第29時限目 出立(しゅったつ)のお時間 その8
……でも、確かに誰のことを言っているのか、バレてもおかしくはないかな。
『ああ、娯楽室だが、念の為、施設利用に関する申請書だけは書いておいてもらおう。何かが起こるとは思っていないが……形式だからな』
「はい……あれ? でも前回使ったときは申請書とか書いていなかったような……」
施設って実は毎回申請書が必要だったの!? と私が心配していると、益田さんがちゃんと説明してくれた。
『あのときは彼女が寮に宿泊していたからな。宿泊の申請時に施設利用についても承諾してもらうようになっている。ただ、今回施設のみを利用するということだから、別途申請書が必要、というわけだ。ちなみに、キミも入寮時にちゃんと承諾しているぞ』
「そ、そうでしたっけ……」
『ああ』
確かに入寮時に申請書を書いた記憶はあるけれど……今後はちゃんと読まないといけないなあ。
「分かりました。とにかく、利用申請については本人に伝えます。すぐにそちらに向かいますね」
『分かった。こちらも準備しておこう』
「ありがとうございます。お願いします」
私はそう締めくくって、電話を切り、玄関に入ると、真理は玄関の段差……えっと、上がり框だったかな、靴紐を結んだりするときの段差に座って、1人で待っていた。
あの2人は食堂に戻ったのかな?
「今聞いたけど、寮長室で利用申請書を書けば使っていいって」
「分かりました! えっと、寮長室って……来る前にあった分かれ道の方ですよね?」
真理が私の背中の方を指す。
「うん。そうだけど、益田さんとはそんなに面識ないだろうし、ついていくよ」
「あ、ありがとうございます、助かります……」
ほっとした表情の真理を伴って、寮長室へ向かう。
「そういえば、またスタピのライブに参加するんだね」
「はいっ! まだSHIDURUさんの腕が治っていないんですが、やっぱりスタピのライブを待っている人は結構居るので、今回はメインギターを別の方が担当され、そこでサイドギターとして参加します」
「あ、そっか。まだSHIDURUさんはまだ復帰出来ていないんだっけ」
確かに、事故と聞いてからそんなにまだ日が経っていない。
「はい。骨自体は繋がり始めているらしいんですが、何分ギターと一緒に寝てるというくらいギター好きのSHIDURUさんなので、練習してもいいと言ったら今までの分を取り戻すと言って、腕を悪化させるだろうからまだ復帰させない! とMIKAさんが言ってました」
「あはは……信用されてないんだね」
「いえ、信用されてますよ。間違いなくSHIDURUさんならやる、という意味で」
真理の言葉に、ぶふっと吹き出した私。
「それは確かにそうかも」
「ふふっ。私もSHIDURUさんのギターを早く聞きたいと思っているんですが、ここはぐっと我慢の時期です……」
ぐぐっと拳を握る真理に「そうだね」と答えていたら、もう寮長室の前に着いた。
いつも通り、チャイムを鳴らしてノックして入室。
中には益田さんと坂本先生、みゃーちゃんが居て、しゅっと姿勢を伸ばした真理。
「し、失礼します」
「こんにちは。さきほどの件で来ました」
「ああ、キミたちか。いらっしゃい」
入って早速、といった感じで益田さんと坂本先生、真理が向かい合って説明を受けながら申請書を書いている間に、みゃーちゃんが近づいてきた。
「準は修学旅行で何処に行くか決めたにゃ?」
「うん、幾つかはね。歩いて10分くらいの場所に大きな滝があるらしくて、そこに行こうかって話をしてるよ」
私がそう答えると、隣に座ったみゃーちゃんは、
「……ふーん、そうなんだにゃ」
と自分で話を振った割には、何だかそっけない様子で床につかない足をぷらぷらさせていた。
「後は神社と……そうそう、川沿いで秋祭りがやっているところがあるらしくて……」
「……」
やっぱり、みゃーちゃんの表情には何だか不満そうというか、寂しそうな陰が見える。
……そういえば、みゃーちゃんは先生たちと同じ車で待機なんだっけ?
あれ、もしかしてみゃーちゃんって……。
「益田さん、坂本先生」
「ん、どうした?」
「何ですか?」
どちらに聞くべきか分からなかったから、丁度2人居るし、同時に尋ねてみることにした。
「あの……、みゃーちゃんって修学旅行について来るんですよね?」
「ああ、そうだな」
先に答えたのは益田さん。
「それで……自由に見て回る時間ってあるんですか?」
私が尋ねると、益田さんと坂本先生は互いに視線を合わせてから、
「……先生たちに、彼女について一緒に回ってあげる時間が取れそうにない、というのが回答になります」
と今度は坂本先生が答えた。
……つまりは、そういうこと。




