第29時限目 出立(しゅったつ)のお時間 その19
大浴場は本館1階から外に出て、渡り廊下を歩いた先にあった。
見えてきた東屋が脱衣所らしく、四方が壁に囲まれているものの、天井付近に隙間があるので、秋も深まったこの時期では入り込む風で少し身震いしてしまうかも。
先頭で浴室の扉を開けた真帆が1番手、いつの間にかその後ろを陣取っていた私が2番手で、他の子たちも続々と浴室に入ってくる。
「おー、いい感じじゃん?」
「確かに、雰囲気良いよねー」
ぐるりと中を見渡す晴海の言葉に、都紀子が同意する。
ラッキーなことに、浴室にはまだ誰も入っていなかったから、突然私たちが服のままぞろぞろ入っても、ぎょっとされたりしなくて良かった。
前に都紀子の家の別荘に行ったけれど、あのときに訪れた山奥の温泉よりも二回りくらい大きいくらい。
内風呂だけでも20人くらいが肩を寄せ合う必要がない程度の大きさのお風呂が2つ、ジェットバスや電気風呂、寝湯ととにかく色んな種類のお風呂が楽しめるようだった。
とはいえ、全クラス同時で好き勝手にお風呂に入ったとしたら、間違いなくシャワーヘッドが足りないし、他の利用者の人たちに迷惑が掛かるだろうと思う。
なので。
「広いのは広いですが、全クラスの生徒が入るのは難しいですね……」
「だよねー。ほら、星っち。そういう理由でお風呂入る時間は決められてるんだってー」
「むぅ……しょうがねえなあ」
晴海に説得されて、星歌もこの時間の入浴は諦めた様子。
「あ、露天風呂ありますよ露天風呂!」
そう行って、真理が奥のガラス扉を開けて、外に出るから私たちもそれについていく。
また、外に出るとこちらも20人は入れる岩の露天風呂が1つと壷形のお風呂が6つあり、のんびり風に当たるための椅子も幾つか置いてある。
「すげー、露天風呂もあんのか」
「結構、豪華だよねー」
「外の景色もいいですよ」
お風呂ばかり見ていた私たちに、正木さんが垣根の外を指で示す。
露天風呂の外は渓谷になっていて、遥か眼下の大きな川の上流には大きな滝も見える。
「滝だー!」
「あれくらいならすぐ行ける距離じゃねーか? 暇だし、行ってみるか」
「いや、無理だよ! 大きいから近く見えるけど、案外あそこまで距離があるからね!?」
何気なく言う星歌を必死で止める桜乃さん。
結構いいコンビ……かなあ? なんて思っていたら、
「あ、準、居た居た。部屋に居ないと思ったら、こんなところに」
と私の名前が呼ばれた。
振り返ると、だぼっとしたTシャツにパンツ……ズボン姿の、寮内でもたまに見るゆったりモードの羽海だった。
「ん、どうしたの?」
「あの子がさー……準を呼べってうるさくて」
「あの子……あー、うん」
もしかしなくても、みゃーちゃんのことだろう。
「そういや、今日はどうだったの?」
「んー、まあ普通かな。でも、その辺は本人に聞いた方が早いんじゃね? ……ってことで、準をちょっと借りてくね」
そう言って、踵を返した羽海を見てから、改めて皆の方に向き直り、
「あ、ごめん、ちょっと行ってくる。夕食までには戻って来るから」
と手を合わせてから、私は少し速歩きで羽海に並んだ。
玄関ロビーまで来ると。
「準! もう嫌だにゃ!」
私のお腹にどすんと衝撃を感じる程度の勢いで、みゃーちゃんが抱きついてきた。
後ろで同じ班のほのかと智穂が苦笑しながら、渡辺さんが無表情でこちらを見ていた。
あ、みゃーちゃんの語尾はこんなままだけれど、修学旅行では猫耳は付けていない。
というよりも、最近は寮生になった辺りから、もうほとんど付けていないかな。
峰さんも寮生になってから、割と他の子たちは峰さんを対等な形で受け入れているけれど、一方でみゃーちゃんとはまだ距離がある気がするから……もしかすると、そういうのを気にしているのかも?
「今日はそんなに歩き回ってないと思うけど……歩き疲れた?」
「疲れたし、面白くないにゃ!」
あー、歴史の勉強の延長みたいなああいう資料館みたいなところは、みゃーちゃん的に面白い場所ではなかったみたい。
しかし、今日は明日よりも歩く距離は短かったはず。
「それじゃあ、明日はもうトラックに乗っとく?」
「嫌だにゃ」
「じゃあ……うちの班に来る?」
私がそう言うと、みゃーちゃんは黙りこくってしまった。
さっきの“嫌だ”は別にこの3人が嫌だ……というわけではないのか、本人たちの前でいいたくないのか。
……確かに、本人に聞いた方が早いかもしれない。
「それじゃあ、ちょっとだけ私と散歩しようか。後、30分くらいは時間あるし」
「……するにゃ」
素直に答えたみゃーちゃんの手を引いて、
「よし。じゃあ、ちょっと行ってくるね」
と旅館を出た。




