閑話-子爵様の憂い事②
ケイオス叔父様目線のお話です。
あ、叔父様は現在36歳です。15歳と12歳の息子が居ます。
そのうち、キャラクター紹介とかも書いてみたいですね。
ただ、私、獣やモンスターはともかく、人間を描くのはあまり得意ではなくて、チビキャラになってしまうんですよね(汗)
特にイケメンさんを描けるようになりたいのですが、どなたかコツを教えていただけないでしょうか。結構切実な悩みだったりします(笑)
妻と次男が婚約者との顔合わせに出かけたその日、私は姪の到着を待ちながら執務室で書類仕事に追われていた。妻と息子は、仕方ないですねと笑っていてくれたが、我が家令は容赦なかった。
私が顔合わせについていかないと言うと、ならば仕事が滞らずにはかどりますねと笑顔でサムズアップしてきて正直怖かった。怒った時のあいつの笑顔は目が笑っていなくて怖いから、冷や汗が出そうになるしやめて欲しい。そして、問答無用で仕事を前倒しにして持ってくるのも勘弁して貰いたいところだ。
そんな家令から姪が到着したとの報告が入ったのはそろそろ日が暮れ始めるという時。私は急いで出迎える為に席を立とうとしたのだが、笑顔の家令に引き止められてしまった。
「御館様。失礼ですが、いつもより処理に時間が掛かっているご様子。姪御様がいらして嬉しいのは分かりますが、仕事はきちんとこなしていただかねば困ります故。」
…ちっ。普段頑張っているのだからこれくらい見逃してくれても…いや、だから、その怖い笑みで私を見るな。わかったわかった、やればいいんだろう、やれば!!!
結局私は、書類の処理が終わるまで、ノエルに会いに行かせてもらえなかったのだった。
待たせるのも忍びないのでいつもよりペースをあげて処理して居たのだが、かなり疲れた。あまり無理するものではないな。
途中、後ろで見張っていた家令が、これくらいの速度で処理できるのであればもう少し増やしても問題はなさそうですね、と不穏なことを呟いていたので冷や汗をかいた。問題大有りだろう、過労死するぞ。
一通りの書類処理を終えたところで、漸く家令からも許しがでたので、ノエルを案内したという応接室に急ぐ。
どれくらい大きくなったのかとか、姉の面影はあるかとか、長い間会っていなかったがまだ懐いてくれているだろうかとか。そんなことを考えながら、私は応接室のドアをノックし中に入った。
夕日を眺めていたのだろう。彼女は窓辺に一人佇んでいた。
待たせて悪かったね、と開きかけた口は、一瞬そのまま固まってしまった。
振り返った彼女の顔は、まるで姉を生き写したかのようにそっくりで。黄金色の夕日に照らし出されたその頬には、一筋の線がきらりと輝いていた。
彼女は、泣いていたらしい。
「…失礼だが、もしかして泣いていたのかな?」
「…っ、いえ、夕焼けが目に染みてしまったのです。ここから見える景色が、あまりにも素敵なので、見とれてしまって。」
思わず私が訊ねると、ノエルはそっと頬を拭ってニコッと微笑みを浮かべて見せる。その様子はなんとも痛ましく私には感じられた。
もしかしたら、本当は結婚が嫌なのを隠しているのではないだろうか…。悩みを抱えて苦しい思いをしているのではと、理由を訊ねたくなる。
だが、どうやら我が姪は、泣いていたことを悟られたくないらしかった。その微笑みが、深く理由を追求するなと訴えてきているようで先ほど思わず不躾に訊ねてしまったことを少し後悔する。ここは流してあげるのが一番だろう。
「そうかい?それならいいのだが…それにしても、随分レディになったものだね。見違えたよノエル。」
本当に大きくなったものだと思いながら微笑みかけると、ノエルは私を見上げ、一瞬きょとんと固まっていた。
その表情は亡き姉にそっくりで、懐かしさが湧き上がる。昔、私が幼かった頃、初めて姉に手品を見せた時にこんな顔をしていたな、と。
「そうでしょうか?ケイオス叔父様は昔と変わらず…いえ、違いますね。私が幼い頃よりも落ち着いた大人の余裕が増して素敵になっていらしゃったので、思わず見惚れていまいましたよ?」
「言うようになったね。あの頃はこんなに小さくて、高いところからベッドに飛び降りるようなお転婆姫だったというのに。」
嬉しいことを言ってくれる姪だ。確かに八年前はまだ二十八のやんちゃな若造だったという自覚があるだけに、ちょっぴりくすぐったいものがある。
本当はからかうつもりはなかったのだが、照れ隠しに昔のことをからかうと、ノエルはバツが悪そうに目をそらして拗ねていた。
一応謝りはしたのだが、あまりの可愛さに思わずクスクスと笑いが漏れてしまい、ノエルは幼い頃と同じように眉をハの字にしていた。
私はこの先きっと事あるごとに、可愛い姪をこのネタでからかってしまう事になるんだろうな。
「さて、からかうのはこれくらいで良しとして。レディになった姪を食堂までエスコートしてもよろしいかな?積る話は食事のときにでもするとしよう」
からかうのを止めにして、食堂まで手をつないでエスコートし、椅子を引いて座るように促す。
だが、何故かノエルは困ったような顔をして、手を握る力も少し強くした。なにか不都合でもあっただろうか。
「あの、叔父様…」
「なんだいノエル?」
「その…折角久しぶりにお会いしましたし、出来れば叔父様の近くで御話をしながら食事を摂りたいのですが、いけませんか?」
首を傾げていると、ノエルはそんな事を言った。最後の頃は尻すぼみになって少し震え、俯いてしまっていた。
もしかすると、寂しかったのだろうか。それとも、やはり結婚することに不安があって、心細い思いをしていたのかもしれない。
父親には心配を掛けられず、本来そういうことを相談するべき母親も他界している。おまけに、縁談を持ってくるような継母には相談を持ちかけることすら無意味である。そう考えると、彼女はずっと一人で色々な気持ちを抱え込んできてしまったのではないだろうか。
「ノエル…。いや、うん、そうだな。私たちは家族だ。今日は妻も子供も王都に出掛けていて留守にしていることだし、堅苦しいことは無しにしようじゃないか。…ナンシーそういうことだから、彼女の料理は私の隣に運ぶように」
「畏まりました」
私がそう言うと、怒らないの?とでも言いたげな瞳が私を見上げてきたため、思わず微苦笑をもらしてしまう。怒れるわけがないじゃないか。
私は、自分で言うのもあれだが、姉に似た容姿をしている。もしかしたらその事もあって、母親の面影のある私に無意識にすがってきたのかもしれない。
そんな子を、どうして一人になんて出来るだろうか。どうしてはしたないと怒れるだろうか。
「さあ、食事にしようか」
その一言を皮切りに、食事が運ばれ始める。色々な話をしながら、会ってなかった期間の情報のすり合わせをしていった。
大分暈かしてはいたが、やはり凡そは私の考えた通りだった様だ。彼女はプレゼントも受け取っていなかったようだし、私が会いたがっていたことも知らなかったらしい。許すまじ夫人。
そんな夫人が持ってきた縁談が、不安にならない要素がなかった。正直、実の娘にこの縁談が来ていたとしたら、私だったら蹴るだろうとさえ思える。そもそも持ってこさせない。
「それにしても、ノエルが結婚することになるとはね」
「私ももう十六歳ですから、可笑しなことではないですよ?」
「それはそうなんだが、まさか社交界デビューもしない内にとは思っていなくてね。驚いたんだ。」
「それはそれ、これはこれですよ叔父様。何はともあれ私は、行き遅れて必死になるよりは良かったんじゃないかと思っていますから、大丈夫ですよ?」
「そうなのかもしれないが…」
だというのに、健気なノエルは波風立たないようにとでも思っているのか、それを受け入れているのだ。心配にもなるというものだ。
「…決まったことは仕方ないとは言え、ノエルは不安などは無いのか?行った事も無い慣れない土地で、見たことも無い相手と生活することになるわけだが…」
本当に偽りなく言っているのかと、その瞳を覗き込むと、彼女は笑ってこう言った。
「不安が無いといえば嘘になります。ですが、それはどんな相手の元に嫁ぐとしても変わらない類の不安です。嫌われたら?価値観が違いすぎたら?伴侶として愛することが出来るのか?そんなことは、相手に会って相手の本質を知らなければ、解けることの無い問題ですから。だから、大丈夫ですよ。」
「…そうか」
確かに、彼女の言うとおりだ。会って、互いに知り合っていかなければ、どんな相手だろうとその本質は理解できない。知らなければ、何処に嫁いでも幸せになれるかなんて誰にも判断が付かないものだったのだ。
噂に尾ひれは付き物で、冷酷だとか残虐だとかという噂だけで私たちは敬遠してしまいがちだ。
だが、ノエルは違った。どこに行っても同じなら、自分の目で見たものを信じ、最終的に自分が幸せなのかで判断するといった考えが、その瞳から伝わってくるようだった。
「ノエル」
「なんでしょう?」
「日程には余裕があるのだろう?明日は私と出掛けないか?街を案内しよう」
なら、私に出来ることはただひとつ。この子の気持ちを解して、楽しい思い出を作らせてあげることだけだ。そう思って誘うと、
「はい!喜んで!」
と、ノエルは花咲くように嬉しそうな笑みを浮かべて頷いたのだった。
翌朝、私は早朝からノエルを連れてバザールなどを案内した。バザールは朝から活気に溢れていて、新鮮な野菜や果実などの競りも行われている。あちこちから、このピピベルの実を買ってくれたら、こっちのリンゴをおまけにつけるよ!やら、十個買ってくれたら20ゼタ値引きしてあげるよ!など、元気な呼び込みの声が響いていた。
ノエルは屋敷から出るような機会がなかったからか、あっちを見たりこっちを見たり。正直、迷子になるんじゃないかと気が気でなかったが、とても楽しげに目を輝かせていて、こちらまで楽しい気分にさせてくれた。
ノエルが興味を引かれるものは、凡そ貴族の娘らしくない大きな肩掛け鞄だったり、食べ物だったり、ドワーフのナイフだったりした。変わったものだと、遠い果ての島国から伝わったとされる調味料か。あれを見つけたときのノエルの目の輝きには、目を見張るものがあった。
そんなに欲しいのならと、今までの誕生日の贈り物のつもりで色々と購入していく。初めは遠慮がちだったノエルも、戦利品(主に食べ物)にホクホクとした表情を隠さなくなっていた。
もっとも、普通の貴族の令嬢たちに贈り物をするよりも、金が掛かっていないのは言うまでもない。普通なら、こんな市民の食べ物なんて喜ぶ貴族のほうが珍しいから当たり前である。
私?私はこういう屋台などで買い食いするのは昔から好きだから、正直、姪と気が合うことが嬉しくて仕方がない。どれを食べても美味しそうに顔を綻ばせるノエルはとても可愛くて、だからついついノエルにお菓子や食べ物なんかを買い与えてしまうのだが、それも見逃して欲しいところだ。
誰にって?そりゃあ、我が家令とセドリックに決まっているじゃないか。二人とも優秀なんだが煩いし怖いからな…。
因みに今は、愛玩用の動物や魔獣・魔物を扱う店の前で、かれこれ一時間ほど時間を使っている。別に店主に売り込まれたりという事はないのだが、ノエルがすっかり生き物たちの虜になってしまっているのだ。
目じりを下げて頬を緩める彼女は可愛いので、こちらとしても見ていて飽きない。もともと、彼女の気分転換のつもりで連れてきたので、ノエルが楽しんでいるならそれでいい。
そのうちの一匹をとても気に入っている様子だったので買うか訊ねると、無責任に生き物を飼えないからいいという返事が返ってきた。そんなに心配しなくてもペットの世話など、何も言わずに使用人がしてくれると思うのだが。
それに、あの種族は手間も掛からないし大丈夫だろうに。
だいぶ後ろ髪引かれているようだったので、一度屋敷に戻ってから後で改めて購入しに来ようと思う。セドリックに、馬車に乗ってからノエルに渡すように指示おけばいいだろうし。
喜んでくれたらいいのだが。