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あー・ゆー・れでぃ?!  作者: 文化 右


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第29時限目 出立(しゅったつ)のお時間 その24

「確かにお母さんとは色々あったんだけど、最近私に期待してくれてることを、いいなって感じることもあってねー」


 布団の上で胡座あぐらをかく都紀子ときこの説明はまだ続く。


「ピアノ弾くのは嫌いじゃないし、どこまでやれるかは分からないんだけど……この前、小さいコンクールで優勝してねー。そのとき、お母さんがすごく喜んでくれて……だから、出来るところまでは頑張がんばってみようかなーって」


「それはいいけど……無理はしてない? ホントはもっと行きたいところとかないの?」


 ちょっと心配そうな真帆まほの言葉に、うーん……と天井を仰ぐ都紀子の答えは、


「んー……正直良く分かんないや、あはは」


 だった。


「お母さんの機嫌がいいのは今だけかもしれないし、お母さんみたいに先生とかプロとかでやっていけるのかは分からないしねー。ただ……」


 都紀子はほおきながら、苦笑した。


「……どうなりたいのかとか、何がしたいのかが全然分かんなくて、でも出来ることはある程度分かってて。だからこそ、お母さんが求めてるところにそのまま行くっていう選択肢せんたくしもいいかなって思ってる、って感じだねー。まー、まだまだ迷っちゃってるけどさー」


「そっか……そういうのもアリなんだ」


 都紀子の返事を聞いて、真帆がまたぽふっと布団に体を預け、正木まさきさんに視線を向ける。


「……紀子のりこもいいの? お父さんとお母さんが外に出したくないからー、で近い学校に行くって感じで」


 真帆の言葉に、正木さんは視線を自分の絡めた両手に落としてから言った。


「私は……うん、お母さんもお父さんもあまり心配させたくないし、それでいいかなって。後、学力的にも丁度良さそうだったし」


「……そっか」


 そう溜息ためいき混じりに真帆が言った後、


「……あたし、もしかすると家を出たいと思ってるのかも」


 とつぶやいた。


「え、真帆、もしかして家出……!?」


 正木さんの言葉に連鎖して、私と都紀子も思わずばっと視線を真帆に向けると、体を起こした真帆が首を横に振った。


「あー、ごめんごめん、そういう深刻なやつじゃなくてさ。なんていうか……うちってお母さんたち帰って来るの遅いから、部活終わって家に帰ってきても、まず弟の世話とか家事とかやんなきゃいけなくて。夜にようやく自分の時間が出来るって感じになってる毎日だからさ、自分の時間があんまりないんだよね」


「ああ……」


 そういえば、真帆の家に行ったとき、総一そういちくんと光一こういちくんのお世話をしていた姿を思い出した。


 こういうのなんて言うんだっけ……ヤングケアラー?


「だから、大学で一人暮らししたら、自分の時間がもっと出来るかなって。だから多分、大学何処に行きたいとかよりも家を出る理由探してる。何か自分の将来がどうこうっていうよりも、遠くの大学に行きたいなって思ってるだけで、何も決められてないっていうか」


「……」


 私も小学校くらいの頃は両親が遅くて、綸子りんずと2人で夜まで生活していたけれど、真帆みたいに家事があれこれ出来る方ではなかったから、むしろそういうところは綸子の方に助けてもらってた気がするし、何より中学からりょうに住むようになってしまった。


 だから、きっと本当の意味では私に真帆の悩みは分からなくて……何も言えなかった。


 少し静かになった部屋で、都紀子の声が耳に届いた。


「……じゅんにゃんはどう? 進路とか、ご両親とは話をしてるのかねー?」


「うちは――」


 そもそも、通っている学校についての話……女子校だっていう話も、学校内でも女装をしていることも話ができていない。


 つまり、私も親と話が出来ていない方。


「――勝手に進学のつもりでいるけど、親とは全然話してないかな」


「そっかー。そうなると、修学旅行の後の三者面談は皆、アタシたち全員大変だねー」


「あー、そういえば……」


 言われて思い出した。


 修学旅行も終わったらすぐに期末テストがあって、その結果を見て三者面談、そして進路決定。


 ……ずっと考えないようにしていたけれど、もう本当にすぐそこにせまっている。


 沈痛ちんつうな空気に包まれ始めたところで、


「あー、やだやだ! そんな面白くない話やめやめ! 折角せっかくの修学旅行がつまんなくなる!」


 と真帆が話題を断ち切った。


「確かに、それはそうだねー」


「そんな話、するくらいならさー……」


 真帆が新しい話題を提供しようとしたところで、


「こらー! 『百合ゆりの間』明かり点いてるぞー! まだ起きてるかー!」


 と廊下ろうかの方から咲野さきの先生の声が響いてきた。


「げ、先生来た!」


「電気電気!」


 そう言って、あわてて私たちは電気を消し、布団ふとんもぐり込む。


 ……将来の夢とか、どうなりたいとか。


 そういうのは全然分からないけれど。


「……また、皆でこうやって……集まれたらいいよねー……」


 小さく聞こえた都紀子の言葉に、私たちは同意の言葉を返すと、思っていたよりも疲れていたのか、そのまま意識は夜に溶けていった。


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