7-森(山)の熊さん再び
今週もよろしくお願いします!
今回、ちょっとだけグロテスクっぽい表現があります。苦手な方はご注意ください。
ドダァアァアアアン!ギャリギャリギャリバキッザザザザザドドォォオーン!!!!!
突然の衝撃と体に走った痛みに、私は目を覚ましました。直前まで寝ていたので何が起きたか理解していませんが、どうやら馬車が横転し、体を強く打ち付けたようです。幸い、枕代わりにしていたルンバたんが衝撃を吸収してくれたのか、頭部にダメージは無さそうでした。
馬車の中から脱出可能か、体を起こして今は天井のようになっているドアに手を伸ばしてみます。…うん、何とか葛籠などを踏み台にすれば届きそうですね。
私は肩に掛けていた鞄にルンバたんを入れて、脱出を試みました。
まずは、何があったかをセドリックに聞いて…。
「お嬢様!!!お逃げ下さい!!!」
…へ?
ぐっと力を入れて体を馬車の外に引き上げていると、何故かセドリックが逃げろと叫びました。
そちらに視線を動かすと…あら嫌だ。なんだか恐ろしい熊さんとセドリックが対峙しているではありませんか。熊さん、体から赤黒い棘なんか生えちゃってますし。
此処から見ると、セドリックは短剣を握ってこちらを向いていて、熊さんは私に背を向けているような状態です。
…それと、先ほどからバキ、くちゃっぴちゃっと凄く嫌な音が聞こえるのですが、どうやら熊さんが馬車馬さんを食べている咀嚼音みたいです。こちらからは見えませんけど、熊さんの足元に赤黒い水溜りが出来ているので間違いはないのでしょう。
強者の余裕というのか、逃げても捕まえられるという自信があるのか。馬を食べながら、次の獲物――セドリック――をロックオンしているのが今の状況といったところでしょうか。
セドリックは短剣しか装備してないんですけど、見た感じ明らかに不利…ですよね。相手は三メートルはあるだろう熊さんですし。
セドリックが勝てなかったときは、私、また熊さんに人生を幕引きされるんですかね。出来れば遠慮したいんですが。
「お嬢様、何も言わずにお聞き下さい。そのまま道を進んでいくとハイネストの町に出ます。先に向かい、そこでお待ちになっていてください。」
誠セドリックは熊さんから目を離さないで独り言のように私に指示をくれます。
確かに、いつ逃げるの?と問われたら、今でしょ!と答えるしかない唯一のチャンスなのは分かるんですけど、それはセドリックを置いていくということで…。
いや、勿論私が居ても足手まといにしかならないのは理解してますよ?でも、そんな簡単に割り切れないですよ。咄嗟の判断が命を救うとか言いますけど、目の前で親しい人が危険に立ち向かおうとしているなかで、動くことなんて出来ませんでした。
そうしている間にも馬車馬さんは咀嚼され、刻一刻とタイムリミットが近付いているのが分かります。
「どうかお聞きわけくださいお嬢様。私めも、ブラッディベアを倒しましたら必ず向いますので。」
動かない私に痺れを切らしたのか、セドリックは静かに口を開きました。その声には、何故自分が態々逃げないで熊――ブラッディベア――と対峙しているのか考えろ、という色が含まれているように感じました。そして、多分、私が居ない方が勝機があるのだとも。
だから私は、セドリックを信じてひとつ頷きます。
途端、今まで手を出さずに居たセドリックが駆け、ブラッディベアに攻撃を仕掛けました。
「がぅあぁあ!!」
ブラッディベアは、まさか獲物が自分から突っ込んでくるとは考えていなかったのか、既に肉塊となった馬を口から落とし…そのまま怒り狂ったかのようにセドリックに腕を振り振り上げる…。
そんな状況を尻目に、私は馬車から飛び降り道を駆け出します。余程セドリックに意識をとられているのか、ブラッディベアは私に気付かなかったようで、恐怖の追いかけっこに発展することはありませんでした。
「はぁ、はぁ…」
どれくらい走ってきたでしょうか。こんなに全速力で長距離を走るのは久しぶりのように思います。正直、普通のハイキングや短距離走ならともかく、長距離走はあまり得意ではありません。しかも山道なので、無駄に息が上がってしまいます。
これが前世の体なら、五十メートル七秒台後半くらいは出せたと思うし、これくらいの山道を全力疾走することになってももう少しくらい長く走れたと思うんですけど…。ほら、男の子と違って、お勉強で剣技とかしませんし、体育系はダンスくらいですし?なまってても仕方な…くないよなぁ…運動しないとまずいですよね…。
後ろを振り返っても、ブラッディベアたちが見えることはなく。前を見ても、ただクネクネと曲がりくねった山道があるだけという場所で、私は膝に手をやって休み、暫し呼吸を整えました。
すごく、のどが渇きます。こんなとき、日本の公園みたいに自由に使える水道があちこちにあればなぁとか、水の魔道具を持っていたらなぁなんて思いますけど、生憎鞄ひとつで飛び出してきたのでそれも叶いません。鞄に入っているのは叔父様に買ってもらったバザールの戦利品――主に飴玉などの菓子類――とルンバたんくらいなものです。
「あ…ルンバたん入れっぱなしのまま走って、随分揺れたけど大丈夫だったかな?」
目、回してなければいいんですけど。そう思って鞄を開けたらルンバたんは眠ってました。なんて強者…!!!
天気は良好ですし、ルンバたんを見たら気が抜けました。こうなったらこの状況すらハイキングだと思って楽しもうではないですか!と無理やりに意識を切り替えます。
結局、鞄をあさってみても飲み物は入っていなかったので、とりあえず飴を舐めて凌ぐ事にします。よし!と気合を入れなおしてから、私は瓶から取り出した飴をひとつ口に含み、再び歩き始めました。
それから歩くこと一時間、まだまだ町は見えません。
そろそろ夕方なのですが、歩けど歩けど山、山、山。馬車が通る道とは言っても、剥き出しの地面はゴツゴツしていて、気をつけなければ躓きそうになる事もあります。脇には茂みが広がっていて、少しつつけば蛇でも出そうな感じです。
そんなことを考えていたからでしょうか。ガサリと茂みがゆれて、膝丈くらいの何かが道に姿を現しました。
「…ウリボウ?」
大きさは違いますし、幾分か丸っこくて、しかも子供らしい外見に似つかわしくない鋭い牙は生えてますけど。多分、あれはウリボウでしょう。
テクテクちまちま歩いていくウリボウ。ぷりぷりとお尻を振って歩く姿は可愛らしいです。そのまま観察していると、こちらの視線に気付いたのかウリボウがこちらを見て固まり、そして身構えました。身構えて、体を丸め………ん?
「にょぅわぁあぁあああ!?!!!」
奇声を上げてしまいましたが、仕方のないことだと思います!だって!だって突然物凄い勢いで跳ね回るんですもん!!!もうね、避けるのに必死ですよ!
道にいたらいたで狙い撃ちされるので道をそれると、今度はそこら中の木を利用してピンボールのように変則的に跳ね回ります。あ、今、細い木が折れた!!!
「こ、これ、バウンドボアだぁあぁああぁ!!!!てゆうかなんかふえたぁああああ!!!!」
避けて、しゃがんで、隠れて、走って逃げる。それを繰り返していると、いつの間にか親や兄弟に合流したのか跳ね回る物体が増えて、怖さも倍増です。あれ、あたったら無傷じゃ絶対済まないですもん!!ボールが複数あるドッヂボールで一人だけコートに残って狙われているような状況ですが、そんな可愛いものではないです!ブレーキ掛けない車が突っ込んでくるのと、そう大差ないですよ??!!
右へ左へ前に下に。後ろを振り返りながら避けて走っていると、ふいに、スカッと足が宙を掻き、そのまま体がガクンと前のめりになりました。
「え?」
何がどうなった?と前に目を向けると、泉でしょうか?いや、小さな滝が見えるので滝つぼですかね。それがどんどん目の前に迫ってきている…もとい、勢い余ってそこに落下中です。
落ちてしまったものはもうどうにもならないんですが、やっちまった感に頭を抱えたくなります。まあ、衝撃から身を守るために既に抱えてるんですけどね。
私は咄嗟に息を止めました。そしてそのまま、ドボーン!!!と盛大に水柱をあげて水に落ちたのでした。
ノエルは一人のときとかに、よく口調が素に戻ります。
本人曰く、独り言で敬語を使う必要は無いと思う、だそうです。
本日も読んでいただきありがとうございました!