第29時限目 出立(しゅったつ)のお時間 その6
小テスト祭りが終わるまでの予定だったメンバーは各々家に帰り、寮はまた静寂を取り戻し――
「あ、そのアイテム、私が取ろうと思ってたのに!」
「ふふふ……先に取ったもの勝ち……」
「むむむ……2人共早いなあ」
――てなかった。
というのも、峰さんが手芸部の新部長さんの時任さんと、あのちょっと独特な雰囲気で、長身の倉岡さんを連れてきていて、食堂の大きなテレビでレースゲームをしていたから。
今日は寮の中に入ったことがない2人を、峰さんが案内するために連れてきたらしいのだけれど、あまり大きくない寮だから案内もすぐに終わってしまったらしい。
なので、深山さんが何故か持ってきていたゲーム機を繋いで、ゲームを始めていた。
峰さんから寮に大きなテレビがあることは聞いていたらしいから、皆で遊ぼうと準備してきたのだろうけれど……うん、まあいいんじゃないかな。
持ち主ということもあって、倉岡さんはこのゲームを得意としているらしく、時任さんと峰さんはチャレンジャーの様子。
3人がわいきゃい騒いでいる様子を見て、萌はまた頭を抱えているかな……と思ったけれど、案外そうでもなかった。
昨日までに怒り疲れたのか、それとも後輩組だからなのか……と思っていたけれど。
「彼女……楽しそうね」
頬杖をつきながら、峰さんたちに保護者的な感じの視線を向けていた萌がぽつりと、隣に座った私だけに聞こえるように、言葉を漏らした。
「峰さんのこと?」
「ええ。彼女って寮に居るときはいつも喧嘩してばかりだったじゃない」
「あー……そうだね」
普段のみゃーちゃんとのやり取りを思い出し、ちょっぴり呆れ混じりの言葉を返す私。
「だから、ああやって笑っている顔を見るのは珍しい……というか初めてかもしれないと思ったのよ」
確かに、2人とゲームをしている峰さんはみゃーちゃんと喧嘩しているときとは違って、心底楽しそうに見える。
「……あ、そっか。だから今日は怒ってないんだ」
「……」
こちらを向いた萌から無言の圧力を受けたから、私は苦笑してフォローした。
「もちろん、別に怒りたくて怒っているわけではないと思うけど」
「分かってるじゃない」
「まあね。でも、静かすぎる寮よりも騒がしい寮の方が楽しくていいんじゃないかな」
麦茶が入ったコップを傾けた私に向けて、溜息混じりの言葉を向ける萌。
「賑やかと言っても、限度っていうものがあるでしょう」
溜息塗れの萌に私は改めて苦笑を向け、
「それは確かに」
と答えた。
多分、みゃーちゃんと峰さんも本当に仲が悪いわけではなく、逆に気軽に言い合えるからこそ、お互いが甘え合っているというのもあるのだろうと思っている。
ただ、まあ……喧嘩よりはこうやって楽しそうに騒いでいる方がいいかもしれないなあ、なんて思う。
「……ああ、そうだ、準」
「ん、何?」
「寮則の件、受理されたって」
萌が突然そう言うのだけれど、私はさっぱり心当たりがなくて、目をぱちくりさせていた。
「……ああ、ごめんなさい。確かに唐突だったわ……前にあの2人が子猫で大騒ぎしてたあの件よ」
「子猫で大騒ぎ……ってもしかして猫を部屋の外に出して良いようにお願いしていた件?」
私の質問に頷いて答えた萌。
「寮則は今後も残り続けるということを考えて、改定までには少し時間は掛かったけれどね」
「それはそうだよね」
「でも、結局ほとんど修正なしで通ったわ。2人共、喜んでたわよ」
表情を柔らかくした萌。
「後で玄関の掲示板への張り出しと寮生全員に口頭で連絡するけれど、猫を飼っている子たちには先に言っておいた方がいいかと思って」
「そっか、ありがとう」
苦笑した私だったのだけれど、あれ……それならと疑問が湧いた。
「3人が居るならおまめちゃんも連れてきたら良かった気がするんだけど」
まだ寮生全員に知らされてないから、峰さんも気を遣ったのかな?
そう思って私が尋ねたら、萌がぷふっと吹き出した。
「え、今の話で面白いところあった?」
私の脳内のハテナ製造工場が久しぶりに辣腕を振るうことになるかと思ったのだけれど。
「……いえ、違うわ。私もさっき同じことを考えて、3人に言ったから思わず笑ってしまっただけよ」
「??」
疑問がまだ解消されないから、私が目を瞬かせていると、萌は答えをくれた。
「猫って、何故かゲームのリセットボタンを押すらしいのよ」
「……え、そうなの?」
「ええ。もちろん、毎回ではないのでしょうけれど……猫って構ってあげないと、何故かピンポイントでリセットボタンを押してくるそうよ」
うーん、そんなことある? と首を捻ったけれど、少しだけ思い当たる節があった。
「あー……ゲーム機ではないけど、勉強してノートとか広げてたら、昔はよくノートの上に乗ってきたりしたかな」
今のテオは比較的物わかりが良くなったけれど、小さい頃は特に、自分が構ってほしいときは何としてでも私の邪魔をしようとしていた……というか視界の中に入って、構えアピールが凄かったなあという記憶がある。
「きっと、それの延長なのでしょうね。だから、絶対に連れてきたら駄目だと、えっと……長身の方の彼女が言っていたわ」
「あはは」




