第1話:それが全ての始まりだった。
西暦2015年、音楽業界は一つの転換期を迎えていた。その一つが超有名アイドルのCDしか売れなくなった事に対し、音楽関係の会社が訴訟を起こそうと言う準備をしている事だ。
それに加えて、さまざまな業界が超有名アイドルに対し、政府の優遇が非常に多すぎると言う意見も存在する。
【超有名アイドル以外は滅びろと言うような税制優遇が行われている現状、それは放置できない】
【このままでは日本が超有名アイドル国家と周辺諸国から名指し批判されるのは―】
【日本は超有名アイドルのノウハウで特許収入を得ている…という話題をされるのは避けたい】
【しかし、超有名アイドルが日本の赤字国債を70%以上も解消した事実は変えられない】
【我々は超有名アイドルの命令には絶対従うしかないのか?】
ネット上のつぶやきでは、このようなやり取りも存在する。しかし、これが真実かどうかは不明であり、これらを真実かどうか見極める事もネットの情報を使うのに必要な要素と言われている。
一方で、こうした情報を真実だと確認せずに拡散した事で炎上をしたというのは、今に始まった事ではない。超有名アイドルが関係する一連の事件が起こる前、別の世界でもさまざまな形で起きているのだ。
こうした事件は週刊誌に取り上げられる事はなく、例え不祥事が起きたとしても関連会社が金を出せば口封じされてしまう。これが現在の日本だと言う事は間違いないだろう。
そして、日本はアイドル大国でもある一方で音楽業界には国会以上にカネの問題が存在していた。
このような訴訟の動きに思わぬ場所から援護射撃が入る事になった。それは―。
【右上にカメラの斜め線と思われる透かしが入っている】
【このマークは確か、収録番組の違法配信を防止するキャンペーンで使われている物か】
【報道とアニメは対象から除外されているが、音楽番組は除外されていなかったな】
【やっぱり――そう言う事か】
【週刊誌等では、以前からこの番組は収録と疑われるような意図的演出があった。つまり、この番組は超有名アイドルの宣伝番組として利用されていたのだ】
違法動画の取り締まりキャンペーンをPRする為のマークは、想定外のケースを生み出し、それらの番組を炎上させる手助けをしてしまう結果となった。
このキャンペーンが行われる以前から生放送と言われていた音楽番組が、実は事前に録画された放送で、更には超有名アイドル批判を行った場合は該当シーンをカットされる事が判明、超有名アイドルの広告塔番組とネット上で炎上、打ち切りになるという騒ぎがあった。
それに加え、他の番組では超有名アイドル勢の口パクが判明、音楽業界は窮地に立たされていたのである。
一方で音楽ゲームも似たような窮地に……と思われていたが、逆にこの状況を利用してオリジナル楽曲をメインとした作品を発表し、音楽業界に新たな風を起こそうと動きだしていたのである。
その中で、ある音楽ゲームのロケテストが1月下旬から行われていた。音楽ゲームと言えば、ライセンス曲メインの機種やオリジナル曲を重視する作品と種類が多い。機種によっては曲ラインナップが被っている物もあり、差別化出来ていない作品も少なくない
しかし、都内で行われていたロケテストに姿を見せた機種、それは色々な意味でも常識の通じない機種だったのだ。形状はDJセットを思わせるもので、現在もシリーズ化されている機種に似ているようだ。
1月下旬の午前10時、ゲームセンター内の筺体が置かれている近辺のギャラリーを驚かせていたのは、小型のカメラが筺体の右上端に設置されていた事である。
「どういう構造になっているのか? システム自体は従来の音楽ゲームと同じだが、何故かカメラがついている」
「カメラに関しては振付を認識するものか、あるいは録画対応機種なのかもしれない」
「録画? 音楽ゲームの超人プレイは需要があるが、録画対応している機種となると数が絞られる」
「小規模のゲーセンで録画サービスをしているケースも存在するが、このケースは公式で録画可能という意思表示かもしれない」
「店頭というか、近くにあった説明パネルを見たら、録画ではなく動画サイトとの連動による生配信らしい」
「生配信? 実況勢でも増やすと言うのか? 格ゲーだったら分かるが、音ゲーで実況の需要があるのか?」
「動画サイトでもフリーソフトの音楽ゲームで配信を行う生主は存在する。色々な楽曲をプレイする事で、DJのようにも見える事もポイントだな」
「需要はゼロではないと思うが、アーケード機種で採算が取れるかどうか言われると――評価は分かれるだろう」
「ゲーム実況自体は最近になって見直されている。そこからアイドルが誕生するようなケースがある位だ」
「しかし、今の実況者に関しては超有名アイドルの夢小説勢が流れ込んでいるようなファンばかりとも取れる。今回のロケテで新たな実況者でも掘り起こすのが真の目的かもしれない」
「その為のロケテストではないのか? 採算が取れないと判断されたら、それでお蔵入りは避けられない」
ギャラリーは、この音楽ゲームが他の作品とどう違うのかが何となく分からずにいた。そのロケテストで早速ゲームに触れたのは、一人の女性である。
身長は169センチ、三つ編みにメガネという理系とか思わせるタイプの人間だが、その服装は理系と言うよりは程遠いラフなものだ。
「なるほど。ロケテストでは生配信は非対応か――それに、ボタン配置は鍵盤を思わせる機種とも違う。ボタンの感触としてはタッチパネルに近いか」
200円をタッチパネルの隣にあるコイン投入口に入れる前、彼女は筺体の周囲を見回して何かの確認をしている。
「画面の方はブルーライト対策が施された物で、長時間のプレイでも疲れない配慮がされている」
彼女のメガネはブルーライト対策がされている物であり、単純な事を言うと伊達メガネである。
「スピーカーは筺体内蔵式とウーファーが1台か。ヘッドフォンの差し込み口もあって、周囲の爆音機種があったとしても何とかなるわね」
そして、彼女はバッグの中からヘッドフォンを取り出し、イヤホンジャックへ差し込もうとする。もちろん、差し込む前にボリュームを確認し、外の音が拾えるように調整を行う。
「収録曲は……?? 10曲しかない?」
彼女が一番驚くのは、収録曲が10曲しかない事だ。ロケテストの場合は収録曲数が少なくなっている物もあるので、いわゆる一つの仕様と考えられる。
しかし、その様子を見たゲーム会社の男性スタッフらしき人物が、手に何かを持って近寄ってきた。
「すみません、こちらの手違いで渡すのを忘れていた物があります」
彼が手に持っていた物、それは携帯音楽プレイヤーにも似たような物である。どうやら、これを指定の場所に差し込むらしい。
「これは――」
先ほどの携帯音楽プレイヤーを差し込んだ所、楽曲の数は60曲に増えたのである。残りの50曲は携帯音楽プレイヤーを使うと増える仕組みらしい。
「このガジェットに関しては開発中の物ですので、動作不安定でも保証できません」
形状を見ても仮のデザインと言う感じが音楽プレイヤーから放たれているように彼女は感じた。いずれ、カッコいいデザインに変更される可能性はあるだろう。
そして、彼女は曲名だけを見てもどれをプレイしたら良いのか判断できず、適当に曲の難易度が高い曲を選択する事に。
楽曲の難易度は12段階あり、6までが普通の難易度、7~10までは若干難しい、11は非常に難しい、12に至っては初見でクリア不可能と言った具合である。
【音楽ゲーム初心者は難易度5を一つの区切りでプレイすると、ゲームをより楽しむ事が出来ます】
説明パネルでも、このような記載がされていた。しかし、他のプレイヤーが説明通りにプレイするとは限らない。いきなり難易度の高い譜面にトライして玉砕する事もあり得るのだ。
「まずは、様子を見る意味でも……」
彼女がタッチパネルで選曲をしたのは【ワールド・サバイバー】というトランス曲である。設置されたセンターモニターには、彼女のプレイしている譜面とミュージックビデオが表示される仕組みとなっており、ミュージックビデオの上に譜面が流れる。
1曲目を選曲した彼女のテンションに反して、モニターでプレイの様子を見ているギャラリーの方は静かに様子を見ているようでもあった。
彼女の選曲した曲レベルは6であり、周囲が見守るのも無理はない。実際、説明パネルでお勧めされていた曲のレベルは1~3の物が半数であり、それこそガジェットを入れる前に選曲出来た初期曲がメインである。
「選曲ミスはしていない。これで様子を見るのは正解……のはず」
その後に曲の方が流れ始め、ゲームスタートとなる。
曲の雰囲気は一言で言うと『SFとは程遠い雰囲気の曲』である。映像には巨大ロボットが森林でバトルを展開するような物が使われており、汎用ムービーと言う訳でもない。
譜面の方は、物量で攻めてくるようなタイプではなく、曲に合わせたバランスの良い物である。これに関しては、見ているギャラリーの方も驚いている。
「もっと、上から無数のノーツが降ってくると思っていた」
「あれで難易度6はないと思う。むしろ、5とか4じゃないのか?」
「彼女のボタン捌きを見れば分かるが……相当難しくなっているように思える」
ノーツの種類は、リズムよく押す、長く押してタイミング良く放す、この2種類だけである。しかし、レーンの数は6つある事が難しくしているのだろうか?
音楽ゲームの基本は、1曲が終了するまでに一定スコア到達、あるいはゲージが一定になっている事でクリアとなる。この作品の場合はゲージが一定になる事でクリアとなる。
ゲージに関しては50%からスタートし、最終的には70%まで残っていれば2曲目に進める。今回はロケテスト仕様の為、2曲目をクリアした段階で強制ゲーム終了となるようだ。
「やっぱり、前半で削られ過ぎた。既にゲージは10%を下回っている」
画面右下に表示されているアラートメッセージが警告となっているのだが、彼女は全く振り向くような気配がない。この辺りの感覚さえも最初から覚えているかのような――。
「ええっ!?」
「どういう事だ?」
「あのゲージ量からいっきに切り返した」
「格闘ゲームとは違って、分かりにくいような展開だが――これは盛り上がるな」
その後も難所と言えるような譜面配置を切り抜け、最終的にはゲージが100%となり、ステージクリアとなった。この状況を見たギャラリーは一気に盛り上がりを見せる。
「やっぱり、あのプレイヤーは見た事がある」
「道理で……あの超絶プレイにも似たような流れは覚えがあると思った」
周囲は、このプレイヤーが誰かと言う事に覚えがあるようだ。まさか、彼女が新たな音楽ゲームのロケテストに足を運ぶとは――という反応もある。
そのギャラリーとは別のエリア、全く違うジャンルのロボットゲームをプレイしている光景を眺めていたのは、胸部分が開いているタートルネックを来ている女性だった。
身長は166、体格も他人から見るとスマートには見えないだろう。そして、黒髪のツインテールと言えば、このゲーセンでは有名人とも言える。
「五月雨さんは、向こうのゲームには興味がないのですか?」
五月雨涼香に声をかけたのは、ロボットゲームの方では常連の男性プレイヤーだ。五月雨とも何度か対戦経験があるのだが、実力で言うと彼の方が上だ。
「音楽ゲームは……超有名アイドルの関係もあって、ちょっと、ね」
五月雨はロケテストの光景も気になるのだが、収録されているのは超有名アイドルの楽曲メインで中身もないような曲ばかり―と考えていた。
音楽番組でアーティストの名前を少し知っている程度で、音楽に関しても興味さえ持たないのが彼女である。
「どちらにしてもロケテストで盛り上がっているだけかもしれませんし……」
男性の方も余計な事を言ってしまったのか、と考えていた。そして、彼の方は両替機のある方角へと消えて行く。
午前10時15分、彼女のプレイは終了した。画面には【次のプレイヤーへ順番をお譲りください】という意味のメッセージが表示されている。ゲームオーバーとは書かれていないが、この辺りは音楽ゲームにはよくあることだ。
「やっぱり、島風じゃないか」
「島風って……あの音楽ゲームランカーの?」
「そうでなければ、いきなり高難易度の楽曲をクリア出来る筈がない」
「しかし、他人の空似じゃないのか?」
彼女のプレイが終了し、別のプレイヤーへ順番が回ってきた頃になり、彼女の正体が島風彩音である事が判明する。
「彼女にはランカーの素質があるように思える」
「ランカーって、音楽ゲームだと他のゲームもプレイしていなければいけない風潮があるように――」
「そうなっているのはネット上での話だけだ。1機種だけのランカーと言うのも実際に目撃例があるのは、動画サイトでも知っているだろう」
島風の話題は尽きない中、用意された整理券100枚は配布終了となり、後は整理券を持ったプレイヤーが全て終えた後に解放されるという手筈である。