第29時限目 出立(しゅったつ)のお時間 その12
そして、修学旅行当日の朝。
「ちょっといいかしら」
食堂で朝食を終えて、さて部屋に戻って最終チェックとテオを益田さんに預けにいこうと思っていた私を、いつも冷静な萌がおろおろした様子で引き止めた。
「ん、どうしたの?」
「椎田さん、見なかった? 朝食は済ませているようだけれど、本人の姿をまだ見ていないのよ。真面目な彼女に限って、寝坊とかはないと思ってはいたのだけれど、ノックしても返事はないし……彼女から何か聞いていないかしら」
萌の話を聞きながら、私は脳内でハテナを作る。
あれ、智穂は萌に話していかなかったんだ。
萌を落ち着かせるように、私は出来るだけ冷静な口調で説明した。
「大丈夫、智穂なら自宅に荷物を取りに行ったよ。結構ギリギリになるかもしれないけど、集合時間までには帰って来るから待ってて、だって」
「え? あ、ああ……良かった。自宅に帰って……って、ちょっと待って!? 彼女、その……こう言い方は良くないかもしれないけれど、確か家出みたいなことしていたのではなかったかしら?」
上擦った声を出した自分に驚いたのか、周囲に視線を配ってから、すぐにボリュームとトーンを下げて、萌がそっと私に耳打ちした。
「そう。でも、今日は朝にお母さんが居ないらしくて、その時間を見計らって、荷物を取ってくるって」
「ああ、そういうこと……。でも、彼女の家って行って帰って来れるくらいに近いのかしら」
腕を組んで疑問を発する萌に、私も「どうだろう……」と反応してから、
「家の場所までは聞かなかったけど、本人が大丈夫と言っているんだから、多分大丈夫なんじゃないかな」
と続けた。
何にせよ、私たちには信じて待つことしか出来ない。
「……まあ、状況は分かったわ。実は修学旅行が嫌で……とか少し頭に過ったわ。もし、彼女から連絡があったら教えて。私、彼女の連絡先を知らないし、おそらく貴女に掛かってくるでしょう?」
「え? あー、多分。でも、ほのかの方に来るかも」
「元橋さん? ああ、確かに……でも、椎田さんは貴女に戻って来ると言ったのでしょう? だったら、貴女に掛かってくるんじゃないかしら」
言われてみれば……。
まあ、もしほのかへ連絡があったとしても、ほのかが私に連絡してくるかな。
「じゃあ、後で。引き止めてごめんなさいね」
そう言って、萌は自分の部屋に入っていった。
足早に自分の部屋へ戻った私はケージにテオを入れて抱える。
「なー……ぉ」
「ごめんね、帰ってきたらいっぱい遊んであげるから」
不満げな表情と長い鳴き声を私に向けつつ、でも素直にケージに入ったテオに謝罪の言葉を掛けつつ、寮長室へ。
「お願いします」
「ああ、了解した」
当然だけれど、修学旅行中はテオの世話は出来ないし、連れて行くことも出来ない。
というわけで、私のテオとみゃーちゃんのノワール、どちらも益田さんに預かってもらうということになった。
「修学旅行の準備はもう大丈夫か?」
テオのケージをゆっくり床に置いて、益田さんが私に聞く。
「はい。昨日の内に準備は済ませていたので、後は部屋に置いてある荷物を持っていくだけです」
「そうか、それならいい。気を付けて行ってらっしゃい」
「ありがとうございます。行ってきます」
私はそう言って頭を下げてから、自分の部屋に戻って、ショルダーバッグを肩から掛け、ダッフルバッグを掴んでから階段を下りた。
「おはよう、準ちゃん」
「おはよう、繭ちゃん。もう準備出来た?」
「うん、大丈夫」
繭ちゃんは小さいリュック、それと私よりも一回り小さい手提げ鞄をちょっと重そうに持っている。
他に、玄関で待っていると花乃亜ちゃん、華夜、羽海、そして萌が集まった。
「後は椎田さんだけ?」
萌の言葉に、私が「うん」と答えた。
「え、智穂どしたん?」
羽海の質問に答える私。
「荷物を家に取りに帰ったって」
「家に? え、大丈夫?」
私はさっき萌に説明した内容を改めて、羽海たちに説明する。
「……という話みたいだから、私たちは先にバスで待ってましょう。玄関で待っていても邪魔になるだけでしょうから」
萌の提案で、私たちは集合場所の校門前に停車中のバスへ足を向けた。
「おはよー」
「おはよう」
先に集合していた晴海たちが手を振っていたから、私も振り返す。
校門前にはクラスメイトに限らず、既にかなりの数の生徒が集まっていた。
バス1台が1クラスとなっているようで、晴海たちが下りてきたバスの行き先表示を見たら『3のA様ご一行』と書いてあるのが見える。
「おはよーちゃん。寮の子はこれで全員?」
点呼をしていた咲野先生が私たちに気づいてそう言うから、
「椎田さんがまだですが、もうバスに乗っていますか?」
と萌が聞き返す。
「え、椎田ちゃん? あー、いや、まだ見てない。え、もしかして居ない!?」
「いえ、ちょっと家に帰っているらしいので、待っていればすぐに来るはずです」
「あー、なるほどね。家に帰っ…………えっ!?」
3回目だけれど、萌が説明よろしく、という視線をこちらに向けるから、私は同じ説明を繰り返した。
「なるほどねえ……ま、そんならちょっと待っとこうか。とりあえず、バス乗っちゃって」
「はい」
私たちは咲野先生が促す通り、バスに乗り込んだ。




