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あー・ゆー・れでぃ?!  作者: 文化 右


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第6時限目 内緒のお時間 その5

 綺麗な瞳をギラリ、と血走らせるようにして私を睨んでくるけれど、私は一歩も引かず、むしろ近づいて見下ろすようにして視線を合わせ、


「ただ単純に教科書通り教えるだけで彼女にとって何の効果もない、こんな家庭教師などに頼るなんて、節穴だと言うのです」


 なんて言いながら手にした書類を片淵母に突きつける。


「こ、こや――」


「今まで貴方達が娘の学力を引き下げていたというのに、何を言っているの!?」


 不安を隠さない片淵さんの言葉をかき消すようにして、ヒステリックに叫ぶ片淵母は私から書類をひったくるように握りしめる。


「私は彼女と会ってまだ1ヶ月しか経っていません。何でも分かった風に言うのに、私を見てそんなことも分からないんですか?」


 正直、そんなこと超能力者か学校関係者じゃなければ分からないけれど、あれだけ天狗になって語った手前そうも言えないからだろうけれど、ギリリリと強く歯噛みした片淵母は私をめつけたまま、私が押し付けた書類をくしゃりと握りつぶし、噛み付くように言った。


「貴女は関係なくても、都紀子さんの友達が足を引っ張っていたことは事実です」


「何を持って事実と? ……いえ、まあそんなことはどうでもいいです。彼女が伸びなかった理由は友達が足を引っ張っていた訳ではなく、十分に遊んで切り替えが出来なかったからです」


 私の言葉に、はんっと鼻で笑う片淵母


「貴女の目こそ節穴なんじゃないかしら。休憩なんて取って集中力が切れたら何の意味も無いでしょう」


「人間の脳が集中出来るのはせいぜい90分と言われているのをご存じないということですね。それ以上は集中している“つもり”になっているだけで、効率はどんどん落ちるというのに」


 まあ、私もニュースか何かで見ただけで、本当なのかはよく知らないけれど、自分がなんでも知っているつもりになっている人にはよく効く薬だと思う。劇薬にもなるけれど。


「何から何まで私に歯向かおうというのね……!」


 私を睨みつけたままの片淵母はくしゃくしゃの書類を更にくしゃくしゃに握りしめ、


「…………分かりました。じゃあ、貴女に都紀子さんを任せます。遊びに行こうが何しようが構いません。もし、GW明けの中間テスト、都紀子さんが教科総合で学年10位以内に入ったら、貴女の言うことを何でも聞きましょう。ただし、もし10位以内に入れなければ今後一切娘には近づかせない上、学校に訴えて貴女を退学させます」


 と言うから、私だって売り言葉に買い言葉。


「どうぞ、ご自由に」


「お母様! こ、小山さんも!」


 おどおどというか、おろおろというか。そんな片淵さんの様子を見ながら、それでも頭に血が上った私は目の前の分からず屋にそう答えた。


「であれば、この書類は不要です。好きにしなさい。本当に“とても良い”友達を作りましたね、都紀子さん。……ああ、それとテストが終わるまで、家に帰ることは許しませんよ」


 実に厭味ったらしく、片淵さんにそう言い放った片淵母は最後にもう1度だけ私を睨みつけてから、家に入っていった。


 はぁぁぁぁぁぁ、と私が大きな溜息を吐いたら、


「小山さん! あ、貴女、馬鹿なの!?」


 なんてとても酷いことを言われた。そう言えば、名字で呼ばれたのは最初に会ったときだけだったなあ、なんてことを余裕が出てきたから思ったり。


「私、私……っ、順位下から数えた方が早いくらい馬鹿なんだよ!」


「さっき学校で聞きました」


「それなのに、今回の中間で10位以内とか無理に決まっているでしょう!?」


「何でそう思うんですか?」


「今まで出来なかったからに決まっているじゃないですか!」


「今まで出来なかったら、今回も出来ないんですか?」


「あ、当たり前じゃん!」


「やってみてもないのに?」


「それは……やってみるまでもないから」


 言いながら俯く片淵さん。


「……旅行、行きたくないですか?」


「そんなことしてる場合じゃ、」


「そんなことしてる場合です!」


 食い気味に、私は片淵さんの両肩を掴んで言い返す。


「高校3年生のGWは1度きりです。私は、最悪学校辞めさせられてでも、片淵さんとの思い出を作りたいです。まあ、学校を辞めるつもりも無いですが」


 まあ、最悪辞めることになってもそれはそれで、と思うし。お父さんとお母さんには怒られるかもしれないけれど。


「……どれくらい本気で、私が学年10位以内を取れると思っているんですか、小山さん」


「んー、正直五分五分ですね」


「…………あははっ、まあ半分なら上出来カナー、にゃっはっは」


 最後はいつもの笑顔で、片淵さんはそう答えた。


「……まあ、準にゃんがさ、そこまで私のこと考えて怒ってくれたのは素直に嬉しいんだよねー、うん。ま、だからアタシもアタシで頑張ってみるよ。……っと、じゃあ着替えと楽譜だけ持って、寮に行こー。家追い出されちゃったから、寮に泊めてもらうしかないねー」


「楽譜ですか?」


「うん。まあ、勉強はさておき、ピアノの発表会は恥かきたくないからねー」


「なるほど、確かに」


 それはそれ、これはこれ、ということかな。


「ということで、ちょっと待ってて」


「はい、いってらっしゃい」


「あいさー、行ってくるよー」


 そう足取り軽く家に入っていく片淵さんを見送っていたら、


「なんだい、騒がしいね」


 唐突に通りすがりのおばあさんにギロリと睨まれた。


「あ、す、すみません」


「全く、何だいさっきの大喧嘩は。近所迷惑も良いところだよ。お前さんの友達が出てきたら、さっさとここを離れるんだね!」


「は、はい。分かりました!」


 おばあさんは年を感じさせない足取りでせかせか歩いていってしまった。うう……怖かった。この家含めて、周りまで怖い人ばっかりだ。まあ、少なくともきっかけを作ったのは自分といえば自分なのだから自業自得と言えばそうなのだけど。


 しばらくして、制服に着替えた片淵さんが大きなボストンバックを肩に掛けて出てきた。


「んじゃあ、行こっかねー」


「制服ですか」


「いやー、私服にしようって考えたんだけど制服がさー、ハンガー無しで鞄に突っ込むとくしゃくしゃになるなーって思って。仕方がないからひとまず制服着ちゃえって。やっぱ、休日に制服ってヤバイかねー?」」


「いえ、まあ大丈夫だと思いますよ」


「そっかねー。んじゃあ、しばらくよろしくねー。あー、それと……紀子ちんと真帆ちんにも話しとかないとねー」


「……良いんですか?」


 今までずっと内緒にしている様子ではあったけれど。


「んー、まあここまで色々あったら、もう何だか全部ひっくり返したい気分になってきちゃってんだよねー。だから、まあいいかなって」


「ですか」


「ですにゃー」


「それじゃあ、寮に戻ったら2人で電話しましょうか。多分、正木さんも岩崎さんもすぐに飛んできますよ」


「あっはっは、あの2人も心配症だからねー」


 そう言いながら、私よりも先に歩き出した片淵さんが人差し指で目元を拭ったのを私は見ないふりして、少しだけ時間を置いてから並んで寮へ向かった。


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