第28時限目 不思議のお時間 その33
とりあえず、勉強にもキリがついたところだったから私は『いいよ』と短く返信したのだけれど、その直後にスマホが震えた。
早っ……と思いつつ画面を確認すると、やっぱり桝井さんからだった。
『まだ寝てなかったんか。案外不良やなー』
からかうような声がスマホの向こうからする。
「いやいや、そこまで寝るの早くない……っていうか、寝てるかもしれないと思って連絡したの?」
『まー、五分五分くらいにはなあ。小山は優等生やし、もう寝とるっちゅー可能性もあるかもしれんなー、でもまあ大丈夫やろ! って感じやな』
一応、少しは気遣ってくれていたらしい? 桝井さんに苦笑して、私は返した。
「とにかく、まだ大丈夫だよ」
『んじゃまー……ちょい話に付き合うくらいは出来るっちゅーことやな?』
「うん」
私がそう答えると『そうかぁ』とちょっと安堵したような声が聞こえてから、声が消えた。
あれ、電話が切れたかなと思い、スマホの画面を見たけれどまだ通話中の表示は出ているし、通話時間も伸びている。
フリーズしたわけでもないし……から繋がっているみたいだし、確認のために「もしもし」と返した私の言葉に被るタイミングで桝井さんの声が聞こえてきた。
『あー、なんだ……その、色々と迷惑掛けてすまんかったな』
「え?」
突然の謝罪に、私は首を傾げた。
迷惑?
『ほら……あれや、夜に忍び込んだときに、自分にせたろ……背負ってもらったり、寮に連れて行ってもらったり、変な誤解されたり……』
「あー」
迷惑というから、何かこう……桝井さんが大暴れしたのを止めたとか、そういう大事件を想像していたけれど、別にそんな話ではなかったみたい。
というか――
「いや、むしろきっかけは私がスマホをサイレントにしてなかったせいだったし……逆にごめんなさい」
『あー、いやいや、それはええんや。あれには風音にも後でかなり笑われたくらいやし。確かにまー……もう認めたる、ウチはビビりや!』
自虐的に笑った桝井さんは続けた。
『ただ、もしあのとき風音と2人だったら、しばらくあの学校の中に取り残されるところやったんや。それに、ちょっち寮生活してみて結構おもろかったしな。ホンマに……ありがとう』
「そっか、それなら良かった」
多分、ここは好意を押し返すよりも、そのまま受け入れた方が良いだろうと思って、私は素直に受け取った。
『まあ、なんだ。謝罪はそれだけや。で……まだ時間があるんやったらなんやけど……ほら、ウチにアニキが居るって言ったやろ?』
まだ時間大丈夫? と尋ねずにそのまま続ける桝井さんに少し苦笑しながら、私は聞き返した。
「桝井さんのお兄さんね。大学に入学して、実家を出たんだっけ?」
国立でも屈指の豊岡大学に入学したって話だったと思う。
『せや。そのアニキがな、今日久しぶりに帰ってきてん』
「そうだったんだ。そういえば、しばらく会ってなかったんだっけ?」
私の言葉に同意を示す桝井さん。
『多分、1年……いや、下手すると2年ぶりくらいやったからかもしれんけど、何か久しぶりに見たら、なーんか大人になった感じでなー。あれ、きっと彼女出来たんやでー』
「あはは。まあ、大学生活を満喫していたら、そういうこともあるかもしれないね」
『せやろ? でなー……』
他愛のない話がずっと続き、少し喉の乾きを覚えたくらいで。
『……んあ? もうこんな時間かー。流石にそろそろ寝なあかんな』
「え? あ、ホントだ。もうそんな時間かあ」
スマホの画面を確認すると、確かにいつもならそろそろ布団に入って、テオを撫でながら寝落ちするくらいの時間だった。
『なんや、久しぶりに結構長く話したなー……ふぁぁ』
桝井さんの欠伸の声が聞こえてきて、私も思わずつられて欠伸をした。
「久しぶり……って、星野さんとは電話しないの?」
私が何気なくそう尋ねると、向こうからちょっと戸惑った声があって、しまった……いくら何でも踏み込みすぎた? と思ったけれど、桝井さんは何事もなく説明してくれた。
『もちろん、電話しないわけではないんやけどな……ほら、普段から部活やらなんやらでいつも一緒に居るやろ? そうすると、そんなに電話で長話する必要もないやん?』
「そういう……ものかな?」
私自身はその言葉に頷く方だったのだけれど、真帆なんかは学校で会ってる部活の友達と数時間くらい話し込んだとかそういう話を聞いたし、人によるのかな?
かくいう私だって、正木さんたちと電話したら、いつの間にか寝る時間だったということもないわけではない。
『それに……あー、小山は知ってるか? 風音が……その、他のクラスの女子と――』
言い淀む桝井さんに、私は先回りして尋ねた。
「あー……不仲というか、もうちょっと悪い感じの……そういう話?」
直接的にいじめられたことがある、という話を出さずにぼやかして聞くと、溜息混じりに桝井さんが言葉を絞り出した。
『ああ……やっぱ、知っとったんか。まあ、ウチもそうやけど、風音もずけずけと行く方やから、あんま人付き合いは得意ではないもんでなあ』
電話の向こうから、また小さい溜息が漏れた。




