第28時限目 不思議のお時間 その24
「ってかさー、中に居たって言ってもイメージ出来んくない?」
「そりゃそうだけど、説明しろっつってもこれは流石に無理」
また言い合いになりそうと思ったのと、多分似た経験……マリアさんのあの件があるから、喧嘩になる前に私が割り込んだ。
「前に1度取り憑かれた……いや、それは表現が良くないな……本物の幽霊が私に入っていたことがあるから、多分似たような感じじゃないかな。顔は見えないけれど声が聞こえたり、会話が出来るとか……」
私の言葉に、吸血鬼の2人はしばらく硬直してから、ヘッドバットでもするんじゃないかってくらい急接近してきた。
「えっ、ちょっ、何々!? 準、幽霊に取り憑かれたことあんの!? やばチョモランマ!」
「っていうかそっちの方がレアじゃね!? ってか幽霊見たことあるとか言うヤツ多いけど、取り憑かれたとか言うヤツとか初めて聞い……ってもしかして準の魂変形してたのってそれが原因!?」
興味津々の2人がぎゃんぎゃんと大騒ぎするから、私はあたふたしていたのだけれど。
「……準ッ!!!」
悲鳴に近い声が耳を劈く。
「千早!?」
……あ、そうか。
今の状況、事情を知らない人が傍から見たら2人の吸血鬼に襲われている私、という構図にしか見えない。
「あ、えっと、千早。こっちは大丈夫だから……っていうか、そういえば2人共、何で服を着てな、ってあー……うーんと」
色々と言わなきゃいけないことがあるけれど、その色々が頭の中をぐるぐる回っていたら、止める前に飛びかかってきた千早を、妹の方が片手で受け止めた。
それも、何かビリビリみたいな、バリア的な何かに弾かれている感じで――
「……ええー……」
思わず、そんな声が漏れてしまった。
「言ったっしょ? アタシらがマジになったら凄いって」
吸血鬼妹の方がこっちを見て、ニッと白い歯を見せた。
確かに凄いのはその通りだけれど……目の前であまりに非現実が続きすぎて、驚くことに疲れてしまっている。
「おい、千早。心配しなくても準には手ぇ出さないから、先にあっちとやり合ってきな」
粗野な言葉遣いで姉の方が千早に言い放ったのだけれど、
「うるさいッ!」
と千早は耳を貸さず、妹の方を押し返そうとする。
まあ、当然というべきなのか、吸血鬼妹の方は微動だにしないのだけれど。
この状況でこの吸血鬼ーズを信じられるとは思えないし、私だって千早の立場だったら信じないだろうなあ……なんて思っていると、千早の後ろでまた遥さんが吹き飛ばされているのが見えた。
「お母さん!?」
振り返る千早は、でもすぐに私たちの方に向き直った。
……私を守ると言った言葉を守ろうとしているのだろうけれど、無理しなくていい……というか、この2人からは全く殺意とかそういうものは感じられない。
それも不思議な話ではあるけれど……うん、いや本当に、何でだろう?
「ほらー、さっさと行かないと、あっち危ないじゃん。ま、アンタが行ったってほとんど役に立たないだろうけどさー」
「ぐっ……」
吸血鬼妹の言葉に、ぎりりと歯を噛みしめる千早。
「あの、千早を解放して……もらえませんか?」
お願いする立場だから、丁寧に私が言ってみると、妹の方が真っ先に答えた。
「別にアタシはそれはいんだけどー。ってか、絡んでくるのはこのコの方だしさー。でも、どっちにしてもこの2人じゃアレ、勝てなくない?」
妹の方が千早の方を見て、そう言うと私の横に立っている姉の方も力強く頷く。
「だなー」
「じゃあ、どうすれば……」
私が尋ねると、やれやれ……と片手で千早を止めたまま、ニヤリと笑って、吸血鬼妹が私を見た。
「どうもならないじゃん? どっちかが消えるまで終わんない。で、この状況で消えるのはどっちかってーと……ってもう言わなくても分かるっしょ?」
……消える、ということはつまりはそういうこと。
遥さんも、千早も。
物理的なのかは分からないけれど、色んな意味でもう会えなくなるのだろう。
確かに遥さんとは反目し合っていたけれど、だからといって”そんなこと”を喜ぶような人間には絶対になりたくない。
でも、私が今出来ることって――
「――あの、話し合いでどうにか……ならないかな」
私がそう言うと、吸血鬼の2人は数秒くらい動きを止めて、そして大笑いした。
「あっはっは! 準、マジで言ってんの、ウケる!」
「今日イチ……いや、今年イチ笑ったわ!」
そう言って2人は笑ってから、姉の方が真剣な目で私の肩を叩いた。
「……アタシらとも話し合いしようとか考えてたみたいだけどさ。話し合いをするってのは相手が聞く気があるのが大前提。で、先に殴りかかったのはどっちかって考えれば……分かるじゃん?」
「……」
分かっている。
分かってはいるけれど……。
「それでも……どうにかしなきゃ。あの2人を助けないと……」
私が吸血鬼姉の方を見て言うと、姉は妹と目を合わせて、軽く溜息を吐き……ばっちーん! と姉は私の背中を叩いた。
「……おーっし、じゃあ行って来い! 2、3発くらいはぶん殴られる覚悟で行って、誠心誠意謝れば話くらいは聞いてくれるっしょ!」




