閑話-子爵様の憂い事①
今週もよろしくお願いします。
今回の閑話はケイオス叔父様目線です。漸くクロノアールのお相手の話がちょろっと出てきます。が、過去話的にヒトがお陀仏してたりしますのでご注意ください。
我が義兄である伯爵からの手紙を受け取ったとき、私は目を疑ってしまった。
その手紙には、姪のクロノアールが結婚することになった旨が書かれていた。
文官の義兄らしく、文字は何時も通りの落ち着いたものだったが、その裏側に少々恨みがましい気持ちが見え隠れしている文面であることは気のせいではないだろう。
「ノエルが、嫁に?」
私の脳裏に浮かぶのは、亡き姉がただ一人授かった忘れ形見。幼い頃には伯爵家に用がある度に遊んであげていた、良く笑い良く遊ぶ、お転婆娘の姿だ。
いつの間にそんなに大きくなってしまったのだろうかと、自分の息子たちも同じような年頃なのも忘れて思ってしまう。他所の家の子供の成長は驚くほど早いと言うが、想像以上に衝撃は強い。
あれほど小さかった子が、もう結婚するような年頃になっていたという感慨深さと共に、私は時が経つ早さを思い知らされた気分だった。
もう一度、手紙に目を滑らせる。
姪の結婚相手はノクターン辺境伯の現当主。年の頃は二十四、先の戦で名を上げた終戦の立役者だ。その功績を国王直々に認められたことで若くして辺境伯の地位を継いだという経緯を持つ。
爵位や家柄も申し分なく、歳の差も八つほど。これだけを見れば、良縁が来たといえるだろう。
だが、私には少々腑に落ちなさを感じていた。それは何故か。
まず、我が姪に結婚話が来ることが考えにくいのだ。
確かに彼女は、年齢だけを見れば十分に結婚適齢期である十六のうら若き娘だ。だが、なにぶん箱入りなところがあり、彼女はまだ社交界デビューすらしていない。
社交界に参加しているのならば、参加するうちに是非縁談をとなることもあるだろうが、彼女はまだ、その舞台の上にさえ上がっていないのだ。何もしないうちから出逢いや縁談が舞い込んでくるはずもない。
そして、我が義兄は絶賛親馬鹿疑惑浮上中なので、こんなに早く縁談を持ってくる理由がない。
そもそもが要約すると『なんか知らないうちに、目に入れても痛くないほど可愛いうちのノエルちゃんが嫁いで行く事になっちゃってるんだけど、どういうこと?相手はモゲろコノヤロー』的な手紙を書いている時点で、彼が持ってきた話ではないのは一目瞭然だ。
と、なると、疑わしきは義兄の後妻である夫人だろう。
私は元々、夫人に関しては良い印象は持っていない。姉の後釜ということは差し置いても、その言動などが不自然なところも多かったからだ。
例えば、私は副官として領主館に赴くこともあるのだが、その時に姪の顔でも見ようと思うわけだが、どうも会わせてもらえない。
理由を訊ねれば、まだ幼い頃だと、今は庭園の何処で遊んでいるか分からないから、風邪を移すといけないから。年頃になってくると今は湯浴みをしているからと言ってくる。
私が、では其れまで待とうと言えば、女の湯浴みは長いだとか、如何に既婚者の叔父上であっても、年頃の娘の湯上りを見せるわけにはいかないと言われてしまうのだ。
結局、私が最後にノエルの姿を見たのは、彼女が八つの誕生日の時だったか。それからも毎年誕生日の贈り物はしていたのだが、夫人の様子を見ると、届いているようには思えなかった。
だから私は、ノエルが夫人から良い扱いを受けていないのではないかと疑っている。今回の結婚の話についても、夫人が独断で決めたものに違いない。
凡その理由については、ノエルの厄介払いと嫌がらせを兼ねているのではと見当が付く。そうでなければ、彼女に縁談を持ってくることはなかったのではないだろうか。
夫人には連れ子が二人居る。ノエルよりも二つ三つ年上の娘たちだが、彼女たちはまだ結婚が決まっていない。ともすれば、ノエルよりも先に、自分の娘に縁談を持ってくるのが普通だろう。
何故なら彼女たちは適齢期になったばかりのノエルと違い、そろそろ行き遅れと後ろ指を指されかねない年齢になってきているのだから。
だが、夫人はそうしなかった。条件だけ見れば、釣り合いの取れたかなりの優良物件であろう縁談だというのに、だ。それには様々な事情が重なっていると思ってもいいだろう。
そもそもの話。何故その『優良物件』であるはずのノクターン家現当主が、二十四にもなって尚、婚約者も居らずに残っていたのか。そこが今回の疑念の鍵となるだろう。
ノクターン辺境伯、彼は若くして五年にも及んだ帝国との戦争を、終戦に持ち込んだ立役者だ。それだけ聞けば華々しい経歴であることは間違いないだろう。
だが、終戦に持ち込んだと言えば聞こえはいいが、実際は力技で『戦いを続行不能』にしたといったほうが正しい。それも、単騎で短期に。
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ガウスト帝国。大陸の凡そ半分を占める巨大な軍事国家である。
彼の国と戦争に発展することになったのは、時の皇帝ジークレインが言ったからだ。大陸をひとつに纏め上げると。
唯一帝国以北に居を構える我が国は資源に溢れており、他の小諸国と比べると領土も広いため、真っ先に狙われた訳だ。南の小諸国程度はどうとでもなるが、南に攻めているうちに北から攻められては敵わないと思ったのかもしれない。
戦争が始まると、魔の森を背負っていた辺境領ファーガスが先ず落ちた。戦争が始まる一年前に、大規模なスタンピードが発生し、まだ完全に復興していなかったことが影響していたのだろう。
だが、ガウスト帝国の進軍はその後、悶着することになった。
ファーガスが落ちたことによって、国境がノクターン領のパラミシア山脈となり、険しい山脈を越えて奇襲を掛けることがまず難しく、平原を進軍してくると砦で迎撃することが出来るからだ。
海路を通って来ようにも、我がアシュタット王国の南の海域は、少し沖に出てしまえばそこは海竜たちの縄張り。近海で漁をするだけならともかく、大軍を引いて進軍してくるとなるとあっという間に気づかれて帆船などは海の藻屑となってしまうだろう。
なら空から攻めればどうか、という話になるかもしれないが、それもまた難しい。まず、騎乗できる飛行生物の確保とその調教が難しく、数を揃える事から厳しいだろう。
我が国にもワイバーン部隊やペガサス隊、数騎のグリフォン騎手と飛竜騎手は抱えているものの、使いどころが難しいのが現状だ。
調教すれば比較的どの人間でも乗れるようになる馬と違い、飛行生物は御しがたく人を選ぶ。万が一があって騎手が死んでしまえば、駒が生きていても、直ぐに別の誰かが乗りこなして戦いに参加するというのはまず無理だろう。
高度な技術が必要不可欠であり、馬を操れるからといって乗りこなせるものでもないからだ。呼吸が合わずに墜落するのは目も当てられない。
また、駒が死んで騎手が生き残るというパターンはほぼ皆無なので、別の駒に乗り換えることも出来ない。上空で駒が死んでしまえば、共に落下した騎手がどうなるかは、想像に難くないだろう。
つまり、空中戦は数少ない駒の潰し合いが関の山で、騎手の数も早々増えるものでもない為、そうそう使える手段の戦法ではないということである。
そんな理由から、戦争の状況は拮抗したものとなっていた。
だがあの日、拮抗していた戦況は大きく動くことになる。若干十八歳の若者が、死屍累々の屍の山を築き上げたことによって。
若者の名はヴェルガリンド・クライシス・レスト・フォン・ノクターン。戦いの前線になっているノクターン領の、領主の一人息子である。
彼は、膨大な魔力を持ち生まれた存在だった。
量の差はあれど、この世に存在する全てのものにはマナが宿っているとされる。石ころだろうが、虫だろうが、魔物であっても例外はない。勿論人間もだ。
生き物には生まれながらにして、保有できるマナの最大量というものが決まっているという。マナの保有量によっては、体の丈夫さも変わってくるのだそうだ。
そして、マナの量と魔法が使える才能に関係性があるかといえばそうでもない。マナの保有量が少なくても魔法を使える者も居れば、マナを多く保有している者でも、肉体が強化されてはいるが魔法はからっきしというものも少なくないのだという。
マナの保有上限には、どうやら魂の強さや器の質にも関係がありそうだという話しをしている研究者もいるが、この際それは置いておこう。
得意な属性にもよるが、魔術を攻撃手段に出来る魔術師は、戦争でも重宝される。
膨大なマナを持つ彼は、奇しくも魔法としてそれを行使する才があった。それを知った彼の父親は、魔術をきちんと学ばせるために、魔術師団の本部がある王都に彼を送っていたのだそうだ。
そしてあの日。魔術師団に入団していた彼は、他の魔術師たちと共に前線に現れたのだ。
ガウスト帝国側が、近日魔術師を戦場に増強すると言う報告があがった。その対策として、王都に残っていた魔術師を動員することを国王が決定したため、彼らは前線にやってきた。
王都に残っていた魔術師がきても、相手も魔術師を増やすのだから、戦況はどの道拮抗したままかと思われていたし、はじめはその通りになっていた。だが、彼のたった一言でそれは覆されることとなった。
「司令塔は、あの辺りか」
隣に居た魔術師から聞いた話ではあるが、彼は魂が竦み上がりそうな温度の低い声で、唯一言呟いたのだそうだ。彼が双眼鏡を下ろした直後、自軍が戦って居る前線よりも遠くでその光景は起こった。
阿鼻叫喚。否、誰も叫ぶことすら出来なかった。
大地から無数に伸びた錐状の柱。遠目に見れば錆びた針山にも見えるそれに、数え切れないほどの帝国軍の兵士たちが突き刺され、絶命していた。そこには現場で指示していた者も含まれている。
誰もがその状況を理解することが出来なかった。生き残った帝国軍も、前線で戦っていた兵士たちも、誰もがその光景に絶句し、戦場中が静まり返る。そして、目の前の虐殺を理解したとき、戦場は大混乱を招いたのである。
彼が動いたのは唯一度、しかも無詠唱。だが、その一度がもたらしたものは大きかった。両軍共に戦意を喪失し、我先にと逃げ出す始末。王都で報告を受けた王までも彼を恐れ、表面上は功績をたたえてはいたものの、王都に居られるのも恐ろしいのか、彼の父親に隠居して彼を辺境伯として襲爵させるように促していた。結果として、彼が辺境伯として守りを固めているうちは、帝国も不用意に攻めることが出来ないという状況に落ち着いたのだそうだ。
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誰が言ったか知らないが、そんな経緯を持つ彼は、『人の魔王』として、色々と恐れられている。
それが原因で今まで縁談が纏まった事がないのは、貴族ならば殆どの者が知っている事実だ。世の気の弱い貴族の子女たちは、そんな恐ろしげな男と結婚しなければならないと聞けば、皆一様に気を遠くしたり泣き暮らすのだから。
話を戻そう。それで?どうして我が姪がそんな男と結婚することになっているのか、だったな。
結論から言おう。この縁談は、夫人からの嫌がらせで間違いないはずだ。ノクターン家に恩を売りつつ、厄介払いと嫌がらせも出来ると考えたのだろう。そうでなければこのまま社交界に出さず、飼い殺しにすることも出来たはずだからな。
だが、このままノエルが家に残れば、彼女に婿をとり伯爵家を継がせる事になる。そうなったとき、自分や娘の立場が悪くなるのは目に見えているため、先に嫁がせるという手段に至ったというのが有力説か。ノエルが居なければ、娘に婿をとらせて伯爵家を継がせる事も出来るのだから。
ああ、考えれば考えるほど憎らしい。憎らしいが、顔合わせの日程すら決まっている。…そこで縁談が破談になるかも分からないし、一度落ち着こう。
もう一度、手紙を確認する。一週間後ぐらいにこの町にノエルが立ち寄る予定とのことだ。義兄は仕事があるので、最低限結婚式に間に合うように後から追い掛けるのだそうだ。…高額のワイバーン便で。
…ふむ、一週間後か…妻と一緒に次男と婚約者の顔合わせに行く予定だったが、まあ、妻だけでも大丈夫だろう。久しぶりに会うのだから、歓迎してやないといけないな。
②に続きます~。更新まで少々お待ちください。多分土曜日くらいになると思います。
本日も読んでくださりありがとうございます!
※誤字を見つけたので修正しました(7/6 22時)