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4.


警備員という生き物は個人単位で最強の戦闘力を持っていると私は思う。

もっとも、警備員の装備が整っていて、尚且つ素手の人が対策次第で装備を持った人に勝ってしまうような事態は起きない、という前提でだが。

警備員という生き物は警備の為の体術と知識を寸分の隙も無く身に着けており、それを振るう事を躊躇しない、そういう意味では攻撃的な人種だ。

だが、攻撃的ではあるが立場上常に防御側である。そして戦闘というものは多くの場合防御側が有利だ。

攻撃側が勝つには防御側を倒した上で自分が生き残らないといけないが、防御側は相手を倒さずとも自分が生き残れば多くの場合勝ちである。そして何より防御側は降りかかる火の粉を払うという大義名分の下、いかなる手段をも使えるからだ。

「たとえ過剰防衛だろうとも、守れればそれで良い」そう言うノゾミのような金を余らせた過激思考の人の下で働く警備員は、それこそ過剰なまでの装備を揃えている。

よってノゾミの工場を警備しているタツヤも、この世界においてトップクラスの戦闘力を持つ筈だ。

人と争っている所を見たことは無いが、筋骨隆々とした体躯を持ちながらも生きる事に必死な筈の道端の男性達が争う気さえ起こさないという事は、そういう事なのだろう。


「ん……?」


そんな事をぼーっと考えながらいつも通り通勤していると、遠くに犬が見えた。灰色の毛の、中肉中背の犬だ。

こんな空気の悪い『外』に犬がいることは珍しい。何をしているのだろうか。と見ていると、その犬はこちらに向けて一直線に走りかかってきた。

こういう時、私が取れる行動はそう多くは無い。逃げるか避けるか降伏するか戦って負けるかだ。犬もきっとそれなりに戦闘力は高いだろうし。

どうするか、と悩んでいると、自然とタツヤが私の前に立った。視界が遮られ、何が起こっても私の位置からは見えなくなる。

犬の吠えた声が聞こえたのと、一際大きな踏み切る足音が聞こえたのはどちらが先だったか。わからないが、ゆっくり正面に回ってみると犬はタツヤに抱き抱えられ、腹を見せていた。


「……やるわね。助かったわ」

「どうするかね、こいつ」

「空腹なのかしら」

「お前のファンなんじゃないか?」

「その子の性別は?」

「知らん。何か食いもん持ってるか?」

「弁当ならあるけど死んでもあげない」

「ケチな奴だ」

「灰色の毛の犬が食べたら死ぬ材料が入ってるのよ。それに食べ物を欲しがっているのは犬だけとは限らない気がして」

「それもそうか」


周囲に目を遣りながら言う。

考えすぎなら勿論それでいいが、出来る限り目を付けられる可能性のある行動はするべきではない。

そもそも痩せ細った犬ならまだしも、元気に飛び掛ってきた犬だ。施しを与えずとも生き延びるだろう。

と、私はそう判断したのだが、隣を見ればタツヤは器用に片手と腕で犬を支えながら何やら細長い固形の物を食べさせていた。


「なにそれ」

「ドライソーセージ」

「カロリー高そうね」

「仕事中にこっそり食おうと思ってたんだけどな、仕方ない」

「とんだ不良警備員だこと」

「武器だって言えば通るさ。実際戦えないこともない。買う時もきっと領収書切って経費で落とせるぜ」


そこまではしないけどな、とタツヤは言ったが、それで強くなるなら案外許されそうな気もする。

結局のところ、金にモノを言わせればある程度は強くなれるのだろう。私も金にモノを言わせて装備を整えたりするべきなのだろうか?

そんな事を再びぼーっと考えていると、灰色の犬はタツヤの腕から飛び降りて走り去っていった。

礼のひとつも言えないとは礼儀のなってない犬だ、まったく。


*


「――って事があったから帰りにいろいろ買ってみたのよ」


帰宅して夕食まで済ませた後、テーブルの上に今日の買い物を広げてユメに見せる。所謂防犯グッズ、護身用具の類だ。

今まであまり気にしたことはなかったが、この煙くて暗い世界はそれなりに工業は発展しているらしく、一風変わった面白そうな物が結構あった。

もちろんごく普通の護身用具もタツヤに見繕ってもらって買っておいたが、そっちはユメに見せても面白くないだろうから今は仕舞っておく。


「どれどれ、えーっと、この防犯ブザーは……『鳴らす事で心の奥から勇気が沸いてくる特殊な音波を使用しています』……本当かなぁ?」

「胡散臭くて面白いわよね」

「ウツミも信じてないんじゃん!」

「でもこれなんかは強そうよ? 『飛び出す手錠銃・ワッパーガン』」

「なんか昔の漫画にありそうな感じがするよ」

「『上手く当てられるようになってから使ってください』だって」

「えっ、誰かに撃って特訓しろってことなの…?」

「私で特訓してみる?」

「や、やだよ、危ないし……ってこれ私のなの?」

「別に、面白そうだから買ってみただけよ」

「あー、衝動買いってやつかぁ」


実際の所、この家の中は何よりも安全だ。セキュリティが高級マンション並にしっかりしてる……という事は無いが、世界の管理者の目すら届かない家の中に誰が入ってこれようというのか。

とはいえ、予想外の自体を想定しておくのは悪い事じゃないはずだ。都合よく売っていた『男性が近寄りにくくなる塩』が都合よく買えたので都合のいい夜の内に家の周囲に撒いておこうと思う。


「……でもねウツミ、こういうのが必要になるくらい外が危ないなら、やっぱり私も心配しちゃうよ」

「……念の為だってば、大丈夫よ」

「……養ってもらってる身だから、強くは言えないけどさ」

「私が働けているのは、ユメがいるからよ。ユメがいろいろしてくれるから」


少なくともその部分に関しては言いっこなしだ。二人で役割を決めた時、一緒にそう決めた。


「それに、外でも上手くやれてるわ、私は」

「タツヤさんとノゾミさんにいつも助けてもらってるんだっけ。今度お礼を言わないとね」

「……ユメが?」


それは……何か嫌だ。

ユメは完全無欠な天使だ。タツヤやノゾミだって惚れかねないほどに完璧な存在だ。

そんな高潔で純真な人間国宝を、無防備に人の目に晒すのは非常に抵抗がある。


「私じゃダメなら、ウツミが自分で言わないとね?」

「う、うーん……」


何度も言うが、私にとってユメ以外の存在なんてどうでもいい。

それに加え、二人の存在は既に日常の中に溶け込んでいる。タツヤのいる道、ノゾミのいる工場、どちらも『ユメのいる世界』より優先は出来ない程度の日常だ。

もっと言ってしまえば彼等は所詮は管理者の掌の上にいる人形だ。そんなものに礼を言ったところで意味があるのか。

答えなんて決まりきっている。

他ならぬユメの言う事が間違っているはずは無い。

誰よりも私を想ってくれているユメは、いつだって私に対して悪い事や間違った事は言わないのだ。


*


「……いつもありがとう、タツヤ」


翌朝、家を出て早々にそんな事を言ってみたが、肝心のタツヤは何故か気分が悪そうで聴こえていないようだった。

……帰ったら塩の場所をもう少し変えよう。そうしよう。



5.


「――ノゾミ、いつもありがとう。助かってるわ」

「は? 何? 変なガスでも吸ったの?」


酷い言われようである。


「……ノゾミが社長なおかげで、私が普通に働けているのは確かだから」

「あぁ、そういう事ね。フフ、礼を言われるような事ではありませんのよ。貴女に私の有り難さ・尊さ・偉大さを知らしめる為だけにやってる事ですからね!」


本当に礼を言うような事じゃなかった。やっぱり金持ちの例に漏れずノゾミという『ひと』も自己顕示欲の塊らしい。

とはいえ結果的に助かってるのは事実だし、先の発言を撤回まではしない。同時にこれ以上感謝する気も無くなったが。


「はい、ウツミさん、今日の給金よ。それとあと、ついでにこれもあげるわ」

「……箱?」

「中身はカスタードシュークリームとエクレアがそれぞれ2つずつよ。帰ってから食べなさいな」

「えっ? いいの……?」


ノゾミは時々、こうして給料とは別に現物支給で食べ物をくれる。

しかも毎回やたら美味いのだ。金持ちらしく美味い食べ物ばかりなのだ。流石の私でも――他人なんてどうでもいいと言っている私でも――タダで貰うのは躊躇するくらいに。

だが、ノゾミはいつもこう言うのだ。


「余らせてるものだし、私はあまり好きじゃないし、賞味期限も近いし、誰かに押し付けないと処分出来ないのよ。今日中に食べなさいよ?」

「……ありがとう」

「フフ、大して価値の無い余り物を庶民に押し付けて感謝されるなんて金持ち冥利に尽きますわ」


金持ちって金の力を振りかざしながら余計な一言を発さないと死ぬ生き物なのだろうか。

ひんやりとした紙の箱を抱えながら、そんな事を思う。


*


「お? なんだその箱」


帰り道、私を待っていたタツヤと合流するや否や開口一番にそう言われた。

まあ当然の疑問かもしれない。が、それなら私の方だって当然の疑問を抱えている。


「シュークリームとエクレア。そっちこそ何食べてるのよ」

「なんかアイスキャンデーの山をお嬢から貰ってな」

「寒くないの?」

「ぶっちゃけ寒い」


黒煙が隙間無く空を覆うこの世界では気温があまり上がらない。

同時に極端に下がりもしないが、太陽の光を感じる事が出来ないせいか、数字よりも寒く感じる事の方が多い。

どうやらそれは、目の前で大量のアイスの詰め込まれた袋を抱えながらシャクシャクと寒そうな音を響かせるタツヤという『ひと』も同じらしい。


「しかしまぁ、タダで貰えたんだからありがたい事には変わりない。以前のお嬢からは考えられないな」

「以前のノゾミ?」


薄々感づいてはいたが、どうやらタツヤの中では私だけではなくノゾミも幼馴染らしい。尋ねた事は無いがノゾミもタツヤの雇い主であることからして同様の認識なのだろう。

ただ、そこに私の妹・ミノリが含まれているのかはわからない。同様に尋ねた事が無い。

管理者となった妹は彼等から見れば上位の存在、創造主だ。複雑な関係かもしれない。尋ねようが無いとまでは言わないが、なかなかタイミングを計りかねているのが現状だ。

まず先にミノリ本人にそのあたりを聞いてみてからにするべきだろう、と思っている。後回しにする程度には興味が無いとも言えるが。


「あー、小さい頃はなぁ、金持ちっぷりを振りかざしてばかりで敵が多くてな」

「今と変わらない気がするけど」

「いやいや、例えば今はおれやお前にはこうして物で気を遣ってくれてるだろ? 表面上の態度は全然変わらないけど、昔と比べるとだいぶ丸くなったんだ、あれでも」

「ふーん……」


そこまで語り終えたところで丁度アイスを食べ終えたらしく、ポケットからマスクを取り出して耳にかけ始める。

その時チラッと見えたアイスの棒には『ハズレ』と書かれていた。


*


「こんな豪華な食べ物……ちゃんとお礼は言った?」

「さすがに言ったわ」

「よかった。私も助かってるし」


やたら豪華なトッピングのかかったシュークリームとエクレアを一つずつ分け合って食べる。ノゾミは今回に限らずいつもほどよく多めに食べ物をくれるので、ユメと分け合うことが出来て私も助かっている。

本人の性格はアレだが彼女が私にもたらしてくれるものは非常にありがたい。タツヤについても同様だ。理想の世界を形作ってくれている一部なのは確かなので、改めて礼を言えて良かった、と思う。相手がどんな存在であろうとも。

やはりユメの言う事はいつも正しい。ユメはいつも私を想ってくれている。


「……ユメも、いつもありがとう」

「ウツミも、いつもありがと。って、私達は結構言ってる気がするけどね」

「一番大事な人なんだから、しょっちゅう言うのも当然じゃない?」

「……うん、そうだね」


一番大事な人なのだから、一番話したいし、一番感謝したいし、一番一緒にいたい。

私とユメについてはそれだけの話なのだろう。


「……ところでウツミ、ちょっと話変わるんだけどね」

「何?」

「……妹さんと会うんだよね? 夢の中で」

「……そうだけど」


私はユメに隠し事はしないようにしている。ユメは私の全てを知っている。

同様に私もユメの事情を知っているが、ユメ自身は私の妹と面識もなければ、夢の中で誰かに会うような事も無いらしい。それ自体はおかしい事ではない。何ら問題は無い。

問題は、今、ユメが言い辛そうにしている事の方だ。そして私自身は待つ以外に打つ手が無い事の方だ。

じっくり脳内で会話をシミュレートしたのだろう、少し間を置いてユメが口を開く。


「……妹さんのこと、どう思ってるの?」

「……どう、って?」

「ウツミ、朝はいつも少しだけ機嫌が悪いから、その……苦手、なのかなー、って。タツヤさんやノゾミさんの話をしてる時はもっと普通なのに……」


流石、私の事をよく見てくれてる子だ。私自身が無自覚なところまで見てくれてる子だ。

だが、その問いに対する答えを私は持っていない。確かにミノリはほどよく相容れない相手であり、彼女の夢は嫌な夢なのも確かなのだが、ミノリそのものが苦手かと言われると違和感を感じてしまい、答えに出来ない。

そして他に的確な言葉が出てくるわけでもなく、答えを持てない。私が持っていなければ誰も持ってないであろう答えなのに、私自身が持っていないのだ。

一度自分自身と向き合って答えを出しておけ、という事なのだろうか、ユメがこのタイミングで言ってくれたという事は。誰よりも私の事をわかってくれているユメが言うという事はそういう事なのだろう。

いや、優しいユメの事だ、妹の事がさっきまでの話の延長上だとするなら、いつか改めてお礼を言うべきだ、と言いたいのかもしれない。

世界に男性を増やしたのもミノリではあるが、タツヤやノゾミを『配置』して私を守っているのもミノリだ。ユメにもそれは話してあるから、話の流れでそう思ったとしてもおかしくはない。

……丁度いい、聞きたい事もあったし、今夜はそこから話を広げていこうか。あまりこういうのは得意ではないのだけれど。


「……ありがとう、ユメ。苦手というわけではないと思うんだけど……ちょっと考えてみるわ。答えは明日の朝でいい?」

「ううん、急かすつもりはないから大丈夫だよ、いつでも」

「そう。ありがとう。ユメは優しいね」

「そうかな、えへへ」


得意ではないが、この笑顔が見れたんだ、頑張るしかないだろう。



6.


「――おやすみなさいましておはようございます、姉さん」

「……こんばんわ、ミノリ。元気?」


いつもの皮肉は抜きで普通に挨拶すると、当のミノリは目を丸くしていた。

普通に挨拶したつもりだったのだが、私の普通は普通じゃなかったのだろうか。


「……こういう事があるから、姉さんの頭の中を覗きたくてしょうがないんですよ」


こういう相手だからいつも夢の内容が決して良いとは言えないものになり、寝起きの機嫌もいつも悪くなるのだ。


「今日はちょっと、聞きたい事があって」

「何ですか? ダイエットには運動が一番ですよ」

「私とミノリ、そしてタツヤとノゾミ、名前のある『ひと』達は、どういう風な設定上の関係でこの世界に生きてるの?」


再びミノリが目を丸くしている。

最も、今回はその理由はわかっている。自分でもらしくないと思う。


「意外です、姉さんがあの人達の事を気にするなんて。私はてっきりどうでもいいと思っているとばかり」

「そうね、実際どうでもいいんだけど――」

「――私の事も含めて」

「……それは……」


流石に本人を目の前にしてどうでもいいとは言い辛い。

それに、今日の本題を忘れたわけではない。私がミノリにどういう意識を持っているのかを突き止める、という本題から考えれば、現状はミノリの事は『どうでもよくない』のだ。

しかし、ユメに指摘されるまで気にしなかったという事実もある。すぐに言葉を返せずに詰まっていると、ミノリは気分を良くしたようで嬉しそうに話し始めた。


「まず最初にもう一度確認しておきますが、姉さんは以前の世界の事は何も覚えていない。そうですね?」

「……そうね。いえ、そうだったと言うほうが正しいかしら。ミノリの事だけは思い出した」

「それは嬉しいですね。思い出してもらえないと超え甲斐がない。まぁ、以前の世界の私と同じ姿形を使ってるので思い出してもらえないとむしろ困るんですけど」


まあ私自身、以前の世界の記憶なんて要らないと思っている。無くてよかったという思いだけが残っている。その程度には以前の世界はつまらなかったのだろう。

そんな中で取り戻してしまった妹の記憶。それがつまらないものではなかった事自体は、私も嬉しい。


「姉さんも外側は同じのようですが、愛着があったんですか?」

「どうかしら……覚えてないわ」

「まぁ内側も変わってない気がしますけどね。他人の事も、私の事も、自分の事さえもどうでもいい。なるようになるとしか考えられない人。興味が薄い人。なのに……」

「……?」


今まで嬉しそうに語っていたミノリの瞳に、何が別の色が映った気がした。

だが、ミノリはその色を自分で消し、今度はつまらなそうに私を見ながら問いかける。


「……なのに、どういう風の吹き回しですか?」

「……別に、タツヤやノゾミはよく私に話しかけてくるから話を合わせる為に知っておこうと思っただけよ。彼等もミノリが作ったのだからミノリに聞くのが確実だし」

「……ふむ。姉さんには私が彼等を警備員と社長として『配置』した、って話をしたんでしたっけ?」

「そうよ。それがどうしたの?」

「いえ、ただの確認です。ええと、そうですね、彼等と私達姉妹は幼馴染って設定ですよ。主に私を除いた三人でよく遊んでました」

「なんでそんな設定にしたの、自分だけ仲間外れなんて……」

「……私は姉さんを超えるために勉強してました、という事です。すなわち彼等から見れば私はなるべくして管理者になった存在。つまり彼等は私に逆らえないんです」


なるほど、ミノリの思いを知った上でミノリを除け者にして遊んでいた彼等は、ミノリに対する罪悪感からかあるいは尊敬の念からかで管理者として在る事を認めざるを得ない、と。

そんな回りくどい設定にしなくても管理者として一方的に支配すればいいのではないか、と思わないこともないが、創造主であるミノリも実は彼等から認めて欲しかったりするんだろうか。

あるいは私の為だろうか? 私がうっかり彼等に妹の話を振ってしまっても矛盾が起きないように、と。

案外幼いところも優しいところもあるのかもしれない。興味の薄い私とは違って、私の妹は――


「――ふふ、でも今となってはもっと都合よく頭の中を弄っておくべきだったと思わない事もないですが」

「………」

「姉さんはどうか知りませんけど、私の立場で考えてくださいよ。私の意志一つで消す事もやり直す事も出来る存在の事なんて、気にかける必要すらないと思いませんか?」


言葉こそ発せなかったが、別に妹に失望したわけでもなく、ショックを受けたわけでもない。微笑ましい気持ちこそ吹き飛んだものの、マイナスの感情は抱いていない。

ただ、ああ、そうなのか、と、そんな気持ちがあっただけだった。


「あー、一応本人達には伝えないでくださいね。オフレコってやつです。あと姉さんは彼等とは違いますからね、どうでもいいとは思ってませんよ、ふふっ」

「……そう」

「……それだけですか?」


それだけだったのだ。

そして、そんな自分に違和感など抱くはずもなかった。


「……私も彼等をどうでもいいと思っているのは確かだから。ただ、それでもそこまで冷たく見下しは出来ないけれど。それでもあなたを否定する気もない」


立場が違えば考え方も異なるだろう。

私が彼等をどうでもいいと思っているのはユメがいるからだ。それでも彼等を冷たく見下しきれないのは、近くで彼等の人間性を見ているからだ。

そのどちらにも当て嵌まらないノゾミなら、私の予想と違う考え方をする可能性は充分にある。私には予想もつかなかった管理者という立場にいるノゾミなら。

そうやって筋道立てて考えてみれば、その考え方を否定など到底出来ない。仮に彼等が命ある人間であったならば、正義感の強い人なら『嫌いな考え方』として否定も出来ただろうけど。


「……はぁ。姉さんはやっぱりそういう人なんですね。すいません、嘘です。頭の中を云々は言い過ぎました」

「……どういう事?」

「彼等に興味を持った今の姉さんならこう言えば怒ってくれるかもと思って、目一杯ワルぶったんですよ。姉さんを超える為に」

「……私が怒る事と私達の勝ち負けに何の関係があるの?」

「敵意を燃やしてくれれば、勝敗はその背に重く圧し掛かってきます」


なるほど確かに、敵を打ち倒せば嬉しく、敵に負ければ悔しい。つまりより確実に勝敗が実感出来る、という事か。

しかし、残念ながら私はミノリの敵にはなれなかった。ミノリからは私が彼等に興味を持ったように見えたのだろうが、あくまで冷たくなれないだけで、興味を持ったと言えるほど興味は持っていない。


「でも姉さんは乗ってこなかった。姉さんにとって彼等は冷たくもなれないくらいどうでもいい存在、という事だったんですね」

「……今から敵意を燃やそうか?」

「お情けで敵になられても意味がありません」

「それはそうよね……」


改めて思うが、私自身はミノリの事をどう思っていると言えばいいのだろうか。

情けをかけたい程度には同じ人間として仲間意識を持っているようなのだが、会話は楽しくない為、夢そのものが嫌な夢となり目覚めは非常に悪い。

もっとも、ミノリの方からも敵になって欲しいと思われる程度には好かれていないのだし、会話が楽しくなる筈が無いのだが。

……好かれていない相手なら、いっそ嫌い合った方が健全なのだろうか? そもそもユメとの二人きりの世界を壊した張本人なのだ、嫌うのが自然なのでは?

そう考えもするが、嫌いとも言い切れなかった。会話が楽しくない、ほどよく相容れない相手ではあるが、世界を壊した相手ではあるが、嫌いではないのだ。

家族だから嫌えないのかもしれないし、私が嫌いという感情の抱き方を知らないのかもしれない。どちらが正解かはわからないが、それこそどうでもいい事の様に思えた。

確かなのは、ユメには悪いが答えは『嫌いではないけど、それ以上はわからない』になる、という事だ。……こんな答えで、ユメは許してくれるだろうか?


「……何を考えているんですか? 姉さん」


純粋に興味を持った顔で問われ少し悩んだが、口にしてみた。


「……私はあなたの事をどう思っているのかしら、って」


口にした後で、この言い方は拙かったか、ユメのようにじっくりシミュレートするべきだったか、と思ったが、当のミノリは呆れたような疲れたような表情をしていた。


「そんなの『他の人と同じ』に決まってるじゃないですか。姉さんは誰に対しても接し方を変えない。誰の事も特別には思わない。誰よりも公平で、故に誰にも近く、でも誰よりも遠い人です」


そうだっただろうか。

いや、違う。今の私はユメを特別に思っているし、ユメが近くに居てくれる。少なくともユメに対する接し方は他とは違うはずだ。

つまりミノリが言っているのは、


「……以前の世界の私の事?」

「そうです。あぁ、姉さんは忘れているんでしたっけ。でも今も変わってないですよ、以前の姉さんと」


この認識の違いは、単にユメの存在をミノリが認識出来ていないからだろう、私の家の中の光景を。

そして、私はそれを告げるつもりはない。


「ずっと近くで見てきた私だから言えます。姉さんは自分の限界を知るのが早かったんです。努力で伸びる私とは対照的に、姉さんは何をしても伸びなかった。最初から出来が悪い訳ではないのですが、成長しなかった」

「………」

「私だけではなくいろんな人に成長で負け、幼い内から姉さんは悟りました。諦めました。ただ、それで拗ねたり世を憎んだりもしませんでした。原因が自分にあり、どうしようもないものだとわかっていたから」


覚えてこそいないが、そう言われて納得は出来る。今の私が同じ境遇になってもそうするだろうから。


「そうして全てに対して公平で無関心な姉さんが出来上がりました。まぁ、その後もいろいろあって私達がこちらの世界にいるわけですが……」

「別にそこは言わなくていいわ」

「ですよね」


こうして自分の成り立ちを聞いてもなお、以前の世界に関心は持てなかった。むしろ以前よりどうでもよくなったとさえ思える。特に私達がこの世界を選んだ経緯など、今の私には絶対に必要のないものだ。

この世界を理想の世界とし、ここで生きるつもりの私にとっては、絶対に。


「……話が逸れましたけど、要するに姉さんはそういう風に生まれた公平な人なので、私の事もどうでもいいと思ってると思いますよ、私は」


その言葉を皮切りに、世界がぼやけ始める。夢の終わり。この話はこれでおしまい、という事か。

でも、思う。この世界の他の『ひと』達とミノリは違う。違うのに、公平に、同列に見てもいいものなのか。

そうだ、きっとユメの問いかけもそういう事だったんだ。

ユメ以外の世界の全てを公平に見る私という生き物と、この世界において特異な存在であるミノリという生き物は、相反する。わからないままではきっと良くないのだろう。私の事を良く知るユメが言うのだから、私にとって良くないのだ。そういう事なんだ。

決めなくてはいけない。そう思った丁度その時、ミノリが続きの言葉を紡いだ。


「ですが姉さん、私は姉さんが公平すぎるのは欠点だと思っています。姉さんはきっと大事なものを見落としている」

「………」

「私は公平には見ません。彼等に対して冷たくもなれます。頭の中のくだりは言いすぎでしたが、彼等が邪魔だと感じたならば躊躇わず消します」

「そう」

「姉さんが公平に見る彼等を、邪魔な男から順に不公平に消し去ってやります。姉さんも気に入らない男がいたら言ってくださいね、すぐに処理しますから」

「基準があるならある意味公平なんじゃないかしら」

「当人にしかわからない基準なんて外から見れば不公平ですよ。姉さんは公平すぎて理解できないでしょうけど……」


そうやって今日の夢は終わった。

だが、最後にミノリに煽られ、自己中心的な面を見せ付けられてもなお、私はそういうものなのだろうとしか思わなかった。それもミノリの人間性なのだろうとしか思わなかった。

つまり、私にとってはミノリも彼等とそこまで変わらない存在なのだろう、という事になる。

まあそれでもいいか。何も不都合は無い。私がミノリに対して『人間同士』という情を持っていたのが間違いだった、ただそれだけの事だ。

ミノリ自身も情けなど要らないと言っていたし、全面的に私が間違っていたのだ。

ミノリの目的はミノリが自分で果たすだろう。私は公平にそれを見届ければいい。以前の世界でも私はそうやって妹の成長を見届けてきた気がするし、特別視する必要なんて元々無かったんだ。

結論としては、ミノリの事は「好きでも嫌いでもなかった」と、そういう事になるのだろう。ユメにもそう伝えておこう。

ミノリがほどよく相容れない相手で、その夢が嫌な夢である事は変わらないけれど。それでもミノリを好きか嫌いかと言われればどちらでもないのだ。


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