表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あー・ゆー・れでぃ?!  作者: 文化 右


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

936/960

第29時限目 出立(しゅったつ)のお時間 その21

 ねこちゃん救出作戦中というのにも関わらず、親の心子知らずとばかりに、救出対象は私に威嚇いかくを繰り返す。


 これは君の為なんだよという思いを秘めつつ、私は優しい声をけ続けながら着実に手を伸ばす。


 手が3センチ近づくと、猫が1センチ離れる……くらいのペースで、何秒後に手が猫ちゃんに到達するか求めなさい、という計算をしたらきっと答えが20秒掛からないくらい? という程度の距離感。


「あ、危ないからやめた方がいいにゃ」


「みゃーちゃんが言いたいことも分かるけど、今やらないとこの子、きっとこのままここに取り残されちゃうから」


 普段から人通りが多いところなら、私が頑張がんばらなくてもだれかが通りかかって助けてくれるかもしれない。


 でも、この周辺にはさっきからずっと私たち以外の人間の存在がない。


 つまり、この場所は今日はもう誰も通りかからないかもしれない。


 誰か通りかかったとしても、日が暮れてしまって見つけられず、そのまま通り過ぎてしまうかもしれない。


 そのまま猫ちゃんも眠気に誘われて、木から転げ落ちて落ちてしまうかもしれない。


 かもしれない、かもしれない……が積み重なって、私は見過ごすことが出来なかった。


「……だから今、助けてあげたいの」


 じりじりと手を近づけると、シャーシャーモードの白黒猫は、私から更に距離を取ろうと背中を向けて、更に枝の先へ向かう。


 さっきの計算だと20秒くらいだったのに、これじゃあ30秒経っても捕まえられない……けれど、こちらを見ていない今がチャンス。


 多少のダメージは覚悟かくごして、私はぐいっと体を乗り出し、猫の首根っこをつかんだ。


 当然、大暴れするのだけれど、もう片方の手で木の幹を抱えてから、木からけ下り――下り際で足を滑らせて、柔らかい落ち葉の上に背中から倒れ込んだ。


「ふがっ!」


「大丈夫にゃ!?」


「……う、うん、大丈夫」


 落ち葉が沢山たくさんあったお陰で、自然のクッションになってくれたこと、長袖ながそでに長ズボンだったことで、少し手のこうりむいただけで済んだ。


 もちろん、猫ちゃんの方も無事。


 猫ちゃんを庇うため、倒れ込む前に体をひねって背中から落ちたから、背中とおしりしたたかに打ち付けたけれど、大怪我おおけがはせずに済んだ。


 今までも色々と前科があったから、これでもし怪我なんかしようものなら、先生たちから『卒業まで旅行絶対禁止令』とか出ていただろうし、それよりもまず目先の問題として、明日からの自由時間が私だけゼロになっていただろうと思うから、本当に良かった。


 ……うん、だったら無理するなと言うのはよく理解は出来るのだけれど。


 歩道に救出対象を座らせると、もうスピードで私たちの前から走り去って、途中の植え込みの中に消えた。


 あの子も今回の失敗から学んで、あんな高いところにもう登らないようにしてくれたらいいけれど……少なくとも、自分で下りられるようになるまでは。


 一安心したところで、そういえば私、何をしていたんだっけ……? と考え、記憶きおくさかのぼってみると、


「あ゛っ!」


 と思わず大ボリュームの声を発してしまったから、あわててボリュームを再調整。


「……あ、あの、みゃーちゃん? さっきの話の続きだけど……」


 隣のみゃーちゃんを恐る恐る見ると、さっきの猫が逃げていった方を私と同じようにぼんやりと見ていたのだけれど、私が掛けた言葉に対して、


「……もう、大丈夫にゃ」


 と返す。


「いや、でも……」


 視線を空に向けたみゃーちゃんにつられて見上げた空は、紅色べにいろ紺色こんいろに混じり、我先にと輝きを主張する星がいくつか見え始めていた。


「もう、時間はあまりないにゃ?」


 そう言われ、またまたはっとしてスマホの画面を見ると、確かにそろそろ帰らないと夕食に間に合わない。


 でも、みゃーちゃんが抱えている問題は――


「ピーマン」


「え?」


「……あの雨海あまがいとかいうやつ、みゃーが嫌いなピーマンを食べろってうるさいんだにゃ」


 ふんす、と鼻息を飛ばすみゃーちゃん。


「…………えっ」


「その文句もんくを言いたかっただけにゃ。だから……」


 みゃーちゃんはそこで1度言葉を区切ってから、


「心配しなくていいんだにゃ」


 にっこりと笑った。


「…………」


 ピーマンの話自体は本当だろうと思う。


 でも、みゃーちゃんの視線はそれだけじゃないことを物語っていた。


 とはいえ、今ここで無理に話を掘り下げようとしても、みゃーちゃんは応じてくれないと思う。


 ……だから、今は。


「……それじゃあ、帰ろっか」


「うん」


 私はそれ以上何も聞かず、みゃーちゃんの、夜風で少し冷たくなった手を取って、共に旅館へ歩を進めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ