ助けてー」なんて主人公が言った日にはドン引きです。
そんな物語、目にも入れたくありません。
って言うか、身も蓋もない話をしてしまいますが、自分の人生の主役は他でもない自分自身ーーとは良く聞く言葉ですが、忘れないで頂きたい事があります。
あなたが主役のあなたの人生も、他人の人生の脇役であり、拾われるかどうかも分からないサイドストーリーだという事を。
と、まぁ、前置きが長くなってしまいましたが、改めまして、白夜探偵事務所所長の白夜叶愛です。
私は思った事を“思ったまま”にしておく事が苦手で、言いたい事は言うし、言いたくない事は言わない。そんな性格なんです。
だから、ここまでの毒ある私の言葉は快く看過してください。
そして、それなら何故、読者の為でも、ましてや私自身の為でもなく、私がこうして執筆をしているのかと言う理由についてですが、言ってしまえばただただ単純な理由ですーー先に言っておきますが、今から惚気ます。
頼まれたからです。
尚弥に。新橋尚弥に。
私の恋人の尚弥に頼まれたから。
私があの日なにをしてたのか、その空白が知りたいからとーー
世界中の誰よりもカッコよくて、世界中の誰よりも美しくて、世界中の誰よりも愛しい、私の恋人に頼まれたから。
筆を執らざるを得なかった、そういう事です。
前に尚弥が執筆した、私と尚弥の出会いの物語「差し出がましいようですが。」ーーこのタイトルにはいささかセンスを疑う所がありますがーーあの春から二ヶ月程経った現在の感情で執筆していますから、前作を知ってる方がこれを読んでいた場合、私のキャラが崩壊してるなんて思われそうですが、ご心配なく。
これが私です。
と言うか、私は元々こういうキャラなんですよ、設定なんです、はい。
嫉妬深く、束縛が激しく、毒舌で、容姿端麗、頭脳明晰なツンデレガール、因みに名探偵。
それが私。自分で言ってみるとこんなに無茶苦茶なキャラも何もないですが。
特に、自分で容姿端麗とか頭脳明晰って言っちゃうのってどうなの?ーーなんて思われていそうですが、事実を正確に伝えようと試みれば、こういうしかないのです。
もし、見ていて不快な気分になるというのであれば、尚弥が書いていた小説からの引用という風に捉えてください。
どこかで使っていた筈です、恐らく。
さて、ここからが本題。
本当の題目。
予め言っておきたいのは今日が六月の某日であるという事です。
前作の春からこの二ヶ月の間の空白は尚弥がいずれ発表する小説を待って欲しいのだけれど、簡単に言ってしまうと、もうとんでもない(と、流石の私からも言わざるを得ない)ようなゴールデンウィークを越えた後、母の日の三日前に新橋家へ初めてのご挨拶に伺い、その一週間後には大阪から招かねざる客が訪れ、“尚弥とその人の浮気”に私とその人、大喧嘩でした。今、思い出してもイライラします。二度と来ないで欲しい。
まぁ、たった二人きりの双子の姉妹にこんな事を言うのは何ですが、同じルックスを持つ以上、中身を掛け合いに出された場合、私の性格の悪さと言えば酷く露見するものなのでーーあれで尚弥を誘惑されると、私なんか到底勝てないんですから。
やめて欲しい。本当にやめて欲しい。
尚弥は私の彼氏だから。
尚弥も尚弥で、私と妹の判別位ちゃんとして欲しい。
ちゃんと私に気付いて欲しいーー泣きそうになるから。
そう思う次第です。これは本音です。
そうそう、“招かねざる客”というならば、この二ヶ月の間に他にも訪れた客人達が居たものです。
いえ、ついでに思い出したみたいなニュアンスで言っていますが、そちらこそが本当の招かねざる客だったように思います。
とある組織御一行様と言っておきましょうか。
私も以前、そこに属していた事があります。
どういう組織か、という事に関しては明言を避けますがーー私としても気分の良い話ではないので。
ただ組織にとって裏切り者に当たる私は、彼らと手酷くやり合う形になりました。
それもまた尚弥が語ると思うので、それまで待っていてください。
少なからず、私の口からは語れない事だらけですーー秘密多き女なので、えぇ。
そして、その組織との一悶着に一時的な解決を見た後の本日、が、今回の内容です。
本日とか言いながら、執筆している現在は本日の後日になり、これは言わば後日談なんですが、そこは言い出すと訳が分からなくなるので、やめておきます。
つまり、簡単に言います、まとめます。
ゴールデンウィーク、母の日(多少のズレは看過)、姉妹対決、組織御一行様、今回のお話、の順番です。
理解出来てるでしょうか?
出来てなければ三回程読み直してください。
頁を閉じて良いなんて言ってませんよ。
読み直しなさい。
分かるまで読みなさい。
馬鹿は馬鹿なりの努力をしなさい。
此処に尚弥が居たら、数少ない読者を敵に回すような、不快にするような発言は謹んでください、なんてツッコミを受けそうですが、私は気にしません。
むしろ、敵に回すも何も敵ですから。
尚弥の味方は全員敵です。
尚弥の周りに集まる人間は全員敵です。
私だけの尚弥に易々と近づいて欲しくないのが本心です。
尚弥の味方は私一人で十分です。
世界人口の全員が尚弥の敵になっても、私だけが味方で、私だけ尚弥と共に死に行く権利を所持している、そうありたいんです。
だから兼ねてより、尚弥の、読者に歩み寄るようなあの小説は罵倒し続けてる私ですが、尚弥はあれで頭に穴でも空いているのか、私の気持ちに全く気付いてないんですよね。
別に仕事も何もしなくても、私の隣にいてくれればいいんですよ。
一生遊んで暮らせる位のお金なんて私が底無しに用意して差し上げるというのに、何が不満なのかーー勿論、女遊びなんかは絶対にさせませんが。
本題と言いながらいつ、本題に入るんだーーなんてツッコミをいれてきたそこのあなた。
ちょっと黙りなさい。
えぇまぁ、ツッコミが居ないので、話し出すとーー脱線し出すと、際限ないんですよね。
ついつい楽しくなっちゃうんですよ。
さて、ではそろそろ閑話休題。
今から話すのは六月某日に起こった事件のお話。
私と私の助手、桜井結の大喧嘩を始まりとし、結が尚弥を連れて家出するという誘拐事件のお話ーーではない。
結が私との大喧嘩の後、尚弥を誘拐して出て行ってから、私は探偵事務所に一人になってしまった訳です。
その頃、尚弥と結は二人して家出先でとんでもない事件に巻き込まれてしまったようですが、そんな内容、私が知る由もないので語れる筈がありません。
故にこれは、今からお話するのは、いずれ尚弥によって語られるであろう小説の、私が居ない時間に私が何をしてたかと言うサイドストーリーであり、ショートストーリーであり、シークレットストーリー、略してSFです。
……はい、ちゃんとツッコミましたか?
ツッコミをいれなかった人は今すぐ私に謝罪という感想を出しなさい。
“ツッコミを忘れてしまい、ごめんなさい”と。
ちゃんと白夜叶愛様へ、を忘れずに。
はい、冗談はともかくーーそろそろ尚弥に本気で怒られそうなのでーーつまり、略してSSです。
SFではありません。SFの要素なんて微塵もありません。
と言うか、SSSSと言っても良いかもしれません。
何でしょう?そこに私の性格も足すべきだ?
だとするとSSSSMになるので締まりが悪いでしょう。
はい、その後のツッコミは受け付けません。
兎に角、尚弥と結、二人がどうなっているかなんて事には興味がなかった私ですが、二人でどうにかなってしまっている場合には非常に困る私なので、立ち上がりました。
結一人の家出なら放っておきましたが、尚弥が一緒に連れ去られてる以上、私としても看過出来ない事態が起こる可能性は大いにある訳で。
つい最近、妹に手を出されたばかりなので不安は募る一方です。
もうあんな思いをして泣くのはごめんなので、早々に探す事にします。
結と尚弥をーーいえ、愛しの愛しの尚弥だけを探す事にします。
しかし、なるほど。
私と喧嘩し、私に対抗する手段として尚弥を連れ去り、さも隠れんぼと言わんばかりに行方をくらます。
今の私にこれほど効果的な対抗手段もないでしょう、得心します。
流石は私の助手です。
よく私を観察しています。
ただ一つ、私が名探偵であるという事を失念していなければの話ですが。
探偵事務所を後にした私は、近場の公園に足を運んでいました。
流石は夏です。六月です。
普段から外に出ない私にとっては、これはもう地獄の釜湯みたいな暑さです。
八月になってくるともっと暑いのでしょうか?
溶けそうです。
公園の入り口、くっきり残った車のブレーキ痕。
その側に落ちていた結のスマホと名詞ケース。
これを見た瞬間に、あの二人に何かが起こったと捉える事は難しい推理じゃありません。
私はスマホと名詞ケースを拾いあげ、取り敢えず、名詞ケースはスカートのポケットにいれます。
因みに現在の私の服装は真っ白です。
真っ白い半袖シャツと真っ白なフレアスカートを合わせた適当コーデです。
尚弥はあれで意外に女性のお洒落には無知何でしょう。
私の事をお洒落だと思っている節があるようですが、私は実に適当です。
お洒落とは無縁です。遠縁ですらないです。
別にお洒落な服で着飾らなくても中身、自分本体で誰かに負ける気なんて感じないものですから、適当です。
故に、中身が同じにして、更にお洒落に気を使い、着飾る妹にはいつも負けているのが事実でもあるのですが。
名詞ケースをポケットに入れた私は、拾いあげた結のスマホを片手に公園内のゴミ箱に向かいます。
ゴミを捨てる為です。
えぇまぁ名詞ケースも捨てたい所ですが、それをやってしまうと私のイメージや私の事務所のイメージにダメージが来そうなのでやめるに留まります。
ゴミ箱の前に立つと、私は結のスマホをその中に捨てました。
放り込みました。
これで今朝の喧嘩の鬱憤も少しは晴れた様なものです。
さて、問題はここから。
あの二人をーー尚弥をどうやって探し出そうか。
あの二人の意志で行動していないとなると、“二人が行きそうな場所を潰していく”作戦は意味を成さないでしょうし、事務所に帰って根気強く待った所で帰っても来れないでしょう。
だったらーー
私はキョロキョロと辺りを見回しました。
いえ、見回す程でもなかったのですが。
誰か人が居ないかと確認する私の動作を、ゴミ箱を挟んだ向かい側で一人の少年がじっと見ていたのですから。
「何してんの?お姉ちゃん」
驚く事にこの小説の台詞第一号が、公園で遊んでいた少年Aという事になってしまいました。
「人探しをしてるんです。えっとーーあなたは?」
「俺は野田裕太、中学一年だ」
「初めまして、裕太君。
裕太君は……何か埋めに来たんですね?」
裕太君は明らかに驚きの表情を見せる。
見抜かれた時の、人の顔。
私は職業柄、こういう顔を何度も見て来ました。
「なんで分かったんだよ?見てたのか?」
口の利き方が悪い子だ。
そう思いながら、ニコッて笑ってみる。
うん、笑顔が上手だ私。
女優になれるかも知れない。
「簡単な推理です。右手と左手の指の腹が砂で若干黒くなっているのと、靴にも同様の砂がついている事を見ると今さっきまで砂を触っていた事は火を見るより明らかです。
でも、砂場で遊んでいたなんて事はないでしょう。
ここの砂場に黒い土は使われてませんから。
それに中学一年にもなって砂遊びもしませんよね。
だとするとーーあの木の下あたりでしょうか?」
私は公園内を見回し、別段背の高い木を指差し、少年の反応を窺ってみる。
図星のようで、口を「あ」の形で開いて動かない。
「あの辺りの土なら有機物を大量に含んでそうですし、黒いはずです。
それと、人は何かを埋める時、何かを目印にしたり、逆に目印を立てたりする傾向があります。
ざっと見回して人為的な目印がないので、恐らくは何かを目印にしたのでしょう。
だとすれば、私ならあの一番大きな木の下を選びます。
どうですか?」
「す、すっげーな!姉ちゃん!え、何者?」
「通りすがりの探偵です」
「探偵?!初めて見たよ!」
「それはそうと、何を埋めてたんですか?」
我ながら、それはそうと、とーー訊きたい事はそれじゃないと言ってから気付く。
「夢をね、埋めて来たんだよ。
もう叶わない夢をさ」
「夢?」
訊いてしまった手前、引くに引けないので、私は裕太君の言葉を反芻する。
「そう、小説家になるって夢」
「小説家…」
私の恋人の職業、と、言いかけて飲み込む。
「そ、小説家ね。でももう諦めたんだ」
裕太君はそう言って歩き出します。
公園内のベンチに向かって。
私も後ろに続きました。
裕太君がベンチに腰を下ろした後、私も隣にちょこんと座り、隣の裕太君の横顔を窺います。
裕太君はこの公園で一番背の高い木を見つめながら、私を見ない。
「僕さ、小説を読むのが大好きで、ネットの投稿サイトで自分が書いた小説を投稿したりしてたんだよね」
「今はしてないんですか?」
子どもにタメ口を使われる大人と、大人に敬語を使われている子ども。
妙に変な光景かもしれませんが、そこは看過しましょう。
大人として、注意をしてあげるべきかも知れませんが、寛大な気持ちでこれくらいは抱擁してあげるのも大人です。
そう、私、大人なんです。
小さい事で怒ったりしない、大人なんです。
「うん、今はしてねぇ。やめにやめたよ」
やめにやめたよ、という日本語があったかどうか。
あったとしても使い方としてどうなのかどうか。
そこに疑問は呈するべきかも知れませんが、中学生ですからね、言葉の間違い位ありますよ。
中学生ですから。小説家希望の、読書が大好きなーー中学生ですから。
「どうして、やめちゃったんですか?」
「うーん…お姉ちゃん誰にも言わない?」
「はい、こう見えても守秘義務は重んじる方です」
守秘義務の内容をよく理解してない私が平然とそんな事を言ってしまうんですから、大人って怖いですよね。
守秘義務の内容をよく理解してない私が名探偵と呼ばれているんですから、世も末ですよね。
それはさて置き。
「俺がやってた投稿サイトって、管理者ページで閲覧数が見れるんだけどさ、それが日が経つにつれどんどん減っていってさ。ポイント制で順位が決まるんだけど、それもどんどん落ちてって」
支離滅裂で言っている事が理解不能でした。
閲覧数からいきなりポイントの話と順位の話が飛び込んできたものでーー流石、小説家志望。
話がぶっ飛んでいます。頭もぶっ飛んでいますが。
「つまり、あなたの小説を読んだ読者があなたの小説に評価ポイントみたいなものを入れられる、みたいな事でしょうか?
そのポイントでサイト内に順位が出ている、と」
恐らく、私じゃなかったら通じてないんじゃないかと思う話を整理して問い返してみる。
「おう、そういう事だ!」
そういう事らしい。
なるほど。
「それで悪い成績が続いたからやめちゃったんですか?夢と一緒に諦めちゃったんですか?」
「うん、まぁそんなとこ」
「そうですか。なるほど…」
私は裕太君から目を離し、少年が見つめる木を、私も見つめました。
「どうした?お姉ちゃん?」
今度は裕太君が私の横顔に視線を当ててくる。
当てているのが分かった。
私は視線を動かさない。
木に当てたまま。
「差し出がましいようですが、辞めて正解だったと思いますよ、それ。
順位が落ちていたとはいえ、少なからず読者がいた訳ですよね?
一人でも読者がいる限り、自分の生み出した物語には自分が最低限の責任を持って完結させる。それが出来ないなら、小説家になんて到底なれませんよ」
「あ、うん…そうだけど…」
裕太君が俯いてしまうのが、視界の片隅に映った。
厳しい事を言ったのかも知れない、差し出がましい事をーーそれでも、言わずにはいられませんでした。
大人としてじゃなく、一人の人として。
「気負い過ぎなんじゃないですか?
あなたはポイントや順位や閲覧数の為に小説を書いていたんですか?
誰かに伝えたい想い、誰かに共感してもらいたい想いがあって、自分の世界を誰かに見てもらいたくて物語を書いてたんじゃないんですか?あなたにしか書けない物語があると思ったから、あなたはペンを取ったんじゃなかったんですか?
まだプロでも何でもないあなたが周りの評価や受けを狙いすまして小説を書くなんて、十年早いんですよ。
“今のあなた”にしか、“プロでもなんでもない素人に埋もれている今のあなた”にしか書けない物語がきっとあるはずなのに、それをどうして書ききろうとしないのか、私は理解に苦しみます。
私の知り合いーー恋人が小説作家なんですが、まだまだ新人で、浅学で薄っぺらい内容の小説しか書けない作家なんですが、それでも作家なんです。
そんな彼が作家になれたのはきっと読者の評価を気にしてきたからじゃなく、読者を楽しませたい、その一心だけーーその初心を忘れずに書き続けたからだと思います。
小説家になる夢を諦める事も、小説を書く事を辞める事もどうぞご勝手にという感じですが、一つだけ言わせてください。
差し出がましいようですが、何をするにしても、途中で初心を忘れてしまえば、見えるものすら見失いますよ。
あなたを心配し、あなたを応援してくれる人がいる事を忘れないでください。
苦しくなったら吐き出したっていいんです。
その声は必ず誰かに届いてますから」
長々と語ってしまった後に気付くんですよね。
あぁーーまたやっちゃった。
思った事を思ったままに出来ないので、結局全部言ってしまうんですよね。
裕太君が泣いてしまってるんじゃないかと思いました。
そう思って、裕太君に視線を移すと、思いの外、晴れ晴れとした様な表情で空を仰いでいました。
「あー…なんか難し過ぎてよくわかんなかったけど、お姉ちゃんの言う通りだよ。初心は忘れちゃいけねーよな」
なんて、ちょっと大人ぶった事を言ってる裕太君。
生意気を通り越して、少し可愛らしく見えてきます。
「えぇ、初心は夢の土台ですからね。
忘れると夢には必ず届きません」
「だなーーうん。でもさお姉ちゃん、例え初心を忘れずに頑張ってもさ、夢ってなろうと思ってなれるもんでもねーじゃん?」
「そうですね、でもーーなろうと思わなきゃなれないものでもあるんですよ」
「なろうと思わなきゃーーか。
俺の場合は、小説家になろう、かな」
「そうですね」
裕太君が柔和な表情を見せ、そう言った言葉に、私も自然と笑顔が出ました。
小説家になろう。
良い響きです。
なんかこう、身近な電波がビリビリ伝わる語感です。
その時でした。
「あれ?コーディリア?」
私の背後ーーと言うか、裕太君が座っているのとは反対側のベンチの横側、そこからそんな声が掛かったので、ゾッとした。
この呼び方で私の名前を呼ぶ人間はごく一部の人間のみーーとある組織御一行様のみだから、そりゃまぁゾッともするんですよ、私の身からすれば。
それはあだ名なんて可愛いものじゃなくて、私が組織に居た時に与えられた、本名を隠す名前、コードネームだから。
勿論の事、今更ながらその組織の人間にこんな風に親しげに声をかけられる謂れもなければ、コードネームで呼ばれる筋合いだってないんだけれどーーと言うか私としてはうんざりで、金輪際本当に関わって欲しくもないんだけれど、そういうわけにもいかないらしく(詳しくはまた後日発表の尚弥の小説に目を通して頂くとして)私は明らかなる嫌悪感を抱きながら、裕太君を捉えていた視界を半周させ、振り返った。
「柚木…」
私が名前を呟くと、その相手、柚木美優は嬉しそうに小振りで手を振った。
巻きに巻いた長い茶髪、肩出し、ミニスカ。
これが今の世間の女性ファッションとしてお洒落なのかどうなのかは寡聞にして知らないけれど、見るからに私とは正反対のジャンルに属する人種だった。
仲良くしたくない。
そうじゃなくても、仲良くしたくないのに。
「何してるの?コーディリア、今日は一人?」
一々、人をコードネームで呼ぶな!
と、憤りを感じながらも抑えます。
抑えますよ、大人ですから。
「えぇ、まぁ。あなたこそ何してるの?
すっかりこの町から去ったと思ってたけど、まだ私達に何か用なわけ?」
「あなた達って言うか、あなたの恋人に?みたいな」
その言葉を聞いて、私の中に戦慄が走った。
なるほど、先日「手を引く」と言っておきながら、また懲りずに今度は尚弥と結を誘拐したって事かーーそういう結論にすぐ行き着いた。
その先日の話をまだ知らない読者を置き去りにする展開には深く謝罪したい所ではあるのですが、そんな暇はないらしい。
組織の人間に連れ去られたのであれば一刻も早く尚弥の救出に向かわなければならない。
この女、自分達が尚弥を誘拐しておいて、のっけから「今日は一人?」なんて間抜けな台詞を言ってきた訳だ。
私を馬鹿にしている。
「尚弥はどこにいるの?答えなさい」
「答える訳ないじゃない」
真顔で、即答でした。
私を鼻で笑い、一瞥して、そのまま踵を返して小走りで駆け出す柚木。
「待って!」
そう言われて待つ敵が居たら、それは相当に愚かだと思うのですが。
柚木は公園の外に停車していたリムジンに素早く乗り込むと颯爽とその場から居なくなってしまう。
急に焦り出す。
中途半端な情報に乱されて。
これじゃ、相手の思うツボです。
一旦落ち着きましょう。
私は深呼吸し、目の前を見据える。
よく考えれば、私は座ったままだった。
思っていたより、十分、落ち着いていたようでした。
さて、問題はここからですね。
どうやって尚弥の居場所を探し出しましょうか。
一人で勝手に思考に入ろうとした時、隣に居た裕太君に声をかけられました。
「ねぇ、お姉ちゃん、大丈夫?」
「え、あーーあぁ、はい、大丈夫です!」
裕太君が居た事を失念していました。
とは言ってもこの子との雑談もそろそろ切り上げないといけないでしょう。
情報がないとは言え、組織が尚弥を連れ去ったとするならば心当たりがないわけでもないですからね。
急いで駆けつけないと。
そう思っていると、私のスカートのポケットの中でスマホが振動しました。
結のスマホは公園のゴミ箱に捨てたので、このスマホは私のものです。
私はスマホを取り出し、画面に表示された名前を視認するーー雪代美恋。
いきなりですが、紹介します、私の妹です、えぇ、双子の。
苗字が違うという点に関しては察してくださいーー察しなさい。
「ごめんね」
裕太君にそう言って席を立ち、ベンチから少し離れた所で電話に出る。
「もしもし…」
『あ、もしもし?お姉ちゃん?』
「うん、そうだけど」
『尚弥居る?』
「ねぇ、ちょっと待って、わざとなの?
人の恋人を親しげに呼ばないでくれるかしら?大分不愉快なんだけど」
『ハハハッ、そない怒らんといてーや、お姉ちゃん。さっきから尚弥に電話かけても、結ちゃんに電話かけても繋がらへんのよ。なんかあったんかなぁ思て。もしかしたらお姉ちゃんと喧嘩した結ちゃんが家出する際に尚弥を引っ張りだして、その出先で変な事件にでも巻き込まれたんやないか思うてさ』
もしかしたらがもしかしている状況だけれど、ここまでピンポイントで当てられると素直に教えたくない。
「美恋、次、尚弥の事を呼び捨てにしたら刺すわよ」
これでも本気で怒ってます。
敬語を外したからそう聞こえるとか、そういうレベルじゃなくて、本気で。
ついでに美恋の恋に対する積極性は私も良く知る所なので、同時に凄く不安になって、不安で、不安で、不安で、尚弥の事は信じてるけど不安で、泣きそうです。泣きたいです。
そんな私の心情を知らない美恋は明るい声で、言葉を返してくる。
『そない怒らんといてーや。ホンマお姉ちゃんは根にもつさかなぁ』
「ねぇ、所で尚弥に何の用なの?」
『ん?あぁ、今度また仕事でそっち行く事になるかも知れんさか、報告がてらになんかお土産で欲しいもんあったら訊いとこ思て』
「どうしてその報告が私から一足飛ばして尚弥の方が先なのよ」
『そら好きな人に先に連絡とるん普通違う?』
泣きたい。本当に、泣きたい。
尚弥は渡したくない。
絶対に渡したくない。
もう来ないで欲しい。
会わないで欲しい。
私じゃ、美恋に勝てないんだから…
「し、仕事って?」
泣きそうになるのを堪えながら、話を逸らす。
『ん?あぁ、交通事故の弁護や弁護。
まだ詳しい情報は入っとらんねけど、何や被害者と加害者で揉めとるみたいや。
多分、弁護やなんやいう前に示談になりそうな気すんねけどーーお姉ちゃん、ニュース見てへんの?今朝の事故やで』
「今朝?」
『お姉ちゃんの事務所の近くのーーほら、何ちゃら公園』
その台詞を聞いた瞬間、私はゾクッとした。
痕跡があった。
無いはずのものが、あってはならないものが、私の前に存在していた。
その事に私はもっと早く、気付くべきだったのかも知れない。
私はスマホを片手に、振り向いた。
ベンチの方にーー“誰もいない”ベンチの方に。
「美恋、事故にあった子の名前、分かる?」
『えっと、ちょっと待ってなーーあったあった、野田君や、野田裕太君。今朝の登校途中でその何ちゃら公園を出たすぐん所で事故におうたみたいやで』
「ありがとーーごめん後でまたかける」
唐突過ぎる事実に、美恋に気を使う余裕はなく、私は電話を切って、ベンチに近づいた。
さっきまで裕太君が、野田裕太君が居たベンチ。
今は誰も居ないベンチ。
私は心霊現象や幽霊の存在を信じているわけじゃない。
わけじゃないけれど、体験してしまえば、これは事実以外の何物でもなかった。
その事実としてあり得ない事実を、私は自分の推理力で裏付けてしまえるのだから。
公園の出入り口にあった車のブレーキ痕。
尚弥と結を誘拐した犯人のものと認識してしまっていたのが、そもそもの間違いで、人を、しかも二人の大人を誘拐しようものなら、急ブレーキをかけて近づくなんて事はあり得ない。
あれは事故現場の痕だったーー偶然、尚弥達が誘拐された場所が被っただけで、と推理するのが至極真っ当だった。
思えば、裕太君は最初「“もう”叶わない夢」と言ってました。
えぇ、死んでいるから、“もう”。
そもそもあの子、最初どこから現れました?
ゴミ箱を見ながら、目の前を見ながら、そこに近づいていた私のーーどこに。
そうですよね、そして、最初に訊くべきだったんでしょう。
「今日、学校は?」と。
彼は中学一年生と名乗っていたのですから、私達みたいに毎日が仕事のような、毎日が同じなような日常に、まだ浸かっていない子どもだったんですから、休日と平日のメリハリがしっかり効いてる日常に居る側だったんですから。
再三再四、自分の事を大人と言っておきながら、大人故に、麻痺してしまった曜日感覚に気付かなかったのは不覚たるミスでした。
柚木に会った時。
柚木美優に会った時もそう。
柚木は私に「今日は一人?」と訊いてきていた。
あれは結と尚弥が居ない事を強調した訳でも、その居場所を知っている事を示唆したような言葉でもなかったんじゃないだろうか。
恐らく柚木には、結と尚弥が居なくなっても大して気にした様子もなく、公園で“一人寛いでいる白夜叶愛”に見えたから、二人を誘拐した事を教えてやらないと面白くないと思ったから声をかけただけでーー柚木には私しか見えていなかった。
あの台詞自体はあのままの意味だった。
柚木には一人に見えていて、裕太君の姿は見えてなかった。
あの時、私がベンチから動けなかったのは、冷静だったからじゃなく、裕太君が私を引き止めたから?ーーいや、それは考え過ぎかもしれない。
現に今は自由に動けている。
私はハッとして、思い立ったかのように気になって、例のこの公園で一番背の高い木に駆け寄り、その下の土を両手で掘った。
確かに一度掘られた形跡がある。
裕太君は今朝此処に来ていた。
その直後にーー交通事故にあった。
叶えられなかった夢への未練と一緒にこの公園に残留した。
でも死んでしまう事で夢を諦めざるを得なかったのならば、夢を埋めに来たと言うのは虚言だ。
じゃあ何をーー
ーー小鳥だった。
ーーそこには小鳥の亡骸が埋められていました。
まだ亡くなってそう時間は経ってないでしょうが、それでも硬くなり、心拍の鼓動が止まってしまった、小さな、小さな、命の亡骸がそこに埋蔵されていたのです。
裕太君は今朝、学校に行く前に、どういう経緯を経てか、この小鳥の亡骸に遭遇し、此処に立ち寄り埋蔵したのでしょう。
いえ、遭遇した時にはこの小鳥の命はまだ、脈打っていたのかもーーそれは私にも流石に分かりません。
私は掘り出してしまった小鳥のお墓を元に埋め直し、公園の出口に向かいました。
これは、サイドでもなく、ショートでもなく、シークレットでもなく、いえ、そのどれもを含んだストーリーでありながら、尚弥も結も知らない所で私一人が経験した、少し不思議なお話だったのです。
公園の出入り口に立った時。
「ありがとう、お姉ちゃん」
と、声がして、振り返って見ると、例の木の下で裕太君が手を振っていました。
いや、それは、気のせいで、幻覚なのかもしれませんが。
「気をつけてね、行ってらっしゃい」
その声は小さな声でしたが、耳に響く、そんな感覚を初めて体験しました。
この物語は、読者の為でもなく、私自身の為でもなく、ましてやこの物語の渦中に居ながら、居なかった、そんな一人の少年の為でもあるはずがないんです。
居なかったんですから。
だから、少し不思議なお話だったんです。
では、そろそろ、究極的なピンチに陥ってるであろう私の最愛の恋人と最高の助手を助けに行く事にしましょう。
私は公園に背を向けます。
小さな声でーーえぇ、これは独り言です。
「行って来ます」
夢を叶える過程で何が一番難しいのか、と問われると自分を信じきる事だと思います。
天狗になれという訳ではありませんが、周りの目を気にしすぎて、本来の自分を殺してしまうーーそれほど勿体無い事もないんでしょうね。
皆さん、お久しぶりです、花鳥秋です。
初めましての方々もいらっしゃれば、これからどうぞよろしくお願いします^ ^
前作を読んできてくださった方々には再びお会いできて嬉しい限りです。
まだ拝読中の方々もいらっしゃるかも知れませんが、それはそれで限りなく有り難い限りですね。
さて、前作の終わり方が叶愛の告白で終わっていたのでそのすぐ後の恋愛模様を期待して頂いてた皆様にはごめんなさい(;´Д`A
いきなり二ヶ月程飛んでしまいましたが、番外編感覚で拝読頂ければ幸いです。
今後、この二ヶ月間の空白は一気に埋めていくつもりです。
応援して頂けると、感激の至りです。
今回は尚弥と結が留守という事で、何が一番大変だったかと言うとツッコミの不在です。
あの二人が居ないとおちおちふざける事も出来ませんでした。
次回作ではとことん遊びたいですね笑
今作は推理小説としてはどうかと言われるようなアレの存在があった訳ですが、なさそうでありそうな心霊体験といった感じでギリギリアウト、ギリギリセーフのラインを狙ってみました。
裕太君のような存在は今回限りです、はい。
ではそろそろ長くなって来ましたのでここら辺で。
次回は「白夜叶愛の対決談」というタイトルになりそうです。
もちろん語り部には彼を迎え入れて…
最後にここまでのご精読、本当にありがとうございました。
それでは、皆さんに再び次回作でお会いできる事を祈りつつ…see you ( ´ ▽ ` )ノ