第28時限目 不思議のお時間 その14
「えーっと、椎田やったっけ?」
「はい」
手を挙げていたのは智穂だった。
「椎田って寮生だったんか。ってか、寮生と言えば、雨海は?」
「羽海、今日は遅くなるって」
羽海には「行けるかは分かんなくても、何か面白そうなことがあったら連絡して!」と言われているから、割と頻繁に連絡を取っているけれど、今日はドラマの撮影があるからなかなか帰れそうにないらしい。
「そか、あいつとも喋ってみたいとは思っとったんやけどなあ……まあええか。それで、椎田は元々寮生だったん?」
「いえ、諸事情で……少し前、寮生になったばかりです。それもあって一部の下着は買ったばかりなので、サイズが合いそうであれば、使っていただいても構わないです」
「なるほどなー。で、サイズは?」
尋ねられて、智穂は桝井さんに耳打ちする。
「……上は惜しいけど、ちと足りんなあ。ま、寝るだけやし、上はどうにかなるやろ。とりあえず、下だけ借りれるか?」
「分かりました」
智穂が頷いて、部屋に取りに行くから、
「あ、じゃあ私もパジャマ持ってくるね」
と言って、立ち上がった。
……智穂でも、その、かなり大きいと思ったのに、桝井さんは更に……と考えながら、桝井さんの山脈にいつの間にか視線を向けていたから、気取られないように慌てて智穂を追い掛けたというのが正しい。
何とか退避できた、と安心していたら。
「準」
「はいっ!?」
突然、声を掛けられて、しゃきっと背筋を伸ばした私。
声の主は前を歩いていた智穂だった。
「……あまり、その、まじまじと見ない方が良いです。視線、気付きますから……」
「……すみません」
智穂が頬を赤らめつつ言うから、私はもう素直に謝るしかなかった。
いや、本来謝る相手が違うというのは分かっているけれど、流石に本人に言うわけにはいかないし。
智穂ですら、私が思わず桝井さんの自己主張の激しいアレを見ていたことに気づいたということは、本人はほぼ確実に気づいていたということだろう。
「女の子だと思っているので、今は大丈夫だと思いますが、男性とばれたときのことを考えると良くないかと、思います」
「き、気をつけます……」
私はそう言って、逃げるように2階へ。
しまったなあ……まさかそこまで見られているとは。
今後、もっとちゃんとしないと……と気合いを入れて、私は気持ちを新たに、自分用と桝井さん用のパジャマを袋に入れてから、階下に下りた。
「しっかしまあ……」
私が食堂に入ると、桝井さんが居るメンバーを見て、
「寮にはほとんど寮生が居なくなったとか聞いてた気がすんねんけども、いつの間にかこんなに居ったんやな」
と驚いた表情で言っているところだった。
その言葉に答えたのは萌だった。
「まあ、そうね。いつの間にか……というか今年、急激に増えたわ。ただ、ほとんどが3年生なのよね」
「あー、ホンマやなあ」
確かに、みゃーちゃんと峰さん以外は全員3年生。
この2人もいつまで寮に居るかというと……正直、不安定なところがある。
だって、みゃーちゃんの元々の定位置は学校の地下だったし、たまにお風呂入れてあげたりしているから残ってくれているだけで、もし私が卒業したら戻ってしまうかもしれない。
峰さんも親がいつまで寮生活を許してくれるのか分からないし。
そう考えると、来年全員が寮を抜けてしまうということもあり得るわけで、寮生が多いというのも一時的なものと言える。
「来年には取り潰しかしらね」
「かもなー」
物憂げな表情で言った萌に対して、他人事のように…いや、実際他人事なのだけれど、軽くそう言った桝井さん。
そっか、寮生が居なければなくなるって選択肢も当然あるんだ。
そうなると、ちょっと寂しい気もする。
「桝井さん、これ……」
椎田さんが戻ってきて、中身の見えない袋を桝井さんに渡した。
「これからお風呂も入ると思いますから、タオルとバスタオルも入れておきました。シャンプーやリンスなどは一緒に入った人に借りれば良いかと思います」
「サンキュー、助かるわー」
「あ、私もパジャマ持ってきたよ」
「小山もサンキューな」
そう言って桝井さんは、
「んじゃ、風呂行くかー。よし、小山行こうや」
と立ち上がった。
「え? いや、私は……」
「ええから、ええから。小山はスキンシップ下手くそやしなあ。その割にウチの胸、気にしとるやろ」
「うっ……」
やっぱり、バレてた。
「せやったら、風呂の中で、幾らでも見せたろーやないか」
大笑いした桝井さんに引き摺られるようにして、苦笑する寮生の皆に見られながら、私は強制的に食堂を後にした。




