第29時限目 出立(しゅったつ)のお時間 その15
「準にゃんの待ち人は椎田ちゃんだったかー」
ほのかを席に連れて行った後、私が自分の席に戻ると、都紀子が早速とばかりに声を掛けてきた。
正木さんと真帆も背もたれの上からこちらを向いている。
「あー……うん、実はそう」
流石にあそこまで目撃されていて、誤魔化しても仕方がないので、私は素直に頷いた。
「へー、ってことはさっきのバチっと決まった女の人って、椎田さんのお母さん?」
私よりも後ろ……既にもう見えなくなってしまったけれど、さっきまで手を振っていた人物が居た方に向いて真帆が尋ねる。
「みたい。私も初めて会ったけど、ほのかが言ってたから間違いないと思う」
「なんていうか……こう言っちゃなんだけど、椎田さんとはイメージかなり違うね」
「うん」
私も、かなり控えめな雰囲気の智穂のお母さんが、あんなに派手だとは思わなかった。
だからこそ、事前に聞いていた”上手くいっていない方”のイメージがかなり強くて、さっきの和気藹々とした雰囲気が私の中では今世紀最大とも言えそうな謎だったのだけれど。
可能性としては、実は智穂のお母さんとそっくりの妹か姉が居て、ほのかもその人と見間違えたとか?
仲直りした……にしてはいくらなんでも時間が短い気がするし、人が入れ替わったとか言われた方がまだ信じられるレベル。
とはいえ、本人が後で教えると言っていたのだから、今の私が出来ることはその教えてくれる時間を待つしかないかなあ。
「まー、親子関係って色々あるからねー。親と子供は違うタイプっていうのも、別に珍しいこともないんじゃないかなー?」
修学旅行のしおりに視線を落としている都紀子がそんなことを言う。
……そうか、確かに片淵家も少し形は違うけれど、このパターンに当てはまるタイプだった。
そう考えると、かなり含蓄がある言葉というか……うん。
「何にせよ、ほぼ時間通りに全員集まって良かったですね」
「そうそう。あたしたちだけ遅刻して新幹線乗れないとかだったら困るしねー。あ、そう言えば新幹線と言えば……」
正木さんをきっかけに、また修学旅行の話題に戻っていった私たちは1時間と少しくらいバスで移動した後、新幹線に乗り換え。
こちらでも私たちは前後で4人席だったから、そのまま会話が弾み、2時間くらい掛かったはずだけれど、あっという間に到着した。
ちなみに、お昼ご飯は新幹線の中で駅弁が配られた。
所謂、幕の内弁当だったのだけれど、こういうのはなかなか食べる機会がなくて、私の中では物珍しさがあった。
ただ、このお弁当だけれど――
「もうちょっと量が欲しいなー」
健啖家な真帆には足りず。
「真帆、何か欲しいのある? 私、お腹いっぱいで……」
「え、マジで? 欲しい!」
少食な正木さんにはちょっと多いようだった。
あ、ちなみに私も足りない方だったのだけれど。
「んじゃ、準にゃんにはアタシがあげようかねー」
そう言って、半分に割った鮭とかちくわとかをひょいひょいと私のお弁当箱に乗せてくれた。
「ありがとう」
「いいってことよー。アタシも結構お腹いっぱいだからねー」
にっ、と笑う都紀子。
食事を済ませ、新幹線から更に乗り換えて電車で1時間くらいで、ようやく最初の目的地に到着。
「はーい、注目!」
大きな門の前で全クラスが集合した後、代表の先生……うちがA組だからか、咲野先生が代表で説明している。
「修学旅行のしおりにも書いてあるけど、ここからしばらくは集団行動になりまーす。ここは昔の大富豪が所有してた大きな庭園ですが、その大富豪が死去した後に、市に売却されたものでー……」
今回の目的地の内容を説明してくれる咲野先生だけれど、まあほぼほぼしおりに書いてあるから、かなりの子たちが私語に興じ始めた。
「あー、こらこら。ちゃんと話は聞きなさい! で、説明員の人に色々説明してもらいながら皆で回って歩いて、また入口に帰ってくる感じです。1時間は掛かんないと思うけど、他のお客さんとか他のクラスの子が居るから、ゆっくり歩いて大体1時間目安ね。後、途中でトイレ行きたくなったら適宜アタシに言ってね。勝手に行ってしまわないこと! 後で探すの大変だからね。それでは……よろしくお願いします」
そう言ってから、結構お年を召した男性の説明員さんにバトンタッチ。
各クラスで1人、説明員の人が付くようだったけれど、うちのクラスはその男性がその庭園の説明してくれた。
紡織工場を1代で立ち上げ、その人が作った庭園らしく、当時住んでいたらしいレンガ造りの大きな建物や調度品、紡織に使用する機材などの展示があって、最初は本当に1時間も掛かるのかな? と思っていたけれど、むしろじっくり展示品を見ていると、1時間あっても足りないかもしれないくらいのボリュームがあった。




