第30時限目 遊歩(ゆうほ)のお時間 その12
確かに、少し冷えるかもしれない。
これが真夏だったりしたら、きっと涼しくて丁度良いのだろうけれど、今の季節は秋も深まった頃。
滝に近づけば近づくほど掛かるしぶきの量は増えるし……これは失敗だったかな。
周りの人たちを見ても、ゆっくり滝を見る人や動画を撮影する人よりも、早めに撮影を切り上げて、そそくさと離れていく人が多い気がする。
滝に1番近いところの人口密度が低いところからしても、ほぼ確実だと思う。
あれだけ並んでいた列が案外早くはけてしまったのも、寒くてあまりここに長居したくないからと、すぐに上りのエレベーターに戻っていく人が多いからかも。
ただ、地上に戻りたい勢に対して、エレベーターの搬送能力の方が劣っているようで、結構エレベーター前が混雑しているのが見える。
つまり、しばらく足止めされることは目に見えている。
私は冷えるといえば冷えるけれど、少し薄めの長袖シャツを重ね着してきていたから、我慢出来る程度……なら。
「……」
私は皆と話をしながら、そっと滝に近い方に立つ。
……今回も自分の大きな身長が役立つならいいのだけれど。
「……んふふー」
しばらく目をぱちくりさせていた都紀子は、私が立ち位置を変えた意味に気づいたみたいで、私の背中をぺしぺしと叩く。
正木さんも同じく、小さく会釈をして、出来るだけ私の陰に立つようにしていた。
真帆はまだまだ元気みたいで、
「まー、確かにちょっと涼しいけど、別にそんな言うほど?」
とあまり寒さを感じていない様子。
部活をしていると代謝が良くて寒くないのかな?
「ほらほら、折角来たんだし、とりあえず全員で撮ろ!」
真帆の合図で私たちは集まって、真帆が少し下からスマホのインカメラで、後ろの滝のてっぺん辺りまで入るように調整して撮影。
「……うんうん、いい感じじゃん! しっかし、でっかいなー。この下で滝行とかしたら、精神鍛えられるかな?」
「その前に命がなくなりそうだね……」
私たちがそんな話をしながら、私たちの後ろをちらっと見ると、写真ではギリギリ笑顔を作っていた正木さんと都紀子はまた寒さで自分の身を抱くようにしていた。
その2人にとって良かったのは順路を進む人の流れが全体的に早かったから、私たちも滝の前を早めに通過しなければならなかったこと。
しばらくして、また寿司詰めエレベーターで地上の土を踏みしめた私たちの内、3人は大きな溜息を吐きながらハンカチで髪の毛に付いたしぶきを落としていたのだけれど、まだまだ元気が有り余っている約1名は、
「紀子、次ってどこだっけ? お寺?」
と正木さんに確認を取る。
「えっ? ……あ、ああ、うん。そうだね」
「オッケー。で、道は……あっちだね。よし、行くぞー」
スマホを見ながら、道の向こうを指した真帆はずんずん進んでいくのだけれど、その真帆に後ろからストップの声が掛かった。
「あー、真帆ちん真帆ちん。ちょっち待ってもらえるかねー。まだ時間、結構ありそうだし、あっちの方に足湯があるっぽいから、寄っていこうかー?」
「足湯?」
ずんずん歩き始めた真帆が振り返って、スマホを見ていた都紀子に言う。
「うん、この辺りは温泉もそこそこ有名みたいでねー。無料の足湯スポットがあるみたいだねー」
「足湯かー……」
真帆が腕を組んで考え込む。
……正直、このしっとりガールズの状態で残りの行程を進むのは非常に危険だと思う。
着替えはバスの中に置きっぱなしにしてあるダッフルバッグの中……今持っているのは少し小さいショルダーバッグだけだから、財布とかスマホ、小さな折りたたみ傘とかその程度。
本当はタオルとかもこのカバンに入れてくれば良かったけれど、こんな季節だから汗もかかないだろうし、雨も降らなさそうだったからと持ってこなかった。
1度、何処かで温まるというのは名案だと思う……ので。
「さっきの滝も結構人の流れが早くて、あまり長居出来なかったし、今日結構涼しいから、足湯はいいと思うな」
「そ、そうですねっ」
私の同意に、更に正木さんも乗っかる。
「まー、確かにちょっと今日寒いもんね」
「うん……って真帆、ほらハンカチ。髪、拭いた方がいいよ」
真帆の髪を正木さんが拭きつつ、私たちは都紀子が調べてくれた足湯スポットに向かう……と言っても歩いて5分経たないくらいの場所で、もしかすると同じようにこの時期に滝に来て、冷えた体を温めるために設置しているんじゃないかなって思うくらいの利便性だった。
横長の瓢箪状の非常に浅い浴槽があり、その中に温泉が湧き出している。
その浴槽を囲うように長椅子が置いてあって、そこに座って足を浸けるというスタイルだったのだけれど、今日は肌寒いからか、それとも私たちと同じように滝を見に行って体が冷え切った人たちが来たのか、4人並んで座るのは結構厳しそうだったから、2人ずつに分かれることにした。
「……はぁ……」
足をお湯につけて、溜息を漏らす正木さん。
「大丈夫ですか?」
「ええ……なんとか。片淵さんが足湯を見つけてくれて助かりました」
安堵の表情を浮かべる正木さん。




