第30時限目 遊歩(ゆうほ)のお時間 その4
「うわー、結構混んでる」
「今のタイミングで止まってて正解だったかもね」
サービスエリアで停車したバスから下りてお手洗いに向かうと、女性用のお手洗いの入口は長蛇の列になっていた。
この先が渋滞中ということで、皆が今のうちにトイレを済ませておこうと考えているのだろう。
「こりゃ、バスに戻るまで結構時間掛かりそうだねー」
「うん」
私たちは“女性”の列の最後尾に並んでしばらく待つ。
……うん、まあ、3人も一緒に居るし、格好が格好だから、自然に女性側の列に並んでいるわけなのだけれども、正直かなりこの生活に慣れてしまった。
つまり、元の生活……“男性”としての生活に戻った後、無意識に女性側の列に並ぶということをしかねないのでは? と心配している私が居る。
学校のトイレとかも教師用以外は女子トイレしかないし、寮もトイレは女性用しかない。
お風呂だってそうだし、プールの更衣室も女性側。
……本当に、男としての生活に戻れるんだろうか……。
「準にゃーん?」
「あ、うん。大丈夫、大丈夫……えっと、それでどうしたの?」
多分、眉間に皺が寄っていたと思うから、力を抜いてから尋ねた。
「準ならどれを諦める?」
「えっ、諦める?」
突然、結構ネガティブなワードが真帆から飛び出して、私は問い返す。
「ほら、このままだとバスが到着するの結構遅れそうじゃん? で、そうすると自由時間が短くなるじゃん? ってことは目的地、どれか諦めないと駄目っぽそうじゃん? って話。だから、もし諦めるならどれにしようかって」
「あー……そっか」
当然の帰結と言えばそう。
「あたしは滝を諦めて、テルが出てたあのドラマのとこ行ってみたいんだけど」
「うーん、アタシはむしろ滝を見てみたいねー。落差が300mくらいあるって聞いてるし、なかなか迫力ありそうだからさー」
「そりゃ滝も見たいけど、お蕎麦屋さんと逆方向なんだよねえ」
地図アプリを開いている真帆のスマホ、そして正木さんのメモを皆で覗き込んで、うーんと唸る。
「小山さんはどうですか?」
「私? うーん……」
時間が無くて、行くのを断念せざるを得ない……つまり、特に時間が掛かりそうな場所……とすると。
「……お蕎麦屋さん、かな」
「え? あのお蕎麦屋さん、めっちゃ有名じゃん! っていうか、お蕎麦とか食べるのすぐだし、止めてもあんまり変わらないでしょ?」
私の言葉に真帆が抗議する。
正木さんと都紀子もどちらかというと真帆の意見に賛成している表情。
「うん、食べるのには全然、時間は掛からないと思うんだけど……」
首を傾げる3人に、私が続ける。
「多分、ただでさえ有名店だから物凄く並ぶのに、渋滞が解消して人がいっぺんに雪崩込んだら……」
「……あー」
3人共、私が言いたいことを察してくれてはいると思うけれど、ちゃんと説明しておく。
「多分、見て回るだけなら最悪……忙しないけど、それぞれの場所で写真撮ったり動画撮ったりしてすぐに移動、みたいなのも出来ると思う。でも、食事の場合は人によって終わる時間も違うし、いつ入れるか分からないまま、今みたいに行列に並んで動かないのが1番大変かなって」
私の説明に、皆が一理ある……という表情を浮かべている。
「確かに、それならお蕎麦屋さん諦めるのが1番正解かも。でも、他にこの辺で何か有名なものあったっけ?」
「うーん、なんだろうねー」
各々がスマホで調べていると、
「川魚を食べられるお店があって、そこなら外のテーブルも数が多く、回転率もいいからおすすめ、とこの辺りの食べ歩きレポートをしている人が紹介していますね」
と正木さんがスマホの画面を私たちに向けながら言った。
「川魚?」
「ヤマメとかイワナとかかねー?」
「はい。後、そこでもお蕎麦は置いてあって、川魚が乗ったお蕎麦が人気みたいなので、どうでしょう?」
正木さんが確認の言葉を発するから、私たちはほぼ同時に首肯した。
「良かった。これで……っ!?」
何気なく視線を向けた先に“白い手袋”が私の視界の端に映った。
その手袋から、つつつ……と私の視線はその女性の体を伝い……そして、黒い髪に長い切れ長な目に辿り着く。
……見覚えのある人物、私が絶対に会いたくない元クラスメイトが遠くに見えた。




