第28時限目 不思議のお時間 その16
桝井さんに、あそこまで素直に言われてしまっては、私としても拒絶は出来ない。
自分で煽っておいて、やっぱり駄目なんていうのはいくら何でも酷いし。
つまり、あの発言は自分で自分の首を絞めたようなものだけれど、それでも私が言ったか、桝井さんが言ったか、というのは後々重要になる……かもしれないし。
兎にも角にも、桝井さんが同じ布団に入ってきたのだけれど。
「小山、狭い」
「そう言われても……」
シングルベッドだから、大柄な2人で入るには少々どころじゃなく狭い。
「もうちょい、そっち行けんか?」
「これ以上は無理」
「ホンマかー?」
「ホンマだから!」
見る人によっては何だかイチャイチャしているように見えるかもしれないけれど、老朽化して隙間風が少し吹き込む寮の部屋で、体の一部が布団から飛び出すと寒いから私たちは真面目に布団を取り合っている。
……いや、まあ悪ふざけも多分に入っているけれど。
「掛け布団だけでも、隣の部屋から持ってくるか?」
「多分、寝返り打ってたら落ちると思うし……」
「せやなあ……」
結局、2人共が少しずつ我慢することで決着した。
お腹が冷えないようにすることを最優先し、手とか上半身が少し多めに出るのを許容した感じ。
電気を消し、しばらくすると桝井さんが普段よりもちょっとボリューム下げて、声を掛けてきた。
「小山ー、まだ起きとるかー?」
「起きてるよ。どうしたの?」
「いや、それならええんや」
そう言って、また黙る桝井さんだったのだけれど、しばらくすると再び私を呼ぶ。
……これ、桝井さんが寝るまで……というか桝井さんが怖さで眠れない今、疲れて寝るまで続くんじゃなかろうか。
そんな予感がしたから、私は開き直って桝井さんと話をする方に切り替えた。
話題は……そうだなあ。
「桝井さんって、兄弟姉妹は居るの?」
「ん? あー、アニキが1人な。大学生で1人暮らししとるから、家にはもう居らんけど」
「そうなんだ」
まあ、姉御肌というよりはどちらかというと自由人だから、下の子は居なさそうだななんて勝手に思っていたけれど。
「……小山、失礼なこと考えとったやろ」
「見方によっては?」
「また否定せんのかい」
「私も素直にいこうかなと」
しれっと言った私の言葉に、小さく笑う桝井さん。
「素直すぎるのも考えもんやなあ」
「だねえ」
そう言ってから、少しだけ沈黙した後、桝井さんはつらつらと語った。
「……アニキはな、ウチと違って、かなり頭が良くてな。1発で難関大学に受かっとったんや。えーっと、何処やったかな……理系の国公立の中で、結構上位の……」
うーん、と桝井さんが唸る。
「もしかして、豊岡大学?」
「それや、豊岡!」
「それは確かに凄いね」
前に繭ちゃんたちと進路の話をしたときに話題になった大学で、私も受験しようと考えているところ。
かなりの学力がないと現役合格出来ないと言われている難関大学だったりする。
「せやろ? 昔から成績上位だったんや。だから、オカンはアニキとウチを良く比べててなあ……」
「あー、もしかして、いたずらばっかりして、押し入れに入れられてたのって……」
子供心に、親の”贔屓”を感じるとどうなるか、という話。
「ま、そういうこっちゃ。頑張って90点くらい取ってもな、アニキは大体100点やから、ウチは怒られることはあっても、褒められることはまあなかったんや」
桝井さんがおちゃらけていた理由が少し分かった。
頑張っても報われないなら、頑張るだけ無駄じゃないかと、そう考えてしまったのだろう。
「ホントはなー、高校も国公立に行け、言われとったんやけど……たまたま受かったんがここだけやったんよ。他はぜーんぶ落ちた。ま、全然勉強せんかったしな」
「……」
「まあ、でも……良かったんかなって思っとるんや。風音と会ったり、小山とも会ったしな。さきのんもめっちゃええ先生やし」
暗くて、表情が見えないけれど、きっと桝井さんは穏やかな表情だろうなって思う。
「あ、ちなみにアニキとの仲は悪ないで? オカンもオトンも褒めてくれんかったんやけど、アニキだけは褒めてくれたからな。まー、出来る人間の余裕やったのかもしれんけど、それでも嬉しかったんや」
「……そっか」
「そういや、アニキ元気にしとるんかなー……。コミューはたまにしとるけど、最近会ってないからなあ……」
桝井さんの声が徐々に小さくなり、それが寝息に変わった。
いつもテンション高めな桝井さんだけれど、桝井さんにも色々思うところはあるんだなって、月明かりで少しだけ見える桝井さんの寝顔を見ながら思った。




