第28時限目 不思議のお時間 その25
吸血鬼の姉の方は私の髪をくしゃくしゃと撫でつけてから、
「骨は拾ってやるし、血は全部啜ってやるからな」
と冗談なんだか本気なんだか分からないことを言って、私の背中を押した。
「準! 危険だから止めなさい!」
足止めを食らっている千早が叫ぶけれど、足止めしている吸血鬼妹の方は笑顔で、
「いってらー」
と空いてる方の手で私に手を振る。
それら全てに頷くだけで答えた私は、バトル中の2人……相手が妖怪だったとしても、人型だからとりあえずここは2人と言っておくけれど、とにかくその2人の様子を大縄跳びに入る子どもみたいに窺う。
意気込んでみたはいいものの、正直どうすれば解決する……どころか、まず話を聞いてくれるところまで辿り着くのかは全く分からない。
吸血鬼の姉の方……そういえば未だに名前も知らないけれど、彼女が言っていたように初手で対話という選択肢をこちらが捨ててしまったから、妖怪少女側も正直謝罪を受け入れてくれるかは分からない。
……いや、それ以前に少女? には意志があるものなのか、それとも感情なく暴れまわるだけなのかも分からない。
相手を騙すことが出来るということはある程度知性や知能というものがあるとは思うけれど、もし後者なら私の行動はただの無駄ということになる。
それでも……ただの自己満足でも、何もしないよりはマシだと思いたい。
「あのっ、話を聞いて下さい!」
私は大声で叫ぶけれど、当然というべきか2人は動きを止めない。
ただ、また遥さんが弾き返されて、地面に倒れ伏す。
本来ならその遥さんを起こしに行く方が正しい行動だとは思うけれど、私はここだと思って、飛び出した。
「すみません! 話を聞いて下さい!」
直後、私も遥さん同様、妖怪少女が片手を振り上げるだけで吹き飛ばされた。
「うっ……、ぐっ!」
完全に無防備だった私は縦方向に転がり、壁にぶつかって「ぐぇ」と小さい声を上げてから止まった。
「準!」
駆け寄ってくる足音と抱き上げられる感覚。
「だから、危険だって言ったでしょう! もう止めなさい!」
怒っているのか、泣いているのか、とにかく顔をくしゃくしゃにしている千早に「大丈夫だから」と私は強がって立ち上がる。
……正直、体中痛い。
ただ、それでもやると決めたことはやり通さないと。
結果がどっちに……良い方向に転ぶのか、悪い方向に転ぶのかは分からないけれど、少なくとも話を聞いてもらうまでは。
「あの、話を聞いて下さい」
「準、もう止めな――」
「千早は黙ってな!」
歩き出した私を引き留めようと、千早が私の肩を掴んだところで吸血鬼姉が大声で千早を止めた。
「準がやるっつってんだから、やらせな。何、死にゃあせんよ。アタシたちの宿主だったんだから」
「……どういう……」
「いいから、やらせてやれ」
若干、意味深な発言が聞こえた気がしたけれど、今は目の前のことに集中。
もう1度近づいて、話し合いを試みる。
「あの、聞いて下さい。私は――」
吹き飛ばされる。
「っ……つつ……、わ、私は、喧嘩が、したいわけでは、なくて……」
吹き飛ばされる。
「いたた……、少しだけ……話を、させて、欲しいだけで――」
吹き飛ばされる。
少しずつ、女の子との距離を伸ばしてみる。
「あのっ!」
吹き飛ばされ……ない。
今なら大丈夫?
それともこの距離だから大丈夫?
どちらにせよ、今しかないと思った私は大声で言って、深く頭を下げた。
「すみませんでした。突然、あなたに攻撃してしまって。謝って済む話ではないとは思いますが、少しだけ話を聞いて下さい」
「……」
やはり、一定以上近づかなければ弾き返されないのか、少女はじっと私のことを見ているだけ。
……そもそも彼女、遥さんへもそうだけれど、私たちを吹き飛ばすことしかしていない。
殺意とかはない……のかも。
3回……いや、さっきので4回も吹き飛ばされて体の節々が痛いけれど、私は会話を試みる。
……ただ、正直何も考えずに声を掛けてしまったから、何から話せばいいか全く思いつかない。
「えっと……その……」
何も考えていなかったことが丸わかりの私に、後ろに居た人……遥さんなのか、千早なのかは分からないけれど、足音がしたから慌てて言葉を引き出した。
「あ! ああ! えっと、その、名前! 名前を……まず、教えて下さい。お互い名前を知った方が……いいと思うので。あ、私は小山準です。よろしくお願いします」
頭を下げて、戻して……相手からは何の言葉も返ってこない。
あー……なるほど?
「えっと……じゃ、じゃあ、事情だけ……説明させて、ください」
待っていたら、また誰かが動き出すだろうから、私はひたすら脳みそを動かして、新しい話題に繋げた。




