6‐何この子、超優秀
今週もよろしくお願いします!
叔父様とバザールを巡った私は予定通り、翌朝レヴァンニをあとにしました。
レヴァンニを東に向かい、現在進んでいるのはお隣のミッドハイム領。平原が広がる地域で、穀物と根菜と牧畜の輪作が盛んな長閑な領地です。
侯爵領でありながら、著しく発展しているといった様子はなく、むしろ慎ましく堅実にと言った気風を感じることが出来ます。これといって目立ったものがあるわけではありませんが、穀物の生産量は国一番で、味もよく、国の食生活を支えてくれている凄い領なんですよ。
ここの領主のミッドハイム卿は、民と一緒に汗を流すことを是とし、共に課題と向き合い解決策を考えるようなお方らしいです。苦楽を分かち合っているため領民の苦労もよく理解していて、税金を搾り取ることもなく領民に好かれる領主なんだとか。それ以外でも、作物や家畜のより良い品種を作るために、自分の私財を使って研究に力を注いでいる姿勢が支持されているようですね。
噂を聞く限りちょっぴり体育会系っぽい雰囲気のお爺さんで、ともするととても侯爵とは思えないですが、ふんぞり返っているような貴族と比べると結構好感が持てる方だと思います。
今回は通過するだけで挨拶する機会とかはないんですけど、いつか会ってみたいものです。
さて。現在私を乗せた馬車は各領をつなぐ街道を走っているのですが、どうしたわけかこの辺りは農村もなく、未開の平原が広がっています。先ほどまではちらほらと、輪作特有のパッチワークのような整地された農村風景が見られていたのですが、ここは明らかに人の手が入っていないのが分かる景色です。
街道付近は運搬や搬入に便利なもののはずなので、少々不思議ですね。揺られているだけで暇なので、ついついどうでも良い事が気になって気になって仕方なくなっちゃうのは、私の悪い癖かもしれません。でも、気になるものは仕方ありませんしセドリックに聞いてみましょう。
「セドリック、今話しても大丈夫ですか?」
「おや、お嬢様。どうされましたか?」
「ええと、この辺りはどうして手付かずの平原地帯が広がっているのかなと思いまして。」
「なるほど、そのことですか。丁度お昼時ですし、そろそろ馬を休ませる頃合ですから、お食事を召し上がりながらお話しましょう」
馬車の窓を開けて訊ねると、セドリックはそう言って馬の速度を緩めて街道の端に寄せました。どうやらそのままお昼にするつもりのようです。因みに、お昼は叔父様が持たせてくれたサンドウィッチでした。
切れ目を入れたパンに挟まった具材。ハムとチーズと新鮮なレタスのほかに真っ赤な完熟トマトが綺麗な彩を添えていて、見た目にも嬉しい食べ切りサイズ。ワックスペーパーでキャンディ状にくるまれていて、持って食べやすいのもまたいいです。一口かじると、シャキッとしたレタスの歯ごたえに、燻製にされて旨みの増したハムとチーズの香りが鼻腔を抜けていきます。思わずため息を漏らしてから、もう一口パクリ。今度は完熟トマトの自然な甘さが広がって、顔が綻びます。最高ですよ、このサンドウィッチ。
「ではお嬢様。何故この一帯が手付かずの平原であるかでしたね。」
少し食べてお腹が落ち着いた頃合を見てセドリックが教えてくれたことには、此処レイリード平原は、一種の魔力溜まりのような場所らしく、魔獣等の生息地になっているようです。
牛型やサイ型などの大型草食魔獣が多く生息していて、彼らが群れを成して移動すると、畑や集落が簡単に潰れてしまうのだとか。
また、仮に畑で上手く作物が育てられても、魔力溜まりのある場所では作物が魔化してしまうことがあって、好んで開拓をするような者も居ないため手付かずになっているとのこと。
魔化ねぇ…小説ではたまに出てきてましたけど、実際どうなるのか、いまいちピンと来ません。
「作物が魔化するとどうなるんですか?」
「例えばニンジンが魔化するとウォークキャロットという植物系のモンスターになります。収穫しようとする者が居ると地面から飛び出てきて襲い掛かってきますね。」
「うわぁ…びっくりしてるうちに攻撃くらいそうな…。そういえば、魔化した作物って、倒すと消えちゃったりするんですか?」
「いえ、普通の魔物と違って、魔化した作物は倒せば本体が残ります。魔獣と呼ぶには語弊がありますが、倒した後は体が残るので、そういった面では魔獣に近いものがあります。」
「へぇ…もうこの際、魔獣とか魔物とか妖魔とかの区別なんか無くしてモンスターで統一したらいいような気がしてきますね」
「お嬢様、覚えるのが面倒だという本音が漏れてますよ」
「…ばれました?」
苦笑しているセドリックはこの際気にしないとして。成程、そういうことならこの辺りに農村とかがない理由も頷けます。
確かに他の地域よりも育てる事自体に苦労するのに、育てた作物が魔化して襲ってくる可能性があるような場所なんかでわざわざ農業営もうとも思わないですよね。
その後も、ゆっくりとサンドウィッチを味わいながら、セドリックに質問をしまくりました。例えばこの平原に主に生息している魔獣の種類についてとか。
まずは牛系。この平原には三種の牛型魔獣が生息しているとのこと。
一つ目は水牛に似ている三日月形の大きな角を持つクレセントホーンブーバルズ。これは角が重宝されるらしく、冒険者などが集団で狩りに来たりするそうです。
二つ目は牝牛の魔獣のカウタンク。一度出産を経験すると、体にミルクをたっぷりと溜め込む性質があるらしく、家畜にされることもあるとか。
三つ目はカウタンクと対を成す牡牛の魔獣でオックスタンク。鉄のように硬い皮膚とガチムチな筋肉を持っていて、強烈な突進をお見舞いしてくる他、前に迫り出した二本の角を使って岩などを大砲のように投げ飛ばして攻撃してくる好戦的な魔獣なのだとか。
次はサイ系。ここに生息しているのは一種類だけで、アーマーライノと言うそうです。名前の通り鎧の様な頑丈な体をしていて、何故か脱皮して大きくなるそうです。脱皮した抜け殻は、盾などの防具に加工されるようです。
他にも、トライデントゼブラだとか、アッパーバニーだとか、ディンゴールという魔犬が棲息していたり、普通の動物たちも多く存在するらしいです。まあ、一般人は遭遇しないにこしたことはないそうですが。
さて、話している間に食事も済み、馬も水や草を口にさせて大分休んだので、そろそろ出発するそうです。その前に一応用を足しておくことは忘れません。流石に馬車を走らせて直ぐに止める事になるのもどうかと思いますしね。
…え?こんな開けて視界のいい草原でどうやって用をたすんだって?そこはあれです、簡易の小さなテントみたいなので目隠しして、軽く穴を掘ってするしかないです。特に女性は男性と違って小の方でも下着を下ろしてしゃがまなきゃいけないので、無防備になりますから見張りと目隠しは必須ですね。この世界では基本二人以上で旅をするように推奨されているんですが、その裏には絶対トイレとかの安全確保が含まれてますよね。
私の場合、一緒に居るセドリックは男性ですし、初めは少々気まずいような気もしていたんですが、もうこの数日で慣れちゃいました。私は元々田舎育ちなのでどうしても我慢できなければ野外で用をたすこともやぶさかではなかったですし、男性が居るとはいえ目隠しもあるなら多少の羞恥心も緩和されますからね。背に腹は代えられないですもん。
…割り切りすぎ?男性が傍に居るのに用をたすなんて無理?いやいや、そんな事いってられませんって。仮に茂みに隠れて用をたしたとして、そこでモンスターに襲われたら一発でアウトですよ。下ろした下着が邪魔で逃げられないまま、お尻丸出しのまま死ぬなんて真っ平ごめんです。テレビだったらモザイクとか、本人の顔の目隠しとか付いちゃうやつですよ。そんな間抜けな格好で二度目の人生を棒に振るくらいなら、割り切りもしますって。
ささっと済ませてお絞りで手をふき、用も済んだので馬車に乗り込もうとしたところ、セドリックが踏み台を用意して手を貸してくれながら、何かを思い出したような顔をしました。
「ああ、そういえば。お嬢様、馬車内に子爵様から預かりものがございます。」
「叔父様から?」
「はい。昼食の入ったバスケットと共に小さな葛籠がございまして、お嬢様宛のメモが挿んでありましたので先ほど座席にお運びしておきました。馬車の中でご覧になってみてください」
叔父様からの預かり物?心当たりはありませんし、いったいなんでしょう。まあ、見てみれば分かりますか。とりあえず馬車に乗り込んで確認するとしましょう。
どれどれ、確かに座席に葛籠が置いてありますね。ノエルへと書かれたメモを開くと、気に入って貰えると嬉しいとだけ書かれていました。中身については何にも書かれていませんよコレ。爆発するとかいうサプライズとかはないと思いますけど、一言だけのメモってどうなんですか叔父様。
…ええいままよ!と一思いにあけてみると、緑色の何かと目が合いました。ぱちくりと瞬きする黒い瞳はビーズのようにつぶらです。毬藻とメンダコを掛け合わせたかのような珍妙なフォルムのそれは、耳のような部分をピコピコさせて私を見上げています。
私は思わず額に手をやり天井を仰いでしまいました。そこに居たのは、昨日お店で見ていたダスタースライム以外の何者でもなかったのですから。
叔父様!!!!私、無責任にペットなんて飼えないって言いませんでしたっけ!?何で此処にこの子が居るんですか?!あれですか、返品不可能にさせるために町を出てしばらくしてから気付くようにしたんですか、そうなんですね!?
いまさら町に戻って突っ返すことも、如何にモンスターだから大丈夫かもしれないとはいえ、こんな可愛い子を野に放つという選択もできない私はウンウン唸るはめになりました。
そんな私の心情を知ってか知らずか、この可愛い生き物は葛籠から飛び出してきて、甘えるように私に頬ずりしてきます。
「ぴるるるん♪」
まるで、猫が喉を鳴らすかのように小さな鳴き声らしき音を発するそれに、もうね、私、陥落しちゃいました。何これ可愛い、超癒される。超天使なんですけど。
もういいや、この子飼う。何が何でも絶対飼う。
「セドリック、叔父様からこの子を貰いました!」
思わず窓を開けてセドリックに宣言します。手綱を握ったままセドリックちらりとこちらを見ました。
「ダスタースライムでしたか」
「はい!名前はルンバにすることにしました!セドリックも仲良くしてあげてくださいね!」
ふふん、こう言ってしまえば飼うことに反対なんてされないでしょう。そう思って笑顔で言った訳ですが、セドリックはなにやら微笑ましいものでも見るような目を向けてきました。
「承知いたしました。もっとも、ダスタースライムは主を認めていれば有益な従魔になりえますので大歓迎です。子爵様も良いものを御贈り下さいましたね」
「有益、ですか」
「ダスタースライムはたまに魔石でマナの補給を行えば、後は塵や埃や湿気などからもマナを摂取してくれますから、使用人の私めとしましては、とても優秀な隣人だという認識ですね。」
…あ、そうだった。この子、超エコで忙しい主婦に人気が高い癒しのお掃除ペットだった。しかも、たまに魔石を与えるだけでいいとか、餌代も安くて超低燃費。ていねんぴ♪ていねんぴ♪ていねんぴっぴっぴ~♪…はっ…、つい現実逃避で前世の懐かしいコマーシャルが頭に…。あのコマーシャル面白かったなぁ…。
ルンバたんは、私が遠い目をしている間に、さっそく馬車内のお掃除に取り掛かっていました。
静かだし、見た目も動きも可愛いし、何も言わなくてもお掃除してくれるし、おまけに低燃費…何この子、超優秀。前世の世界に居たら一大ブームを引き起こしていたかもしれない…。あ、そうなると乱獲とかも起こる可能性があった訳か。かわいそうだし居なくてよかったかも。結果オーライ。
そんなことを考えながら、私はルンバたんの観察をしていました。
右に左にせっせこ働くルンバたん。可愛すぎて思わず抱きしめると程よい弾力と肌触りで最高です。モフモフの魔力には抗うことは出来ません。
暫くモニモニいじっていると、なんだか眠気が襲ってきて、思わずぽてっと座席に横になりました。
むむ、ルンバたんもしや、催眠魔法のスリ○ルとかラ○ホーとか使いましたか。なかなかやりますね…。
「ぴ?」
ルンバたんは私がウトウトし始めたことに気がついたのか、しばしこちらをじっと見ていました。それから何を思ったのか、徐に私の頭を耳のような部分をぐいーっと伸ばして持ち上げ、するんと頭の下に体を滑り込ませてきます。
…適度な反発具合と心地よい肌触りは、まるで高級な低反発枕のようで。次いで聞こえてきた、ぴるる…ぴるるる…という小さな寝息のような音を子守唄にして、私はしばし眠りを貪る事になったのでした。
ううむ、ごくらくごくらく…むにゃむにゃ。
今回名前の出てきた生き物たちについては、生き物図鑑のほうで詳しい設定などを紹介しています。
よかったら覗いてみてください。
※仮眠とってたら更新時間になってて挿絵載せそびれてました!!!0:35挿絵挿入しました!!!
生き物図鑑のほうも、ダスタースライム、ウォークキャロット、カウタンク、オックスタンク、クレセントホーンブーバルズを本日載せましたが、2:00頃までにイラストを挿入完了させますすみません!!!