第29時限目 出立(しゅったつ)のお時間 その20
旅館の近くには林を迂回するような形で小道があって、私はみゃーちゃんの手を引きながら、出来るだけゆっくり歩いていた。
身長も、歩く歩幅も違いすぎるから、多分気をつけ過ぎるくらいにゆっくり歩いてもみゃーちゃんにとっては丁度くらいだろうから。
少しずつ日が傾いてきたし、土地勘もないから、あまり遠くまでいかずに座れる場所……と周囲に視線を配って歩いていると、質素な小屋……にも満たない、ただ囲いだけがあるバス停があった。
田舎だから当然というべきか、既に最終バスは終わっているから、この場に座っていても誤ってバスが止まることはないだろう。
そう思った私は、みゃーちゃんと共に座った。
ぎしり、と古びた木で出来たベンチが鳴る。
「……」
「……」
みゃーちゃんが話を切り出すか、それとも私の方から声を掛けるべきか悩んでいたけれど、ずっと静かに俯くみゃーちゃんを横目に見て、きっとこのままだと切り出せないのかもしれないと思って、
「……そういえば、みゃーちゃんは今日のお昼ごはんは私たちと同じ駅弁だった? 全部食べられた?」
と1番当たり障りのなさそうなところから、話題を振ってみた。
みゃーちゃんは口を開くか少し悩んでから、
「……半分くらいにゃ」
と言葉を発した。
「そっか。どれが1番美味しかった? 私は鮭かなー」
「……エビフライ」
「そういえばエビフライあったね。ちょっと小さめだったけど」
私は何とか話を繋ごうと、話題を捻り出すけれど、みゃーちゃんは淡々と必要最低限のことだけ返す。
……むうん、まだ硬い感じ。
あの班の、何がそんなに悪かったんだろうか。
まあ、羽海は……馴れ馴れしい感じでみゃーちゃんに喋ってくるだろうけれど、ほのかは……どうだろう、でもそんなに悪いようにはしないと思う。
智穂とはかなり仲良しと見えたし、後は渡辺さんと考えると、正直なところほぼベストに近い選択だったはずなのだけれど……。
こうなったら、もうストレートに聞くしかない。
今の感じからすると、このまま回り道をした質問を繰り返しても、みゃーちゃんは答えてくれない気がする。
意を決して、私がみゃーちゃんに問うぞ! と口を開いたところで。
「にゃーん……」
悲しみ混じりの、猫の鳴き声がした。
私も、そしてさっきまで地面しか見ていなかったみゃーちゃんも、やはり猫の飼い主だからか、はっと顔を上げて周囲を見回す。
バス停の囲いを出て、前後左右に視線を向けるけれど、一向にその姿は見えず。
植え込みなどを探していたのだけれど、もう1度聞こえた鳴き声が随分と高いところにあるような……? と暮れかけた空に視線を向けた私は、
「……あっ、居たっ!」
と上ずった声を出してしまった。
テオも昔あったのだけれど、キャットタワーの上まで上がったはいいものの、下りることを考えずに最上段まで登ってしまった結果、自力で降りられずにみゃーみゃーと悲しそうに鳴いてたことがあったっけ。
白と黒の子猫……というには少し大きい猫が、木の枝の上に立って、眼下の私たちにヘルプを求めているようだった。
首輪はしているから、飼い猫のようだけれど……さっきから周囲は人っ子一人通らないし、車も走っていないから、飼い主らしき人は見当たらない。
周囲から聞こえるのも鈴虫の音色と風の音だけ。
「……どうしよう」
いつもの語尾を忘れて、みゃーちゃんが空を仰ぐ。
「ちょっと待ってて」
「準、どうす……えっ?」
太い幹に、沢山枝分かれ。
足を掛ける場所は多い……つまり、木登りはしやすい方の木だと思う。
まだ勉強漬けではなかった小学校の頃には木登りをした覚えがある。
そのときの感覚……を思い出せているかどうかは定かではないのだけれど、私の体重を掛けても全然しならないから、これくらいなら造作もなく登れる。
「あ、危ないにゃ……」
「大丈夫」
私はすいすいと登って、猫の近くまで辿り着いた。
猫が居る枝先に体重を掛けると流石に折れてしまうだろうから、ギリギリ枝がしなるかしならないかくらいのところで止まる。
「おいでー」
これが家の近くなら猫用のおやつを取りに帰って、餌で釣る事も考えるけれど、旅行先で猫と遭遇するとは思っていなかったから、そんな都合よく持ち合わせてはいない。
そもそも勝手な餌付けは良くないだろうし。
あまり目を合わせないようにして、敵意がないことを示しつつ、
「猫ちゃん、おいでー」
と手を伸ばして呼ぶ。
猫なで声が撫でられた猫の声から取られたのか、それとも撫でる人の声から取られたのかは知らないけれど、今はとにかく捕獲作戦のために、優しい声を出しながら徐々に手を近づける。




