第28時限目 不思議のお時間 その12
「待ちなさい!」
背中の桝井さんを背負ったまま、謎の目が進んでいった先を追いかけようとしたところで、ぐっと手を掴まれた。
「待ちなさいはこっちの台詞ですわぁ! 一体、何処に行くつもりですの!?」
振り返ると、私の手を掴んだ主の星野さんがギッと強い視線で私を見た。
「いや、あの目を……」
……追いかけてどうする?
もし、本当に花子さんだったとして「本当に居たよ」ということを確認して、何の意味があるのか。
それに、命にかかわるかもしれないから千早さんからそういう危ないところには近寄るなと言われていたはず。
生徒の1人だったとしても、偉そうに説教出来るような立場でもない。
「……ごめんなさい」
「いえ、謝る必要はないのですけれどぉ……貴方って頭が良いと聞く割に、存外無鉄砲なところがありますのねぇ」
呆れ半分、苦笑半分の表情で言った星野さん。
「それはよく言われるというか……というか、むしろ星野さんが追いかけないのにびっくりしたよ」
桝井さんと違って、こういうのには興味ありそうだから、追いかけていきそうだと思ったのだけれど。
「浅葱の状態が気になったから、というのもありますけれど……それ以上に」
身長差のせいで、上目遣いになっている星野さんが言った。
「本当に”目”が見えていたんですの?」
「え? うん、見えてたよ。ねえ、桝井さん?」
背中の人物に疑問を投げかけるけれど、返事はなかった。
あれ? と思ったけれど、私の位置からは桝井さんの様子が見えない。
代わりに、星野さんが桝井さんが沈黙の原因を伝えてくれた。
「気絶してますわぁ」
「……なるほど」
さっきから、静かだと思ったらそういうことね。
「でも、見えてた……はず。星野さん、視力は?」
「両目1.2ありますわぁ」
「そっかぁ」
とすると、見逃したというわけでもなさそう。
「逆に、貴方たちがただの光を目と勘違いしただけではなくて?」
「それはない……と思う。”目”がさっき動いたから」
明らかに、私たちから逃げるように動いていた。
「人間ではなく……例えば、猫だという可能性は?」
「……あっ」
確かに、うちのテオが勝手に学校まで入ってきていたことを考えると、あの目が本当に人間だったとは断定できない。
目の位置が高かったのも、窓の縁に立っていただけで、私たちから逃げたというのも人間に捕まりたくないからだという可能性も十分考えられる。
……そう考えると、トイレの花子さん説もちょっと怪しくなってきた。
実は同じ猫がトイレの中に入っていったのを見ただけなのでは?
まあ、着物姿というのだけは理解が出来ないけれど、こういう怪談は尾ひれとかが付いていくのも良くある話だと思うし。
「言われたらそうかもしれない……」
「でしょう? とはいえ、2人がはっきりと目撃したにも関わらず、私だけが見逃したというのも解せませんけれど……」
うーん、と首を傾げる星野さんだけれど、私の中ではほぼ答えが決まったので、現実問題の方に興味が移ってしまっていた。
「っていうかどうしよう……このままだと桝井さん、家まで帰れないかも?」
もし、正門まで歩いている間に気がついたとしても、それから暗い夜道を家まで歩いて帰れと言われたら、今の桝井さんには辛いと思うし。
「それはそうですわねぇ……あ、そうですわぁ!」
いいことを思いついた、と手を打った星野さんが笑った。
「寮に1晩泊めてもらえばいいんですわぁ」
「え? いやまあ、益田さんに言えば、泊めてもらうことは出来ると思うけど、桝井さんのご両親が心配するのでは……?」
「そっちは私が何とかしますわぁ」
そう言った直後、星野さんはスマホを取り出し、何処かに電話を掛けた。
「お世話になっております、星野です」
いつもの間延びした感じの声ではなく、はきはきとした口調で、どうやら桝井さんのご両親に早速電話しているようだった。
プリントを忘れてて学校に取りに来たことから素直に説明し、猫を幽霊と勘違いして、怖くなって帰れなくなってしまった、なんてことまで話をしてから、寮に泊まることについて許可を取っているようだった。
「……ええ。私は泊まらないのですが、信頼できるクラスメイトが居りますので……ええ、はい。では、失礼します」
電話を切った星野さんは、親指を立てて私に向けた。
「宿泊は問題なし、ですわぁ」
「案外あっさりだったね」
「土日に私の家で遅くまで遊んで、そのままのノリで泊まっていったりすることも良くありますから。小学校から家族ぐるみでの長い付き合いですわぁ」
「そうだったんだ」
だからといって、あそこまで事細かに状況説明しなくても良かった気がするけれど。
「と、いうことで浅葱をよろしく頼みますわぁ」
「うん、分かった」
学校の噴水の分かれ道で、手をひらひら振って去っていく星野さんは正門の方へ、私は桝井さんを背負って寮の方へ、それぞれ歩き出した。




