第30時限目 遊歩(ゆうほ)のお時間 その10
到着早々で悪いけれど、私は羽海にこのお店のことを説明した。
「名前は大丈夫。真帆がさっき代わりに書いてくれてるから。ここ、正木さんが見つけてくれたんだけど……お蕎麦と川魚しか選択肢がない代わりに、その分結構回転が早いみたい。私たちも後2、3組くらい後に呼ばれると思うよ」
「へー、なるほどねえ……。結構並んでるから心配だったけど、それなら大丈夫っぽいか」
羽海が後ろの4人……いや、正確に言うと3人と1台に視線を向ける。
「美夜子ちゃんはお魚好き?」
「……小骨がやだ」
「あ、分かります分かります。私も小骨は嫌なので、お蕎麦だけにしようかな」
立ったままの渡部さんはさておき、智穂、みゃーちゃん、ほのかのやり取りの切れ目を狙って、
「とりあえず、待ってればいいってさー」
と羽海が大きな声で言うと、三者三様だけれどオッケーの反応が返ってきた。
「そういや、準たちは何処回る予定?」
「えっと、近くにある大きな滝……名前忘れちゃったけど、まずはあそこかな」
「あー、大通りからちょっと離れたとこの渓谷にあるやつ? あそこの周辺、紅葉が綺麗だって聞いた。ここの紅葉は有名だから、テレビのロケとかでも使ってるらしいし。あ、ロケといえば、アタシもこの前――」
楽しげな羽海のトークを聞いていたら、
「えー、4名でお待ちのおやま……様? こやま様?」
とお店の人がはっきりしない感じで名前を呼びながら、近くをうろうろとする。
……あれ、もしかして?
「あ、小山です」
「ああ、小山様。外のテーブル席の準備が出来ましたので、こちらへどうぞ」
女性の店員さんが愛想良く、お店へ案内してくれるから、話が途中で切り上げられてしまったけれど、私たちは羽海たちに手を振って、店員さんの後をついて行った。
結局、待ち時間としては20分前後くらいだったかな?
「結構、早く座れたねー」
「だね」
着席して、おしぼりで手を拭き、ほっと一息ついたのも束の間。
私は山菜蕎麦とヤマメを頼んで、確かに美味しかった……のだけれど、注文してからものの5分で全員分の注文の品が届いたし、周りの人も割と食事を終えたらすぐに席を立っているようだったから、私たちは何だか急き立てられるようにしてお店を出ることになった。
ちなみに、席を立つまでが早すぎたからか、羽海たちはまだ呼ばれていなくて、さっきと同じところで何やらスマホを皆で見ていたから、私たちは声を掛けずにそのまま次の目的地へ足を向けた。
「味は悪くなかったけど、ちょっと落ち着かなかったねー」
都紀子の言葉に、皆が頷いた。
「遅くて食べられないよりはマシだけど、もうちょっとゆっくりしたかったよねえ……ま、色々回るところあるからいっか。で、次は滝だよね?」
「うん」
真帆の確認に、正木さんが答えた。
「でー、場所は……」
スマホの地図で場所をチェックする真帆。
「……こっからだと歩いて15分くらいか」
「そうだね。ただ、お昼ご飯が結構早めに済んだから、慌てなくてもよさそうだね」
「確かにねー」
そういう意味ではお店を変えておいて正解だったと思う。
……ちなみに、ちらっとさっきコミューで件のお店を調べたら、更に赤い棒グラフが後ろにも伸びていて、本当に止めておいて良かったと思った。
老舗のお蕎麦屋さんらしいから、ちょっと残念ではあるけれど。
「あ、綺麗!」
滝までの道中は相変わらず人が多く、油断すると人波に取り込まれて何処かへ流されてしまいそうだったけれど、比較的感情を強く出さない正木さんが突然声を上げたから、私たちは思わず正木さんに、そして恥ずかしそうに顔を赤らめた正木さんが見ていた方へ視線を向けた。
「おー、紅葉だー」
さっき羽海が話していた紅葉が見られる場所、というのはこの辺りのことかな?
目的地への道の途中から分岐した道の先。
左右に楓や紅葉などの木々が並んでいる通りがあって、人々が立ち止まっては木々のアーチを見上げて写真を撮ったりしていた。
「……んー、こっちの道から行っても、5分くらい遠回りになるくらいで、ちゃんと目的地までは行けそうだねー」
スマホをぽちぽち触っていた都紀子がそう言う。
「マジで? なら、ちょっと寄ってこ。紀子があんな声出すくらいには綺麗だし」
「う……うう……」
顔を覆う正木さんと、その背中を軽くぽんぽん叩く都紀子に苦笑しながら私を最後尾にして、私たちの班はお昼ご飯の時間が早まった余裕の分だけ、紅葉を楽しむことにした。




