第4話:音楽ゲームを取り巻く環境
2015年2月上旬、第2次ロケテストが秋葉原と北千住、西新井等の5か所で行われる事が告知された。
『2月27日~3月1日にロケテスト開催! 秋葉原を含めた全5個所、隠されたもう一つの機能もお披露目』
公式ホームページによると、今度は複数で開催されるだけではなく、別の機能も披露される事が明らかになっている。
しかし、もう一つの機能と言ってもロケテストでは使用できなかった実況やガジェットとの連動による楽曲配信とは違うらしい。
【どのような新機能が来るのだろうか?】
【録画機能はロケテストで披露、実況も説明パネルにあった。楽曲配信も発表済か……】
【カードが排出されるとか?】
【カードは別のゲームでも使われている以上、違うシステムを組み込んできそうな予感はする】
【もしかすると、別のゲームとセッション可能とか?】
【出来れば夢のような機能かもしれないが、実際にやるとすると台の占拠を含めて難しい】
【レースゲームの原理でゴーストプレイヤーとセッションすると言う形で実現できないか? 複数機種間のセッションは】
【ギターとドラムの音ゲーならばセッションは可能だったが、今の環境では――】
隠された機能に関しては、ネット上でもさまざまな形で議論されているのだが、真相は謎のままだ。
2月14日、世間はバレンタインデー一色と思われたが――草加市内のアミューズメント施設は違っていた。
「あれって島風じゃないのか?」
「珍しいな。彼女が気にしているプレイヤーでも現れたのか?」
ロケテの時にはガジェットミュージックが置かれていたのだが、今は別の音楽ゲームが置かれている。DJセットをモチーフにした、ガジェットミュージックの元ネタになった機種である。
こちらの機種もランカーと言われる上級者を越えたプレイヤーが存在する。島風彩音もランカーの一人だが、それ以上に有名なランカーもいる。単純な話を言うと、島風の方がネットでは知名度が高い。
「女性プレイヤーに見えるが……」
「とりあえず、プレイをするなら順番は守ろう」
「特に興味がある訳でもない。こちらは本来の目的に戻るか」
2人の男性は音楽ゲームをプレイするのが目的と言う訳ではないので、彼女に関してはスルーした。
プレイが終了した人物は、島風と順番を変わる。彼女は島風と顔見知りと言う訳ではないようだ。
「あなたも、音楽ゲームのランカーなの?」
その島風の問いに、彼女が答えることなく別の場所へと移動をする。身長は169程、若干の厚着に黒髪のセミショートと言う女性だ。
「とりあえず、順番がきたからプレイでも――」
先ほどの人物を気にしていないと言ったら嘘になるが、彼女のプレイ技術は音ゲー初心者とは到底思えない物である。
同日午後1時、五月雨涼香が再び別の音楽ゲーム筺体の前を通り過ぎる。今度はDJテーブル型ではなく、タッチパネルの縦型モニター筺体の物だ。
「色々と音楽ゲームはあるみたいだけど、筺体の形状が違うだけで元は全て同じ物――」
五月雨は音ゲー自体には興味を示さず、相変わらずの素通り。冷やかし等ではないのだが、資金的な都合でプレイをする気が起きないとは違う。
「システムが格闘ゲームのように、類似した物ばかりと考えていると痛い目を見るわ」
しかし、五月雨が素通りしようとした所で姿を見せた女性、それは先ほどまで島風が目を付けていた女性である。
「筺体の形状は確かに違う。でも、実際はシステムとしては上から下……あるいは下から上へターゲットが流れるものか、斜めから流れる物、もぐら叩きの様な物がメインね」
五月雨の冷静な分析もあながち間違いではない。しかし、それでも音楽ゲームが奥深い物である事を彼女は訴えようとする。
「実際にプレイすれば変わるかもしれないけど……強制はしない。それで無理に音ゲー恐怖症でも起こしたら、大変だから」
彼女は多くを語ることなく両替機の前に立ち、1000円札を投入して100円玉に崩す。
同日午後3時、自宅に戻った五月雨はテレビの競馬中継を流しながらノートパソコンを立ち上げ、音楽ゲームに関して調べた。
「確かに、彼女の言う通りにシステムが似ていると言うだけでプレイをしないというのも――」
大手のウィキに載っている情報だけでは判断材料にはならないが、プレイするきっかけにはなるだろう。
「ロケテストの動画、まだ残っているだろうか」
五月雨が動画サイトのページをブラウザで立ち上げ、そこで検索窓に入力したのは【ミュージックガジェット】である。
検索の結果は300件という量の動画に裏付けられるとおり、まだ動画は残っていた。一部の動画は整理されたようだが、それでも楽曲全てを視聴するには十分の量だ。
五月雨が閲覧している動画、これは既に50万再生を突破している。わずか数日で再生数が伸びているのだが、その真相は明らかではない。
つぶやきサイトでリンクが拡散されている、F5連打、一部ファンによる買収――色々と再生数の伸びた事に関しては推測出来るが、それらが正しいとは限らないだろう。
「この動画、もしかして……!?」
五月雨は開始30秒くらいの所で誰のプレイ動画なのか察しがついた。これだけの超人プレイを披露できるのはランカーと言う人種だけである。
それを踏まえれば、ロケテストに姿を見せていたランカーで知っている人物は一人しかいない。
「島風……彩音! この動画のプレイヤーは島風だと言うの?」
一言で例えれば、コンピュータがプレイしているような光景だ。それ程の正確なプレイを彼女は人力で披露していたのである。
この動画は2回目のプレイ、つまり、島風がロケテストでプレイした2曲目の物だ。これだけのプレイを初見に近い音ゲーの筺体、しかもロケテストで叩きだせる事には信じられない。
五月雨は動画を見て、言葉が出ないという状態になっていた。最後の方はニアミスでゲージを減らす展開となったのだが、それでも彼女のプレイは一言で言うと『リアルチート』に例えられる。
その後も五月雨は島風以外の超人プレイも視聴した。気がついてみればミュージックガジェット以外の超人プレイ等にも興味を持ち始め、時間帯も午後4時を回っていた。
「そう言えば、ヴェルダンディというプレイヤーの動画もあったけど……」
ヴェルダンディ、つぶやきサイトでは存在が都市伝説と言われているゲーマーだ。動画投稿サイトでもヴェルダンディの名前を騙るプレイヤーはいるが、どれも本物には程遠い。
その為、本物のヴェルダンディは存在しない。あくまでも複数の音ゲーマーによって構成されたグループ名という仮説まで出てくるほどだ。
「これは、もしかして―?」
音楽ゲームはアミューズメント施設に多く置かれるようになってから20年近くが経過しようとしている。
しかし、ここ最近は新規プレイヤーの開拓が格闘ゲーム以上に苦戦する状況となっていた。
それを妨げているのは筺体の大型化、超有名アイドルの楽曲がCDチャートを独占するようになった事、ランカーの出現で音楽ゲームが上級者向けという認識をされるようになった事――他にも色々とネット上で言われている。
中でも超有名アイドルのCDチャート私物化による影響は、初心者ユーザーを取り入れる為にCDチャートで有名な曲を入れようとするメーカーの思惑を明らかに妨害していた。
これによって、ネット上で人気のバーチャルアイドルソフトを使用した楽曲、同人シューティングゲームの楽曲に白羽の矢が立ち、選曲幅のマニアック化は避けられない物になっている。
オリジナル楽曲で勝負している機種もあるが、ネット上で人気の楽曲を使っている作品と異なってヘビーユーザーは増えていないのも現実だ。
CDチャートの私物化は、更に別の方面でもチャンスを生み出していた。
チャートには入らないインディーズバンドが売り込みの為に音ゲーを利用する、アニメのPRをする為にオープニングテーマとエンディングテーマを音ゲーに収録といったビジネスチャンスも生み出している。
しかし、こうした例が成功しているのは一握りという状況であり、ほとんどの楽曲はCDチャートに入らない事で売れていない楽曲と認知されている事が多い。
演歌やクラシックの様な固定ファンがついているジャンルは例外だが、それでも現実は残酷である事を受け入れなくてはいけないだろう。
五月雨は色々なサイトを見ていく事で、超有名アイドルが様々な団体を私物化し、まるでディストピアとでも例えられる音楽業界を生み出した事に怒りを覚えていた。
「これが、今の音楽業界なの?」
弱肉強食のような物では片付けられない現実、それが他の業種にも広まろうとしている。
それを警告しているサイト、その名前はアカシックレコード――。