閑話 一方その頃
短いです
お嬢様の背中が遠ざかるのを確認しながら、私はブラッディベアと戦闘を開始し始めました。そして、戦いながら後悔を感じ始めてもいました。
私は、この程度の魔獣は過去に何度も討伐してきた経験があるので、実のところ勝算はあったのです。ですが、ブラッディベアは若い餌を好みますし弱い者から襲う傾向が在るので、お嬢様が見つかれば真っ先に襲われることは目に見えていたのです。なので、万が一の時の事を考えて、お嬢様を咄嗟にこの場から遠ざけることを選択しましたし、その時は逃げたほうがお嬢様への危険度が下がると確信しておりました。
では、何故、逃がした後に後悔しているのか。それは、今の時間帯にありました。
現在は黄昏時に近付いている時刻。ともすれば、この辺りに生息するモンスターたちの活動が最も活発となる時刻です。
勝てる見込みがあろうとも、時間がかかるのは必須。その間に距離が離れ、モンスターに遭遇されていらっしゃったら、お嬢様ではひとたまりも無いでしょう。
御可愛そうに、怖くて泣いていらっしゃるかもしれませんし、怪我をなさっているかもしれません。
この時ばかりは、奥方様を御恨みしたくなりました。せめてあと一人の護衛でも付けてくだされば宜しいものを、何をどう根回ししたのか、お嬢様は親しい者ではないと傍に置かないとかなんとか理由をつけ、経由する町での増員もしないようになさっていたご様子。私としましても、荒くれ者で実力も分からない冒険者をその場で雇うというのは避けたかったので、こうして今まで一人でお守りしてきたわけです。
奥方様は、馬に関してはスタミナもスピードも申し分なしの屋敷一番の駿馬を付けてくださったものの、それすら他の者が追従することを許さないための配慮だったようにも思えてきます。もっとも、その駿馬も今は熊の胃の中に収まってしまっているので、もうどうでも良いことではありますが…。
何はともあれ、とにかく今は目の前の敵を排除するしかありません。
ブラッディベアを倒した時にはもう、辺りは夕焼けに染まっていました。私は逸る気持ちを抑え、壊れた馬車を確認しました。どうにも使い物にはなりそうにありません。
仕方が無いので、アイテムボックスのみ持って行く事にしました。
このアイテムボックスは、食料やお嬢様の衣類などを入れるためにと旦那様から特別にお借りしていたものです。中身の時間経過は少々あるものの、見た目の十倍程度の物が入るという優れものでございまして、入れたもの同士が干渉することはありません。
古い型故に大きくてかさばり、アイテムボックス自体の重さはそこそこあるものの、中に入れた荷物の重さは気にすることもありませんし、お嬢様の衣類を汚す心配もないため、安心してブラッディベアを収納することが出来ました。
襲ってきた魔獣とはいえ、手折った命を粗末にするのも後味が悪いですからね。後でギルドなどで引き取っていただくことにいたしましょう。
さて、アイテムボックスを紐で結わきつけ、背負って進んでいるわけですが、なかなかお嬢様の姿を見つけることが出来ないまま夜が訪れました。
ハイネストの町まで、ブラッディベアとの遭遇地点から人間の足で一日かかるかかからないか。途中休憩を挟んでいれば、町に着く前に見つけることが出来る。そう思っていた私は、夜通しお嬢様を探して進み続けました。ですが、ついぞ見つけることは叶わなかったのです。
ハイネストの町の宿屋も、町長の家も、朝になってからは勿論町民の家もその他の施設も全てあたっては見たのですが、誰もお嬢様の姿を見ていないということでした。
つまり、それはまだ町に辿り付いていないと言うこと。そして、何事かが起こり道をはずれてしまっているだろう事が分かったのです。
私は、ポケットからから訊ね石と呼ばれる魔道具を取り出して訊ねます。
「お嬢様は生きていらっしゃいますか」
この魔道具は、数回使用すると壊れてしまうのですが、はいといいえで答えられる質問をすると、そのどちらかの答えを得られます。今回の質問の場合、お嬢様が生きていれば光り、そうでなければ暗いまま動かないはずです。幸い、お嬢様は生きていらっしゃるようでした。
となれば私は急いで文を認めました。我が主とノクターン伯爵に認めたそれを、速達の早馬に託します。何故なら、明日が顔合わせの予定日なのですから。
願わくば、結婚式の予定日までにはお嬢様を見つけることが出来るとよいのですが…。
私はハイネストの町を拠点としながら、近隣の捜索に当たるのでした。
継母が色々とやらかした結果のようです。本来、セドリックと二人旅の予定ではなかったのですが。
そして、ブラッディベアさん、若くて柔らかいお肉がお好み。