第3話:実況者の出現
ロケテストも無事に終了し、筺体を搬出というタイミングとなった2月2日の事である。
「ロケテストで色々な意見も聞かれました。これを参考に改良を――」
「意見的には細かく指摘しているような物は少ない。もう少し開催場所を増やす必要性があるな」
「音楽ゲームは格闘ゲーム等とは違う部分もあります。それを踏まえると――」
「格闘ゲームであれば1フレーム遅いか速いかだけでもバランスが変動する事がある。音楽ゲームで、そこまで細かく追求するプレイヤーは少ないが、出来る限りの要望は取り入れるつもりだ」
「出来る限りですか? 楽曲に関する要望もあるようですが、こちらも?」
2人の男性スタッフが話をしているが、楽曲に関して聞かれるとチーフは少し深刻そうな顔をする。
「楽曲に関しては、使用料等の関係もあってオリジナルだけにする。少しでも予算は別の所で使うようにしたい」
チーフは楽曲をオリジナルオンリーにする事に関しては、何かこだわりを持っているようでもあった。一方の男性スタッフはライセンス曲も必要なのでは―と考えている。
「オリジナル曲オンリーの音楽ゲームは今に始まった物ではない。10年以上前からオリジナル曲だけという音楽ゲームも存在し、今でもオリジナル曲で勝負する機種は存在する」
「確かに、オリジナル曲のコンポーザーで有名な人は何人かいますが――そこまでこだわる要素でしょうか?」
「オリジナル楽曲だからこそ、版権曲と様々な部分で差別化出来る。そうは思わないか?」
チーフの力説も一理ある。版権曲の場合、アーティストの人気やタイアップなどで左右される傾向もあり、超有名アイドルの場合は人気だけのゴリ押しで追加されたのでは――という話に発展し、ネット上で炎上する事も多い。
2月3日、足立区の西新井にあるゲーム会社、そこへ姿を見せたのは動画サイトのスタッフだった。この動画サイトは、今回のロケテストにおける動画アップロード等を仲介してくれたパートナーと言える存在である。
そのスタッフをガジェットミュージックの筺体が置かれている場所へと案内し、その実物を見せる。スタッフの反応は一般人と同じような驚き方とは違い、何かに興味を示しているようでもあった。
「最近は音楽ゲームでも録画可能な機種が出ています。それに加えて――」
「ええ。超有名アイドルによる音楽業界の私物化、あるいは超有名アイドルによるディストピアが進んでいるのかもしれません」
「我々としても音楽コンテンツは、誰が独占してもよいという物ではないと考えています。そして、芸能事務所2社による談合で維持されるのも違います。過去に1つのメーカーによる作品しか音楽ゲームがゲーセンになかった時代――」
「それ以上は言わなくても分かります。最近になって2社だけではなく複数の会社が音楽ゲームへ参入し、格闘ゲームを置かないようなアミューズメント施設でも音楽ゲームが置かれるようになった」
「音楽ゲームは、格闘ゲーム等の様にイースポーツの分野に進出は出来ていない。それも超有名アイドルの楽曲使用料が足かせになっているという噂もあります。そうした流れを打破し、イースポーツとして音楽ゲームを広げていく事、それが我々の使命と――」
「その為のオリジナル楽曲を起用した機種。そして、オリジナル楽曲の作曲家を発掘しようと言うシステムです」
その後もスタッフによるディスカッションは1時間ほど続いた。音楽ゲームを最終的にはイースポーツの種目に加え、更には国際スポーツの祭典にも正式種目化しようともチーフは考えている。
「音楽ゲームの話をする為に来た訳ではないです。実は、これを見ていただこうかと」
スタッフはようやく本題に入る事が出来ると考える。彼がかばんから取り出した物、それは動画サイト側で主催しているゲーム実況イベントの企画書だった。
「2015年度は既に行われ、終了したと聞いていますが――?」
チーフは手渡された企画所を見て、同じイベントは今年に行われたばかりとツッコミを入れようと思っていた。しかし、そこには2016と書かれていたのだ。
「来年度も行うと言う事を発表したばかりなので、この企画書は2015年度の物を一部加筆した仮の企画所ですが」
あくまでも仮の企画書と断りを入れた上で、スタッフはガジェットミュージックをゲーム実況イベントで公開できないかと考えていた。
2月4日、ネット上ではとある話が浮上していた。それはガジェットミュージックの稼働時期が3月らしいという話である。
【ガジェットミュージックで実況が可能と言う話があったが、新たな実況者を発掘しようと言うイベントが近日中に行われるらしい】
【どうして、ガジェットミュージックが関係する? 確かに実況者発掘イベントは3月に行われるという話だが】
【実は、ガジェットミュージックの稼働が3月上旬らしい。既に入荷準備を行っているゲーセンもあるようだ】
【しかし、実況者を発掘しても有名税は避けられない。BL勢に狙われたら大変な事になるぞ】
【確かに超有名アイドルユニットのBL小説が、大手の小説サイトでデイリーランキングに入る位だが―】
【もしかすると、そうした勢力を排除できるような力を持った実況者を求めているのかもしれない】
【それって、反超有名アイドル勢に所属する実況者と言う事か?】
【そこまではいかないだろう。普通にBL勢がスルーしたくなるような……という意味かもしれない】
その後も色々なつぶやきがまとめサイトにアップされていたが、それらが事実かどうかは不明だ。しかし、ガジェットミュージックの稼働時期が3月上旬なのは事実らしい。
「3月上旬か。これは面白くなりそうだな」
一連のつぶやきまとめを秋葉原のゲーセン入口で見ていたのは、青髪のセミロング、172センチの長身ながら細身の男性である。その服装は背広と言う事だが、会社帰りと言う訳ではない。
「ガジェットミュージックの仕掛け人はレヴィアタンか。スタッフ名を変えたとしても、ゲームシステムの細かい癖は残っているようだな」
彼の名は南雲ハルト、アイドルランカーと言う音楽ゲーム専門アイドルを育成する立場にある男性だ。
それと同時に、超有名アイドルの音楽業界私物化というディストピアを打ち砕こうとも考えている。おそらく、自分に組織を任せたレヴィアタンも同じ事を思っているに違いない。
2月5日、動画サイトのある音ゲー生放送。そこではヴェルダンディと名乗る謎の女性が音楽ゲームの実況プレイを行っていた。
【何と言う指捌き】
【音ゲーがイースポーツになっていないのがもったいない】
【プロゲーマーに転職しないのですか?】
【これは凄い】
【島風に匹敵する実力者か?】
さまざまなコメントが右から現れては左へ流れるように消えていく。画面の方は顔が映らないように調整されているが、音ゲーをプレイしている様子が映し出されている。
その様子を実況していくのだが、音楽が聞こえないような大声を出すのも考え物の為、そこは色々と工夫して音ゲーの方を6、自分の声を4位にボリューム調整をして配信を行う。
『今日も時間になったから、ここまでかな』
画面に映るのはヴェルダンディの手元と音楽ゲーム用の7鍵盤と皿で構成されたコントローラだけ。顔が映らないので、ゲーセンでは声をかけられる事はないと放送で語っているが…。
【お疲れさま】
【次の配信はいつですか?】
様々なコメントが流れるが、それらに個別で回答する事はない。そして、1時間の配信枠は終了した。
「島風彩音は気になるけど……そこまでの実力があるのか、測りきれていないのがネックかな」
このヴェルダンディのオフレコ発言は、配信枠の外で話されているので視聴者は認識していない。
その一方で、彼女はネット通話の回線を切り忘れているというミスに気がついたのだが――。