第30時限目 遊歩(ゆうほ)のお時間 その15
「ふぅ……」
段差に座って、相変わらず大きく溜息を吐いている千華留に私たちが近寄る。
「千華留、大丈夫?」
「ああ、華夜……うん、大丈……!? あ、ああ、小山さんですか……良かった」
一瞬、かなり驚いた表情を見せて、すぐに胸を撫で下ろす千華留。
原因は明確で、千華留たちは“あの2人”に散々振り回されていたらしいから、もしかしてもう戻ってきた!? と思ったのだろうけれど、私です。
……しかし、これはかなり重症だなあ……。
「大変そうだね」
「ええ、まあ……というか……あの2人、あまりにタフ過ぎるんです……」
千華留から聞いた話によると、ここは有名な観光地だからかなり名所はあるのだけれど、物理的に時間が許す限り、あれもこれもと目的地に入れて、とにかく写真を撮りまくろうとしていたらしい。
流石にそのペースだと何も見てる暇がないからと、半分……いや、3分の2くらいまでは減らしたらしいのだけれど、それでもほとんど休みなしで走り回るような状態。
どれくらいのペースかというと、今日中に14箇所巡る予定で、既に5箇所終わっている……らしい。
お昼はカロリーバーで済ませ、ほぼタッチアンドゴーで見て回って……いや、ほとんど見ていないのかな。
確かに写真部の2人だから、写真を撮ることが生きがい、みたいなところはあるだろうけれど、ちょっとハイペース過ぎるとは思う。
更に、華夜が補足する内容によると、私たちが行った大きな滝みたいに、待たないと入れないような場所は後回しにしているから、後半になったら少しは休憩できるし大丈夫、と“あの2人”は言っているらしい。
「なので、これからも多分、走り回ることになりそうで……」
「……」
思っていたよりも、数段くらい上の大変さで、私はちょっと考え込んだ。
……このままだと、多分千華留たちにとって修学旅行は嫌な思い出の積み重ねだけで終わってしまう。
浅葱と風音は楽しんでいるだろうけれど、2人だけが楽しくて、華夜と千華留は楽しくない……それは良くないと思う。
ただ、浅葱と風音もこの2人を蔑ろにしたいとか、そういうわけではなくて……自分たちの世界がある、というかありすぎて、ちょっと癖が強すぎるから、千華留や華夜がついていけないのだろう。
……写真部がずっと2人なのも、それが原因のような気もする。
「いやー、撮った撮った」
「ですわねぇ」
私がそんなことを考えていると、満足げな浅葱と風音のわんぱくコンビが帰ってきた。
途端に、ひっ……と千華留の表情が曇り、比較的無表情だと思っていた華夜の眉が動いたのが見えた。
……よし。
帰ってきた2人に、私は笑顔で声を掛けた。
「2人共、色々撮れた?」
「ん? おー、準やないか。おう、ええ感じのが撮れたで」
白い歯をニッと見せて、まず浅葱がそう返事した。
「ええ、本当に。あのドラマは私たちも良く見ていましたからねぇ……所謂、聖地巡礼が出来て満足ですわぁ」
風音も胸にカメラを抱いて、目を瞑り、恍惚の表情を浮かべている。
「そっか」
2人も正木さんたちと同じドラマを見て来たんだなあ。
「ねえ、写真……ちょっと見せてもらって良い?」
「ん? まあ、ええけど……結構、時間ないんよなあ。ちょろっとだけやで」
「ですわねぇ」
そう言いながら、大きな一眼レフカメラの裏に付いているデジタル表示画面を風音がこちらに向けてくれた。
謝辞を告げて、私がボタンを押すと、確かに色んなアングルで、それも綺麗に風景や浅葱が映っている。
……そう、映っているのは風景か浅葱“だけ”。
「……」
「良く撮れているでしょう?」
ふふん、と主張が強くない胸を主張する風音。
「うん、凄く綺麗に撮れてるね……」
一瞬だけ、言うべきかどうか逡巡したけれど……でも、言わなきゃ。
角が立つとは分かっているけれど。
「……本当に綺麗に、浅葱と風景“だけ”が映ってるね」
私の言葉に、
「……ちょっと、準。今のはやけに引っかかる物言いですわねぇ?」
風音が私の言葉にむっとした表情を見せた。
浅葱の、私を見る視線もかなり鋭いものに変わる。
でも、ここは私が言わないと。
「うん、分かってて言ってるよ」
「……どういう意味ですの?」
ギリッ……と歯ぎしりが聞こえそうなくらいには表情が歪む風音。
「そのままの意味だよ。旅行の写真なのに、何で浅葱と風景だけしか映ってないのかなって」
「何故って……私たちは写真部ですから――」
「違うよ。今日は写真部の活動じゃない。修学旅行なんだよ」
私はそこまで言って、真剣な視線を風音……そして浅葱に向けると、2人共私の視線から逃れるように、視線を泳がせた。
「2人だけじゃない……”4人”で旅行に来ているんだよ」




