第28時限目 不思議のお時間 その35
修学旅行に行けないかもという話の真偽はさておいて、小テストを頑張らないといけないらしいという情報が駆け巡った結果――
「数学分かんねーんだよなあ」
頭を掻く星歌。
「アタシは特に英語が駄目ぽよー」
ぐにょーんと机の上で溶ける晴海。
「……こんなに人が居るとは……」
左右を見て、落ち着かない感じの桜乃さん。
「ひーん……」
「泣かない」
半泣きの千華留と慰める華夜。
「そちらは賑やかですねー」
「ええ」
「た、楽しい、ですよっ」
スマホでビデオ通話モードにしているほのかとそのスマホの持ち主の智穂、そしてそこに混ざる繭ちゃん。
そして、黙々とシャーペンを走らせる花乃亜ちゃん。
20人のクラスなので、クラスメイトの半分以上がこの場に集合していることになる。
そして、その様子を見て、頭を抱えているのが萌。
「……」
「……萌ちゃん、大丈夫?」
「ええ、まあ……」
智穂たちと話をしていた繭ちゃんが心配して、こちらに様子を見に来てしまうくらいには、とにかく今日の寮は騒がしかった。
「……ごめんなさい」
私の謝罪に、
「貴女のせいでは……いや、そうね……」
と怒る元気もなくした感じの萌が溜息を吐いた。
何故私が謝罪したのかというと、この状況の大きな原因は私にあると言っても過言ではないから。
小テストの噂を聞きつけて、私の机に最初に来たのが星歌と晴海。
自分たちだけでは勉強が進まないし、小テストを乗り切れないだろうから助けて欲しいということで、協力を仰ぎに来たのだけれど、まあこれは自分の復習にもなるから、何の気なしに了承した。
ただ、勉強場所が問題で、2人の家に行くというのは家庭の事情等でどちらにも却下されてしまい、となると寮でやるしかないかなということに。
1日くらいなら何とか萌も許してくれるだろう、と甘いことを考えながら下校していると、そっと近づいてきた桜乃さんからも、元不良ペアと同様のお願いをされて、それにもオッケーを返した。
3人に増えたけど、短時間だから大丈夫……そう思っていたら。
「着替えとかもちゃんと持ってきたぞ」
「よろよろー」
「……」
私の想定とは違って、どうやらこの2人は小テストが終わるまでは泊まり込みでやるつもりだったみたいで、ちゃんと親からも益田さんからも許可を取ったらしい。
行動力の塊……っ!
ある種の感動と諦観が混じった感情を抱えつつ、今更なかったことにも出来ないからと他の寮生……特に萌には早めに連絡しておいたのだけれど。
そういえば、彼女……桜乃さんはどうするんだろうと思って、コミューで泊まるかどうかを尋ねたところ、
『泊まり! そういうのもあるのか!』
と藪蛇的なことを言ってしまったらしく、あの2人同様に親から許可を取り付けたらしい。
桜乃さんのお母さんは知っているから……まあ、うん、駄目とは言わない気がする。
むしろ、友達と一緒に勉強なんて聞いたら泣いて喜ぶ方かも。
それはさておき、私が勉強会兼宿泊メンバーを3人も増やしてしまったのだけれど、あの噂は当然私たちだけが聞いた話ではない。
つまり、他の寮生も更に他の子たちを連れてくるということも当然あり得るわけで。
そうしたら、こうなるよねと。
ただ、他の2人は勉強のため一時的に来た千華留と電話越しのほのかだけだから、この騒がしい状況の最たる原因が私が連れてきた茶髪2人組によるものと考えると責任の重さは言うまでもないかなと。
「まあ、固いこと言うなって」
「貴女はもうちょっと落ち着きなさい」
「こやまーん。ここの英語、全然分からんof分からん過ぎてウケるんだけどー」
「中居さん。貴女ももうちょっと――」
今までは萌を苦手としているような感じだった星歌と晴海だったのだけれど、最近は萌もピリピリしていないからか、あまり物怖じしなくなったというか、露骨に避けなくなったけれど、その代わりちょっと調子に乗りすぎというか……。
そろそろ堪忍袋の緒が切れそうな萌を見て、
「晴海、その英語の和訳は次のページ読むと書いてあるよ。内容を理解するために単語ごとに分けて読もうか。後、星歌。数学で赤点だったら修学旅行いけなくなるかもしれないんだから、真面目にやろう。行きたいでしょ、修学旅行」
私がちょっと早口にそう言うと、
「う……仕方ねえな」
「はーい」
と案外簡単に引き下がってくれた。
萌の怒りボルテージが下がったのが見て取れたから、私は小さく安堵した。




