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閑話-とある村長の日記

たまに主人公以外の視点などで閑話を挟んでいこうと思います。

 ○月×日 天気良好

 今日も一日良く働いた。明日の作業予定は、午後からダウニーゴートの毛刈り。

 家畜の状態:①ヤギのナンナがミルクを出さない。乳がはって熱を持っているようなので乳腺炎かもしれない。様子観察が必要。一時的に子ヤギを離し、別のヤギの乳を与えることとする。②ボールピッグが5頭生まれた。内訳はメス3オス2。③ダウニーゴートを獣舎に戻す際、偶発性体色変化を起こした固体を1体確認、明日の毛刈りで収穫する。今回の体毛の色はミントグリーン。

 特記事項:我が家に変わったお客が宿を求めてやってきた。


 いつもどおりに一日を終え、あとは放牧している家畜たちを獣舎に戻すだけと言う夕方、領都のほうから一台の馬車がこちらに向ってくるのが目に留まった。

 この時間、とうに乗合馬車の最終便は此処を通過したあとだし、荷馬車とは似ても似つかない箱馬車であることから、貴族が乗っているのだろう事を窺い知れる。大方、野営を避けてこの村に宿を求めにきたといったところか。


 正直なところ、貴族の相手をするのは面倒だと思った。貴族の頼みを断って打ち首にでもなったら嫌なので、村長として受け入れるしかないのだが、今まで出会った貴族と言うやつは碌な奴がいなかったからだ。


 突然押しかけてきたのを受け入れてやった上で我が家の貴重な食料を分けてやっているというのに、食事が不味い量が少ないと喚く奴もいる。頼まれたから仕方なく部屋を貸してやっているというのに、狭いだのかび臭いだの眠れなかっただの文句を言う奴だって少なくない。挙句、こんなところ二度と泊まってたまるかと捨て台詞まで残していく奴までいる始末だ。


 礼も言わず自分勝手なことをいう貴族に、良い印象を持てというのがまず無理だった。従者にしたって礼と称し金を掴ませればいいと思っているような節さえ見えるとなれば、面倒ごとだと認識したって仕方がないと思う。


 まあ、一晩我慢すればいいだけの事だ。苛立ちを笑顔の仮面で押さえ込めさえすれば、それに見合った臨時収入が得られるだろう。たまに足元を見てくるような輩もいるが、それでも食費分よりは儲けが出るのだから。

 そう覚悟を決めて今一度馬車に目をやれば、御者台にいた男がこちらに気付いて近付いてくるところであった。


「こんばんは、少々よろしいでしょうか」


 男は折り目正しく頭を下げるとそう言った。貴族の使用人には平民を下に見るような話し方をする者もいるのだが、この使用人は、平民である私に対しても態度を崩していないように見受けられた。主人によって使用人の程度も変わると昔聞いたことがあるが、どうやらこの男はプロの使用人のようだ。


 話を促すと、馬車に乗っているのは領主の娘で、やはり一晩宿を借りたいとの事だった。なるほど、此処の領主は人が良く領民に悪政を強いないことで有名だが、其処の使用人ならばこの対応も頷けるというものだ。


 私が村長であり了承する旨を伝えると男は、

「ご迷惑をおかけします。これは本日の宿代としてお納めください」

 と、包みを手渡してきた。


 男が領主の娘を呼びに行っている時に確認したところ、旅人が泊まる素泊まりの宿の相場よりも少し色のついた金額が入っていて驚いたものである。礼金を先払いして気分を良くするとは、なかなか出来る男だ。


 だが、問題は貴族である令嬢のほうか。過去に来た貴族の令嬢たちはヒステリーを起こしたり、眠れなかったとさめざめ泣いて見せたり、我が侭ばかりで困り果てた記憶しかないのだから。どんな身勝手な令嬢がきても冷静でいられるように、覚悟はしておこうと私は心に誓うのだった。


「これはこれは、貴族の子女様。狭いあばら家で申し訳ないのですがごゆっくり御寛ぎください。」


 間も無く男が令嬢を伴ってやってきたため、私は令嬢の機嫌を損ねないように心掛けた挨拶で出迎えた。それに対して令嬢は、にこりと上品に微笑んだ後、スカートを摘まんでお辞儀をし、口を開く。


「ご丁寧にありがとうございます。こちらこそ、突然押しかけるような形になってしまい申し訳ありません。」


 常識的なお礼と謝罪の言葉を、本心で言っているのだろうなと言う表情で言われたとき、私は内心首をかしげた。今までの令嬢とは何かが違いそうだぞ、と。

 そのまま中に案内すると、令嬢は立ち止まってあたりを見渡した後、小さくため息をついたのが分かった。やはり、こういった場所は合わないと思ったのだろうか。


「あの…何もなくて驚いてしまわれましたか?」


 苦笑しながら訊ねると令嬢ははっとしたような顔をして、首を横に振った。


「いいえ、むしろその逆です。心温かな生活を感じることができる良い家ですね、ここは。」


 そう言って令嬢は、もう一度部屋の中を見渡し、何か愛おしいものでも見るように目を細め、口元を緩ませている。そして、なにか思うところがあったのかひとつ頷くと、彼女はこのようなことを口にした。


 経済面では貴族のそれと比べ物にならないくらいに貧しいのかもしれません。ですが、家族と寄り添い助け合い、互いに思いやりながら苦楽を共にする幸せと言うのは、心を豊かにすることが出来る掛け替えのない財産だと思います。そういった面では、この家は私の実家のような貴族よりも豊かな暮らしをしていると言えるのではないでしょうか、と。


 そのときの彼女の顔は笑顔で。それを目の当たりにした私は、この令嬢は今まで来た貴族と違うと核心を持つことになった。


 何と言おうか。夕飯のときにも感じたのだが、彼女は平民のような価値観を併せ持つ『良い意味で貴族らしくない貴族』と言うのがぴったりな存在だった。


 上品に食事を取りながらもニコニコとしながら美味しいですと感想を言ってくれる彼女は、私たち家族にとっても好ましく映ったものだ。家内なんかは、彼女がウインナーを気に入って褒めたことに気を良くしたのか、秘伝のレシピと一緒に持たせてあげると言ってしまえるくらい、彼女の人となりを気に入ったと話していた。

 多くの貴族が寝れなかったと言っていたベッドでも直ぐに就寝したようで、使用人の男でさえ驚いていたほどだ。


 彼女が寝付いてから、私は使用人の男――セドリックというらしいが――と、取って置きの自家製果実酒を二人で飲みながら話した。他愛もない世間話からはじまり、彼女の生い立ちと今置かれている状況なども、ポツリポツリと語られることとなった。


 彼女――クロノアール嬢――が、幼い頃に母を無くしたこと。継母や義姉たちに邪険にされていたこと。それでも笑って過ごしてきたこと。そして、継母によって彼女があったこともない貴族の男性に嫁がされること。今回の旅路はその相手の下に行くためのものであること。


 セドリックから聞いた私は涙が出そうになったことを覚えている。彼女ならば上手くやっていけそうだとは思うが、それでも、会ったばかりなのに妙に親しみを覚えさせるあの娘が幸せになってくれることを願わずにいられなかった。


 そして、翌朝。朝の仕事を終え、朝食のために家に戻ってきたときのことだ。


「お嬢様!こちらにいらっしゃられますか!?って、いったいなにをなさっているのです!?」


 バン!という音とともに、セドリックの慌てた声が響いた。どうやらキッチンからのようで、その後、なにやら声色は穏やかな言い争いをしているらしかった。


 後で家内に聞いたところ、クロノアール嬢が朝食の準備の手伝いをさせてくれと頼んできたらしく、彼女が寝室におらず探しに来たセドリックが彼女が料理をしているのを見つけ、何をどうしてこうなったと問い詰めたというのがことの顛末らしい。


 ちなみに、言い争いをしている間に朝食が少し冷めてしまったことで、クロノアール嬢はすっかりしょげてしまっていた。年頃の娘に料理ぐらいさせてやってもいいと思うのだが、そういう過保護なところが貴族なんだろうな。


 …お土産に持たせるウィンナーを多くしてあげたら元気になるだろうか?

 いつかまた会いたいと思う貴族が出来るなんて、思ってもいなかった。

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