第5話:超有名アイドルの行動
2月27日、ガジェットミュージックの公式ホームページがリニューアルし、隠された新機能に関しても情報が解禁された。
『君自身が作成した楽曲がゲームで採用されるかも? 更には譜面、ミュージックビデオも制作可能!』
新機能の正体、それは自分が作曲した曲がゲームで採用されると言う物だった。もちろん、審査を通過した物限定と言う事だが、それでも採用されれば立派な経歴になるだろう。
それに加え、ネット発アーティストが音楽業界に影響を与えているのは今に始まった事ではない。おそらく、音楽ゲーム楽曲から超有名アイドルを越えるアイドルを生み出そうとしているのかもしれない。
【一般から楽曲を募集する音ゲーは過去にもあった。しかし、ゲーム中で使われるMVまで募集するのか―】
【MVに関しては、ロケテストでプレイできた楽曲をテーマにして制作するらしい。汎用MVだった数曲が該当するな】
【譜面に関しては全部の曲に該当するが、あまりにも難しすぎる物は却下されるらしい。採用されたとしても、公式譜面とは別の隠しボス扱いだろう】
それに加えてロケテストが複数個所で行われている。こうした発表もロケテスト勢にとってはサプライズだったに違いない。
同日午前12時30分、ロケテスト中に戦慄の走る事件が起こった。何と、秋葉原のロケテストに島風彩音が姿を見せたのである。
【秋葉原のロケテに島風が姿を見せたぞ】
きっかけは、つぶやきサイトの書き込みである。
中には情報戦という風に最初から嘘であると考えている勢力もいたのだが、目撃情報が増えていくにつれて真実であると証明された。
「なるほど。こちらに来ているのか――」
身長179センチと言う長身の女性が、ゲーセンの入り口でロケテストの列に並んでいる。
黒髪のショートヘア、右目が青、左目が黒のオッドアイ、それが逆に目立っているような気配だが。
「直接会えるとは限らない。ここは、並んででもゲームを体験する方が先かも――」
彼女の名前は天津風、この名前をネット上で調べれば有名な由来があるのだが、それ以上に動画サイト上では別の理由で有名である。
【歌ってみたで有名な歌い手の一人】
彼女の事を記した大百科では、このような説明がされている。
メジャーレーベル、超有名アイドルでも有名な芸能事務所からも声をかけられたのだが、自身は事務所に所属する事を拒否している。
何故、彼女が事務所所属にならないのか――これには複数の仮説が存在する。
一番有名なのは「超有名アイドルに負けるのは明白であり、それに挑む気が全くない」事。
つまり、最初から負ける戦はしない主義という説だ。
しかし、この説は有名すぎる一方で『超有名アイドルがネット上のファンを敵に回さない為に仕組んだトラップ』とする話もある。
「あれって、天津風じゃないのか?」
彼女よりも若干離れた位置で並んでいる男性が天津風に気付く。
あれだけの身長が高い女性も少ないのだが、オッドアイも決め手になっているらしい。
しかし、彼は下手に周囲を混乱させては、ゲーセン側にも迷惑がかかると言う事で声をかけるのはやめる。
実は、彼以外にも数人が天津風の存在に気付いていたのだが、同じように声をかけずにスルーしている。
【天津風がいたらしいが、本物か?】
【今は島風がきている話のソースが欲しい】
【秋葉原でロケテが行われているのは、2か所しかない。絞り込めない数ではないのだが―】
【何故、この状況で島風を見つけられない? 変装をしているのか?】
【芸能人がお忍びでゲーセンへ行っているのであればゲーセン側で隠す可能性があるが、島風は芸能人ではないはずだ】
【何としても彼女を見つけ出し、超有名アイドル以外の神がいない事を証明―】
さまざまなつぶやきが流れ、それは高度な情報戦を思わせる。一体、だれがこのような事を仕掛けたのか?
結局、この情報戦に敗北したプレイヤーたちは島風のプレイを見る事が出来ず、ゲーセンを後にしたと言う。
【これが音ゲーランカーストーカーとでもいうのか? まるで、実況者の夢小説勢を思わせるような展開だ】
このつぶやきは後に男性アイドルグループの夢小説勢力を動かすまでの展開となり、周囲をますます混乱へ落とす。
しかし、それは別の話である。
「やはり、島風は帰った後だったのか」
ガジェットミュージックに触れた後の天津風は、ネット上のつぶやきやまとめサイトを確認する。
そして、島風が既に秋葉原にはいない事が判明した。
【ヴェルダンディも別の場所に姿を見せたらしい】
【それこそあり得ない。生放送サイトの彼女も本物かどうか疑わしいぞ】
【ヴェルダンディ自体が実況グループ名と言う説も浮上している】
【島風よりもヴェルダンディの方がレアリティは低いはずなのに――目撃例はなりすましばかりだが】
【音ゲーのみのゲーセンって、何処かにあっただろうか?】
【確か、草加市に音ゲーが多く設置されているアミューズメント施設がある。そこでもロケテは行われているはず】
ある情報を確認した所で天津風はスマートフォンをカバンに収納し、電車で帰る為に秋葉原駅へと向かった。
2月28日、ロケテ2日目に私服姿の五月雨涼香は草加市のアミューズメント施設へ足を運んでいた。
混雑は特になく、整理券番号を呼ばれた後にプレイすると言う形式になっている。これによって行列で混乱する事はない。
【草加の方は大きな混乱はないようだ】
【昨日の秋葉原が異常過ぎたのか、あるいは――】
【有名なプレイヤーは、大体が足を運ぶとは到底思えない。それ専門と言うのが多いだろう。格闘ゲームでも専門職は大きいが、音ゲーに至ってはオールラウンダーと言うのが極端に少ない】
【機種によっては連動イベントもあるが、普段は他の機種をプレイしないプレイヤーにとっては色々と不満が残るようなイベントなのは―】
【今回は違うメーカーだから、そうした連動イベントはないと思う】
【しかし、最近になってメーカーの垣根が取り払われそうな歴史的出来事もあった】
【他の音楽ゲームが、この動きをどのように見るのかが気になる所だが】
ロケテストでの混乱はゲームシステム等の細かい部分ではネットで触れられていない混乱はあるだろう。しかし、リアルでの混乱は昨日の秋葉原における情報戦以外は特にないようだ。
3月1日、遂に本格稼働を開始したガジェットミュージック。
当日には大勢のプレイヤーが詰めかけると思われたが、格闘ゲームでも新機種、既存の音楽ゲームでもアップデートが行われ、そこまで混雑する事はなかった。
ロケテストの最終日に本格稼働と言う事もあり、一部ではロケテストと見せかけた先行稼働ともネット上では。
草加市内のアミューズメント施設では2台が設置されているのだが、筺体の大きさ的にも他の音楽ゲームよりスペースを占有する事もあり、不人気だったメダルゲームが搬出となっている。
「予想よりも混雑がない。やはり、秋葉原等の方が混雑をしているのか?」
「この機種は先行稼働のようなケースではないはずだが――」
別のゲームをプレイする為にやってきたギャラリーがつぶやきサイトで情報を集めるが、特に大きな混雑と言う事はないらしい。
【混雑すると考えていたら、待ちなしでプレイできた】
【理由は色々とあるかもしれないが、使用するガジェットが一番かもしれない】
【ガジェットは事前予約でも購入できたが、そちらの方も品切れだからな。ゲーセンで直接購入も出来るが、置かれている場所が限られている】
【ガジェットなしでもゲームをプレイできるし、記録の保存は他機種でも使用しているカードでそのまま問題ないだろう】
【問題は、このゲームの一番の売りであるガジェットを使った楽曲配信プレイか】
【楽曲配信は200曲が初期で配信されているが、1日でプレイ出来る量ではないはず】
【事前にデータエントリー必須で他人へ譲渡不可と言う事もあって、オークションへ出品されている形跡や転売されている気配もない】
【だとすると、ガジェットで不具合でもあったのか?】
出足の不調、これには諸説あるようだが、ネット上ではガジェットが何らかの形でプレイヤーの手元に渡っていないという理由があった。
同日午前12時、アミューズメント施設を初めとした全国のガジェットミュージックが置かれている場所に、完成したばかりのガジェットが届けられた。
【試しプレイだとガジェットなしでも問題がないが、ここまでガジェットの入荷が制限されていると――】
【噂によると、芸能事務所がガジェットの入荷停止を要請しているとか。ライバルをつぶす為ならば、そこまでするのか?】
【テレビの報道でもまとめサイト以上の情報は出てこない。まるで、テレビ局自体がまとめサイトを管理しているみたいだ】
入荷数が少ない事に対し、色々な憶測が飛ぶ。まるで、高度な情報戦である。これが炎上サイトのやり方だと言うのだろうか?
「これが、超有名アイドルのやる事なのか」
五月雨はアカシックレコードに書かれていた一部について、ここでようやく理解した。