第5時限目 合宿のお時間 その24
「つっても、マジで金足りねーんだよな。バイトは前してたら叱られたし」
「あ、バイトしてたんだ」
「おう、やってたぞ。ちょっと遠いところのコンビニ店員な」
「っていうかバイトってOKなの?」
「特に問題は無いらしいぞ。うちは特に禁止されてないしな」
「じゃあ続ければ良かったのに」
私の言葉に、いやあと言葉を濁しながら頭を掻く大隅さん。
「いや、店長と髪色がどうとか、言葉遣いがどうとかで言い合いになってやめちまった」
「あー」
あー、再び。
「何があーだっての」
「てか、ビニコンみたいな人前に立つのは、星っちに合わんっしょ」
「どういう意味だよ」
中居さんのほっぺたを掴んで、大隅さんが睨みつける。
「あいたたー」
正直なところ、コンビニでは髪色とか言葉遣いとか、結構うーん? って人でも続いているから、多分それだけじゃないんだろうなあなんて思ったりもするけれど、それ以上は追及しないことにした。
「あはは……でも、他にバイトって無いのかな?」
「つっても、高校生バイトを雇ってくれるのとかコンビニ以外だとほとんど無いだろ」
「あー、まあそうかー。それ以外でも飲食店とか、人前に立つの多いもんなー」
「お小遣いとか貰ってないの?」
「この歳で学年×千円とかだからな。漫画とかちょっと買ったらすぐに無くなっちまう」
またベッドの上にふらりと戻ってきたテオを撫で付けながら大隅さんがぼやく。
「化粧品代も馬鹿にならないんだよねー」
中居さんの言葉で、ああなるほどと合点がいった。
「そういえば化粧品とか持ってるんだったね」
「オカンの借りてたりもするよねー」
「ああ、まあじゃないと足りないしな」
「お母さん、許してくれるんだ」
「いや、勝手に」
「……それは駄目じゃない?」
「そういうもんだろ、親なんて」
「そうかな」
私は自分の親を思い出してみる。
「……そういえば、うちの両親はあまり家に居ないことが多かったから、物を借りるとか無かったなあ。あ、でもお父さんとお母さんが持ってる本を夜遅くまで読んだりしてたっけ」
「根っからの勉強人間だったんだな、小山って」
「まあ、小さい頃は隣に住んでいたおばちゃんが娘さんと一緒に私も面倒見てくれてたから、そんなに困らなかったけどね」
大隅さんに苦笑いされたので、私も苦笑いで返す。
「こやまんの友達? どんなコだったん?」
「うーん、ちょっと運動は苦手だったけど、凄く素直で良い子だった、と思う」
「思うって」
「私自身、あまりその子のこと覚えて無くて。あ、別に記憶喪失とかじゃなくて、思い出したくないとかじゃなくて、単純に顔とか忘れちゃって。あ、猫が大好きでうちで飼っていた猫……この子のお父さん猫に良くなつかれてたってのは覚えてる。代わりに、私もその子の家で飼っていたこの子のお母さん猫に良くなつかれてたけど」
「こやまん、そんなちっちゃいときから猫飼ってたん?」
「うん。この子でもう3代目」
「すげーな。うちは親が両方アレルギーだから飼えないんだよ」
「でも好きなんだね」
「別に好きって訳じゃねーけど……」
視線を逸しながらも、テオを撫でる手を止めない。
「ずっとテオちゃんから離れないよねー」
「それは小山の部屋に遊ぶものが少なすぎて、こうやって猫撫でるくらいしかやることないからだっての」
「あー、それはそうかもー。テレビ無いし」
「じゃあ、1階に下りてテレビでも見に行く?」
「いや、止めとく。太田に会ったら嫌だしな」
「ああ……なるほど」
ホント、よっぽど怖がられているというか、忌避されているというか、太田さんはクラス全体に怖いと知れ渡っているんだなあ。
「ふあぁぁ……さて、寝るか」
「え、いや早くない?」
目を擦っている大隅さんの言葉に目を丸くする中居さん。
「いや、昨日見たドラマが面白くて、友達とずっと話し込んでたら1時超えてて、流石にねみぃんだよ」
「あー、あのコムケン出てたヤツ?」
「そうそう。あれ面白かったよなあ」
「分かるー」
「こ、コムケン?」
「コムケン、ちょー有名な俳優さんじゃん!」
「つか、小山って頭良いのにホントそういうの知らないよな。やっぱ、もうちっと勉強以外にも頭使わないとダメだわ」
「うん……」
私自身も2人の話についていけなくてちょっと悲しい。
「まあ、実はアタシもあれ見ててちょっちねむぽよだしぃー……あ、そうだ」
「何だ?」
大隅さんの言葉にニヤリ、と不敵……というよりは良いイタズラを思いついたという表情の中居さん。あ、これは。
「こやまんって女なのに裸見られるの恥ずかしいって言ってたっしょ」
「ああ。まあ、でも水泳のときでも端っこで着替えるヤツ居るだろ。宇羽とか」
「まゆゆんは普段から人との関わりを持たない系女子だから仕方ないじゃん? でも、こやまんは割りとアクティブなのに裸の付き合いが駄目なんだよねー。というか裸に限らずスキンシップ全体が駄目っぽ。抱きつくとか」
「女同士で抱きついてビビるとか小学生男子かよ」
中居さんの言葉に大隅さんがケラケラ笑う。うう……結構酷い。
「というわけで、こやまんには女の子に慣れる必要があると思うじゃん?」
「で、どうするんだ?」
「ベッドで3人、密着して寝る」
「いや、無理だろ。このベッドに3人とか寝れるわけねーだろ」
「やってみないと分かんないし! ほら、かもーん」
一番壁際に寝転がって手招きする中居さん。ああ、また変なことを思いついて……もう。
「んじゃ次はあたし――」
「いや、星っち違う違う。こやまんサンドしないと意味ない」
「ああ、そういうことか。んじゃ小山寝てみろよ」
大隅さんに促されて私はしどろもどろになる。
「え、ええっ!?」
「ほらほら、こやまん。さっさと寝た寝た」
「ううう……」
私は渋々と中居さんに背を向けてベッドに横になると、
「そこじゃ星っち入れないじゃん」
と言いつつ私を羽交い締めにして、自分の方に引き寄せる中居さん。ちょ、ちょっと!
「……案外寝られそうだな」
私と何故か向い合せで大隅さんが寝転がる。背中向けるんじゃないの!?
「んじゃ寝るか……っと電気消すぞー」
電気を消した大隅さんは落ちないように私に近づき、耳元で囁くような位置で、
「んじゃおやすみ」
という声を転がしてくる。暗くて顔は見えないけれど、見えなくてよかった。多分、頭を軽く押されただけでキスしてしまうくらいの距離にきっと大隅さんの顔があったはずだろうから。
「おやすみぽよー」
「お、おやすみー……」
サンドイッチのパン役の2人は何事もないように睡眠に入ろうとしているけれど、挟まれている具役の私は正直言って眠れるような状況じゃないですよ、コレ!
結局、私が眠った……いや、意識が飛んだのはほんのりと窓から明け方の光が入り掛けた時間で、私の合宿という名の生殺し生活は終了した。




