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そのさん

 オーウェンとエルヴィラの“決闘”は、この町の戦神教会の鍛錬場を借りて行われることになった。立会人はこの町の戦神教会の長でもある司教だ。

 おまけに、領主までもが見に来ている。戦神教会の“猛将司祭”として名高いブライアン・カーリスの孫同士の“決闘”ということで、注目を浴びているのだろう。

 領主だけではない。手の空いた司祭に警備兵に騎士に……さらには集まったひとがひとを呼び、教会の鍛錬場は大賑わいだ。周りを取り囲む柵の外側には、かつて見たことのないほど大勢のひとびとが、ひしめき合うように鈴なりに詰めかけている。

 中には、どちらが勝利するかと賭けまでが始まっているようだ。


 鎧の留め金やベルトをしっかりと締め直し、数度剣を振り、地面に足を打ち付け身体を捻り、緩みや不具合のないことを確認する。

 それから改めて、オーウェンは胸に下げた聖印を握り締め、戦神への祈りを捧げた。

 いつもそうするように、戦う前に行う儀式のように、祈りの聖句を呟く。

 ……勝利はもちろん、自分も妹もこの戦いから何かを得られるように、と。


 聖句を唱え終わって目を上げると、いつものように(エルヴィラ)が自分の武具を確認している姿が見えた。

 鎧の黒鉄(アダマンタイト)の輝きに、エルヴィラも名のある武具を(あつら)えられるほどになったのかと、少し嬉しくなる。

 ──だが、だからこそ、ここで増長を戒めなければならない。

「戦神の輝ける(つるぎ)にかけて、この勝負には勝たねばならない」

 小さく呟き、最後に兜を付けると、オーウェンは鍛錬場の真ん中へと歩み出た。




 教会長の合図により、“決闘”は始まった。


 迷わず真正面から突撃してくるエルヴィラの姿に、オーウェンは笑みをこぼす。

 いつもながら、ほんとうに素直な剣だ。

 真正面から力と勢い頼みに斬り掛かり、その初戟の勢いで最後まで押す。

 確かに、魔物や竜が相手ならそれでいいのかもしれない。

「だが、素直さは欠点にもなるのだ、エルヴィラ」

 猛烈な一撃の勢いを殺し、いなすように盾で逸らして横薙ぎに斬り払う。確かに、盾を持たず両手で剣を振るう戦い方は、エルヴィラの性格にも合っているのだろう。だが、相手は力押しできる魔物ではなく、オーウェンなのだ。

 エルヴィラも、かろうじて鎧の厚いところでオーウェンの剣を受け、逸らし、続けて次の一撃を繰り出す。

 以前より、少し力もスピードも増したようだが、基本的な太刀筋は変わっていない。どこまでも真っ直ぐに、何度も何度も繰り出されるエルヴィラの斬り込みを、オーウェンはすべて盾で逸らし、弾いてしまう。

 オーウェンの剣も、エルヴィラは鎧や剣で受けて流してはいるが……。

 エルヴィラが悔しそうに睨む目が、兜の隙間から窺い見えた。


 幼い頃から何度も何度もこうして剣を交わしたのだったなと、自然にオーウェンは笑みを浮かべる。兄妹皆、基礎からしっかりと祖父に叩き込まれた剣だ。歳は離れていても、だからこそと打ち合いをさせられた。相手は体格や年齢を考えて斬り掛かってくるわけではないのだぞと言って。

 そういえば、幼い頃からこうして何度となく戦っては勝てないと悔しがっていた。「いつか絶対に兄上を負かしてやる」というのがエルヴィラの口癖だったことも、思い出す。


 エルヴィラが大きく踏み込み、思い切り斬り下ろした剣をしっかりと盾で受け止める。ガン、という派手な音と、痺れるような衝撃が、オーウェンの左腕へ伝わってくる。

 これだけの力を乗せられるようになったのかと、また嬉しくなる。

「エルヴィラは、やはりかわいいな」

 オーウェンは盾を掲げたまま微笑んだ。

「そうやって真っ直ぐに打ちかかってくるところも、昔と変わらずお前らしくて、とてもかわいい」

 兜の奥で顔を顰め……けれど、少しうろたえたようにエルヴィラが見つめ返す。

 軽くではあっても息を弾ませている自分(エルヴィラ)に対して、(オーウェン)にはまだ笑う余裕すらあることに愕然とする。

「変わらないお前のことは、兄として嬉しいよ……だがね」

 微笑みを浮かべたままのオーウェンに、エルヴィラはぐっと眉を寄せた。

「こうも変わらないのはいただけない。お前はこの1年、何を学んできたのだ? 増したのは力と速さだけか」

「……あ、兄上、まさか、本気を、出して、ないのか」

 そんな、こんなに必死にやってるのに。

 目を瞠り、思わず顔を顰めるエルヴィラに、オーウェンは咎めるように目を眇め、小さく首を振る。

「かわいいエルヴィラに、私が本気を出さないはずがないだろう?」

「なら、なんで……」

 一瞬だけ、泣きそうな表情を浮かべたエルヴィラに、オーウェンは小さく首を傾げた。


 ほんとうにうちの妹はかわいい。

 かわいくてしかたがない。


「言ったろう。お前が己を過信して振る舞うようすはとてもかわいいが、それは鍛錬の場に限ると。もしそのまま戦場へ赴くことになれば、その過信がお前を損なうことになるのだ。まだわからないようだね?」

「そん、な……兄上……」

「だから私は兄として、お前の増長を正さねばならないのだ」

 ぐぐ、と剣を捉えたままの盾を力一杯押しやって、オーウェンはエルヴィラを弾き飛ばす。すぐにがちゃりと鎧を鳴らして剣を構えると、オーウェンは猛然とエルヴィラに斬り掛かった。


 オーウェンの猛攻は、完全にエルヴィラを押していた。

 1年前までは毎日のように剣を合わせていたのだ。力ではエルヴィラのほうが上でも、戦い方はオーウェンが知る1年前からほとんど変わっていない。癖だって熟知している。

 力と速度がいかに勝っていようと、エルヴィラの太刀筋はオーウェンにとって見えているも同然だ。

 その上、オーウェンはエルヴィラの苦手とするものだってよく知っている。


 フェイントに掛かった隙を巧みに突かれ、搔き回すように翻弄され、だんだんとエルヴィラは追い込まれていく。


 よくぞ1年、無事で過ごしてくれたものだ。

 オーウェンは小さく吐息を漏らす。

 これが終わったら、少し鍛え直さなければならないかもしれないなと考えながら。


 じわじわ押され、今や防戦一方になったエルヴィラの顔色は悪い。

 悔しさに涙さえ滲ませながら、それでも懸命に剣を振るうが、しかし思うようには当たらない。そのことが自分でもわかるのに、どうしたらこの状況を打破できるのか、エルヴィラにはさっぱりわからない。

 ただひたすら剣を振り回すだけで、目には焦りの色ばかりが浮かんでいる。


 そろそろ潮時だろうか。

 かわいそうだがここまでだ。

「エルヴィラ、よくがんばったね」

 必死に、しかしめちゃくちゃに剣を振るうエルヴィラに、オーウェンは優しい笑みを向ける。


 焦燥のあまりかそれとも起死回生を狙ってか、エルヴィラは無理な体勢から思い切り打ち込んできた。

 破れかぶれにでもなったのか、角度も勢いも、これまでの剣戟にはとうてい及ばないような酷い一撃だ。オーウェンは眉を顰めて思い切り盾で受け、そのまま振り抜く。

「あ」

 エルヴィラの手を離れた剣は、大きく弧を描いて飛んでいく。地面に落ちてからからと転がるさまを呆然と見つめ……それから視線を戻した時には喉元にオーウェンの剣先が突きつけられていた。


「オーウェン・カーリスの勝利」


 戦神教会の教会長の宣言が、厳かに響く。


「う……あ……」


 エルヴィラは、全身の力が抜けたようにへたへたと座り込んだ。真っ青になって俯くエルヴィラから剣を引くと、オーウェンは膝をついてすぐに癒しの神術を唱える。

 たちまちのうちに負っていた傷がすべて癒える。


「う……あ、兄上……」

 そっと兜を取り外して、オーウェンはエルヴィラの顔を上向かせた。

「ああ、エルヴィラ、泣くんじゃないよ」

 潤んだ目からは、今にも涙が溢れそうだった。

「これでお前は自分がまだまだだと思い知ったろう。ここから、またさらなる高みを目指せばいいのだ」

 オーウェンは優しくエルヴィラの頭を抱えてゆっくりと撫でた。怯えたような色がエルヴィラの目に浮かび、がたがたと震えだす。

「あ、あ、兄上、兄上は、どうす……」

 どうするつもりか、と問いたいのだろう。

 オーウェンはエルヴィラをもう一度撫でて、優しく笑う。

「約束通り、私はあの吟遊詩人に天誅をくだそう。何、生命まで取るつもりはない」

 低い声で告げるオーウェンに、エルヴィラはさらに蒼白になって目を見開いた。縋り付くようにマントを握り、どうにか思い留まらせようと必死に言葉を紡ぐ。

「だ、だ、だめだ、兄上。頼むから、ミケに酷いことしないで……」

 けれどオーウェンはきっぱりと首を振る。

「いいや、エルヴィラ。

 あの吟遊詩人は、私のかわいいエルヴィラに不名誉を与えた報いを受けなくてはならない。お前ならわかるね?」

 どうしたらいいのか、何かを言おうとして何も浮かばず、エルヴィラはただぱくぱくと魚のように喘ぐだけだった。オーウェンを止める言葉など、何ひとつ浮かばない。

 ……それに、エルヴィラは負けたのだ。負けてしまった以上、オーウェンを引き止めることなどできるわけがない。

「あ、兄上……兄上……」

 さらに目を潤ませるエルヴィラの額にキスをして、オーウェンはゆっくりと立ち上がる。剣を掲げ、柵の向こうで“決闘”の行方をじっと見守っていたミーケルへと突きつける。


「では吟遊詩人ミーケル、我が妹にかけられた汚名を雪ぎ、名誉を挽回するため、貴様に戦いを挑む。慎んで我が剣を受けよ」


 ミーケルは、オーウェンの言葉を受けて、は、と短く息を吐いた。


「ま、そういう約束だったからね」

 軽く肩を竦め、上着を脱いで横のアライトに預けると、柵を乗り越える。

「だけど、ひとついいかな。

 そうは言っても僕は騎士じゃないし、戦士でもない。剣は本業じゃないんだ。だから僕は僕のやり方で戦うけど、それは構わないね?」

 にっこりと微笑みを浮かべ、確認するように首を傾げるミーケルに、オーウェンは首肯する。確かに、戦いを生業としているわけでもないものを、そのまま打ちのめすのはフェアでない。


「ああ、構わんとも。詩人の戦い方とやらでかかってくるがいい」




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