第28時限目 不思議のお時間 その40
「……」
話をしにきた、という割には足を崩して座った後に黙り込んだ桝井さん。
それでも、しばらくして話題を見つけたのか、
「あー……ところで、小山」
と切り出した。
「ん、何?」
「今日、寮で話しとるときに気づいたんやけど、小山ってクラスメイトを下の名前で呼んどるんか?」
「全員ではないけど……うん、もうほとんど下の名前で呼んでるかな」
まだ名字で呼んでいるのは正木さんと桝井さん、星野さんと……後は桜乃さんと渡部さんくらい?
……ああ、峰さんもまだだけれど。
「まだ転校してきて半年くらいやろ? やっぱり小山はあれやな、侍らせ能力があるんちゃうか?」
「違うから」
苦笑して答えると、桝井さんはちょっとだけ居住まいを正してから、
「……そんなら、ウチも準って呼んでええんか?」
と聞く。
「うん、いいよ。じゃあ、私も……浅葱?」
「ん、せやな。今度、風音も呼んでやってくれ」
「そうだね」
ちょっと満足そうな桝井さん……じゃなくて、浅葱だったけれど、また少しだけ沈黙してから……改めて口を開いた。
「それでな。まー……なんだ。今日来た理由なんやけどな」
「うん」
「大した話ではないんやけど……」
前置きをした浅葱は頬杖をついてから、続けた。
「アニキが久しぶりに帰ってきたって言っとったやろ?」
「ああ、うん」
「それで、そんときな、オカンとオトンにはナイショやでって言われたんやけど……アニキ、実は彼女出来たんやって」
そう言った直後、浅葱はかなり深めの溜息を吐いて、視線を逸らした。
「いいことじゃない」
私の言葉に、苦笑して私に目を合わせた。
「そらそうや。まー、顔も悪ない上に割と何でも出来るあのアニキや、むしろ今まで全く居なかった方が不思議なくらいやで」
そう言った後に「ただなー……」と歯切れの悪い言葉を頭に付けて、話を続行した。
「もう相手と結婚まで考えとると言われたんや。卒業した後の就職先も何処に行くって決めて、そのために勉強してるんだと」
頭の上で腕を組んで、天井を見上げた浅葱は乾いた笑いを浮かべた。
「そんな話聞いてしまってなー……ウチはまだなーんも進路とか決めてないのに、このままでええんかと思ってしまったんや」
「……そっか」
ローテーブルにぐでーんと突っ伏した浅葱の言葉に、私も少し動揺した。
……自分がどうなりたいか、という将来のこと。
まだ、全然自分の中でイメージ出来ていない。
「修学旅行終わって、中間テストも終わったら進路面談やろ?」
「そういえばそうだね」
この前、浅葱と星野さ……いや、風音と学校に忍び込む原因となった、あの進路相談の紙。
あの紙に書いた内容を基にして、親を交えての三者面談がある。
「小山……ちゃう、準は何書いたん?」
「進学って書いた」
私の言葉に「やっぱりか」みたいな顔で答える浅葱。
「進学かー……ええなあ、目標が決まってんのは」
「決まってないよ」
「んあ? 決まってない? 進学なんやろ?」
私の言葉に不意を突かれたような表情で浅葱が私を見た。
「うん。進学って書いたけど……今は何も決めきれないから、大学に行ってから考えようっていう……まあ、そういう意味では“逃げ”の目標だよ」
私が頬を掻いて告白すると、浅葱は腹を抱えて笑い出した。
「なっはっは……なるほどなー。ただ、それでも目標は目標や。ウチは勉強大嫌いやし、大学行きたくないなーと思っとる」
「そっか」
「で、なーんも思いつかんから、第1希望はお嫁さんって書いたら後で怒られたわ」
私たちは同時にふふふと笑った。
「でも、それはそれで良い目標じゃない?」
「んーにゃ、準と同じ”逃げ”やな。誰かとの結婚生活なんてもん、進学以上に想像出来んし、そもそも相手も居らんし」
「それは……私も同じかな」
微妙な空気が流れた後で、その雰囲気を吹き飛ばすように、明るく浅葱が言った。
「しかし、準のことやからそういうの、とっくに決めとるんかなって思ったんやけど……まだやったんやな」
「まあね」
「準って何かこう……アニキっぽい感じあるんよな」
浅葱が何気なくそう言ったから。
私も何気なく返した。
「ああ、うん。妹が1人居るからね」
ぽかーんとする浅葱。
……あ!
違う違う!
アニキ、アニキじゃない!
私はアネキ! いや、ホントはアネキではないんだけどアニキでもなくて!
私が訂正しようとしたら、ローテーブルをバンバン叩いて笑われた。
「あっはっはっは、ちゃうちゃう! いや、まー、確かに? 準は若干アニキ分って感じもないわけではないけどな! とはいえ、流石にウチも女相手にアニキとは言わんわ!」
「…………えっ、あっ、そ、そう……なん……だ?」
え、じゃあどういう……?
「アニキっぽいってのはウチのアニキっぽい……頭は良い方で真面目なんやけど、なーんか変なとこ抜けてたり、変に正義感が強かったりしてな。アニキの彼女もあれやで、何かしつこいサークルの勧誘から助けたったらしいで?」
「な、なるほど……」
早とちりしすぎて、顔から火が出そうだったけれど、浅葱は気づいていないみたいだからとりあえず良しとしよう!




