第28時限目 不思議のお時間 その21
もう少しで特大のやらかしをしそうだったのを取り繕うようにして、私は慌てて話を元に戻す。
「と、とにかく、その真帆を惑わせたのが幽霊だとしたら、昼間に幽霊と遭遇していることにならない? 真帆って夜にその子と話したとか言ってたっけ……」
真帆からは何時頃にそんな話を聞いたか、なんてことは聞いてない。
幽霊が昼に出ているというのであればちょっと不思議にも思えるけれど。
「私が聞いたときは休み時間に相談を受けた、と言っていたわね。だから会ったのは昼でしょう」
溜息を吐いて、千早さんは続けた。
「最初の目撃情報が夜中の着物姿の少女だったから幽霊と呼んでいたけれど、真帆に証言した存在がそもそも怪しいのだから、既に幽霊の話ではなくてどちらかというと同じ超常的な存在である妖怪ということで話を進めた方が貴女には分かりやすいかもしれないわね」
「妖怪かあ。もし、真帆を騙した存在が居るんだったら、確かにそっちの方がしっくり来るかも」
腕を組んで、私は頷いた。
「ただ、幽霊にせよ、妖怪にせよ、私たちが行くことに変わりはないわ」
「たち……ということは、私が行くのも確定と」
「ええ。うちのお母さんもだけど」
うーん、つれない返事の千早さんに私は苦笑いして……最後に1つだけ尋ねた。
これは行きたくないからというよりは千早さん本人が言っていたことだから、確認の意味を込めて。
「分かった。ただ、千早さんがそういう場所に行くな、危ないから……って言っていなかったっけ?」
私が言うと苦笑……というか若干嘲笑の域に入っていた気もするけれど、千早さんが私にしっかり視線を合わせて言った。
「私が危ないから行くなって言っていたにも関わらず、友達に誘われたからと甘いことを言って、危険な場所に足を踏み入れ、その上でこんな状況に巻き込まれたのだから自業自得よ」
両方の手のひらを天井に向け、肩を竦めた千早さんはそう言って、教室に向かって歩き出した。
「……あはは、まあそれはそうかな」
とにかく、何もないことを祈るしか出来――
「それに――」
背中を向けたままで、少しだけ足を止めた千早さんの顔は見えないけれど。
「……何かあったときは、私が守るわ」
そう言い残して、彼女は今度こそ教室へ戻っていった。
「…………」
しばらく、私は彼女の言葉を理解するのに時間を要した。
「……えっ、あれ? 今のは……?」
嫌われているとまでは思っていないけれど、今のはいわゆるデレというものなのか、それともただただ単純に、仕事という意味で守るという以上の意味はないのか分からず、悶々とした感情のまま教室に戻った。
さっさと千早さんは帰ってしまったし、いつもの3人ももう帰っているようだったし、というか既にほとんどクラスメイトも残っていなかったから、私も鞄を持ってすぐに帰ることにした。
確認しなければならないこともあるし。
何の確認かというと、昨日の今日でまた夜の学校に入ることになるのだけれど、本当に学校側に話は通っているのか……ということ。
だって、また勝手に入ったと言われたら厳重注意では済まないだろうし。
寮に帰ってきた私は件の確認のため、鞄だけ部屋に置いたら寮長室にすぐ足を向けた。
本来は理事長さんに直接聞いた方が良かった気はするけれど、さっき職員室を覗いたら居なかったし、タイミングが悪かったのか、咲野先生も見当たらなかったから、寮長さん経由で聞いてもらった方が早いかなと判断したのだった。
……2人共居ないってことは、もしかするとまた咲野先生が何かやらかして怒られていたのかもしれないけれど。
で、寮長室で益田さんに聞いてみると、全く話を知らなかったので、理事長さんに確認を取ってもらった。
実は勝手に玉瀬家が私を連れて行くという話を決めていたらしく、途中で喧々囂々……つまり、お互いが言いたい放題というか、本人である私を置いてけぼりにしつつ、大人たちで話が進んでいったみたいだけれど、紆余曲折はあったものの、最終的には同行OKとなったようだった。
……ここで駄目と言ってもらった方がこちらとしては良かったのだけれど、公式的にOKが出てしまったのであれば仕方がない。
OKが出ていたという証拠に、夜の集合地には私が鍵を開けにいかなくても玉瀬母娘は噴水まで来たし、前みたいに1階トイレの窓から侵入せずとも昇降口から普通に入ることが出来た。
「中では勝手な行動は慎んでくださいな」
声色こそ柔らかく聞こえるけれど、ぴしゃりと言い放つ巫女の衣装らしき服装の遥さん。
「はい」
私も短く答えた。
相変わらず、このお母さんは私を敵視している感じだなあ。
まあ、色々あったから仕方がないけれど。
「本当は貴女を連れて行くつもりはなかったけれど、幽霊を見たという人間が捕まえられたのは2人だけ。その内、もう1人は幽霊が怖くて逃げ出すかもしれない……ということで貴女しか選択肢がなかったから、仕方なく連れてきたのですから」
「……なるほど」
ここで溜息を吐こうものなら、また激昂して何やかんや言われるのは目に見えているから、その溜息を飲み込んで静かについていくことにした。




