第29時限目 出立(しゅったつ)のお時間 その17
前にも水族館の裏側には入らせてもらったけれど、あのときは桜乃さんとずぶ濡れになったから一時的に立ち入らせてもらっただけで、ゆっくりと裏側を見て回ることは出来なかった。
そういう意味では初めて裏側に入らせてもらう、と言っていいのかも。
何よりも、前はビルの屋上だったけれどこちらは建物全部が水族館とその水生生物の研究所も兼ねているみたいだから、スケールもかなり違う。
「裏側ってこんな感じになってるんだ」
「あのプール、何も居ないけど何に使うんだろ」
「さあ……質問したら説明してくれるんじゃない? あ、イルカだ」
各々興味があることが違うから、全員の視線の向きも話題も全然違う。
ただ、ほぼ全員が視線が集中したのはラッコやペンギンの餌やりと、水槽の掃除の時間。
残念ながら、私たちが餌をあげることは出来なかったけれど、ガラス越しとはいえかなり近くで餌をあげている様子が見れたし、何よりも可愛いので都度黄色い声が上がっていた。
それと、水槽掃除は専門のダイバーの人が事前にどんなことをするのか説明をした後、実演してくれたのだけれど、清掃が終わったら大きな魚を撫でたりしていて、魚って懐くの!? と驚きの声が上がったり。
研究室の方も入らせてもらって説明を受けた後、最後に自由時間で水族館をグループで回って、玄関口まで戻ってきた私たち。
「イルカのショー、見たかったなー」
「時間が足りないから仕方がないよ」
残念そうに言った真帆に正木さんがそう説明したけれど、言った本人もちょっと残念そうだった。
実際、私も見てみたかったけれど、旅館への移動時間を考えると難しいらしいということで先生たちがNGを出したと聞いている。
まあ、もしイルカのショーが間に合うとなったら、うちの学校の生徒が大挙して押し寄せるだろうから、水族館に来た他の人たちが参加出来ない、なんてことになるかもしれない。
それに、聞くところによるとここのイルカの中にもいたずらっ子がいて、観客席に向かって水を大量に撒き散らしたりすることがあるらしいから、ずぶ濡れで電車に乗らなければならない子が出るかも、となると先生がNGを出すのも仕方がない。
……でも、見たかったなあ。
ちなみに、ラッコがのんびり流されている水槽もあって、そういえば桜乃さんが好きだったなと思い出したりもした。
折角だから、ラッコのキーホルダーを買っていこうかなともちょっと思ったけれど、まだ明日も明後日もあるし、今日はやめておくことにした。
「後は宿に行って、終了だねー」
「もう今日の内容は終わり? 何か早くない?」
「移動もあったからね」
名残惜しいと思いつつも、電車と徒歩で今日の宿に到着。
旅館の入口から少し離れた場所で集まってしゃがんでいる私たちに向かって、咲野先生が声を上げて説明をする。
「しおりにも書いてあるけど、夕食は18時からなので、それまでは各自、部屋でゆっくりしててください。夕食会場は1階の大広間で、時間になったらちゃんと集まってね。それと、お風呂は21時まで。毎年時間オーバーして入ろうとする子が居るけど、ちゃんと時間は守ってくださいね。あ、それと22時には消灯なので、それまでに歯磨きとかも含めて、全部済ませておくようにお願いします! 以上、何か質問はー?」
誰からも質問が出なかったため、
「各班の代表者は担任の先生から部屋の鍵を受け取ってください。じゃ、解散!」
と咲野先生は締めてから、
「……んじゃー、鍵配るから代表者ー」
と鍵をジャラジャラさせながらうちのクラスに近づいてきたので、班の代表者である私は立ち上がった。
「えーっと、小山さんの班は百合の間ね」
「はい、百合……え?」
「部屋の名前。ここ、何号室ではなくて、花の名前になってるんだよね。だから、ちゃんと名前覚えといて」
そう言って差し出された鍵の……キーホルダー? 部分を見ると、百合の花が描かれていて、確かに『百合の間』と書いてあった。
「ホントだ」
「いや、最初からホントだって言ってたでしょ! え、小山さん、もしかしてアタシ信用してない!?」
「あ、いえ、珍しいなって思っただけで! 分かりました、ありがとうございます!」
そう言って、ぴゅーっと退散した。
ふへぇ……と息を整えていると。
「準、どの部屋だ?」
がしっと肩を掴まれて聞いてきたのは星歌だった。
「私たちは百合の間だって」
「百合の間か。オッケー、後でちょっと寄る。ちなみにあたしたちはひまわりの間だからな」
そう言って、星歌がじゃらりと音をさせて鍵を見せてくれた。
確かに、キーホルダー部分にひまわりが描いてある。
「んじゃ、後でなー」
「はーい」




