第28時限目 不思議のお時間 その7
とりあえず、見たくないものを見るという矛盾した行為をしつつも、見たくないものを見なくて済んだことで安堵した私たちは、すっきりとした目覚めで朝を迎えた。
翌日、登校後に正木さんたち3人にも監視カメラには誰も居なかったという話をして、一旦の納得をしてくれたようだった。
まあ、そのときに「え、うちの学校って監視カメラあったの?」というツッコミをされたから、今後は安易にこの話題を振ることはやめようと思ったけれど、とりあえず3人はそれ以上の深堀りをしないでくれた。
とりあえず、これで真帆が夜中に学校へ忍び込むことは完全になくなっただろうというのも一安心。
……だったのだけれど、代わりにクラス全体にトイレの花子さんの話が広がってしまった。
というのも、昨日一緒に動画を見たメンバーが話題にしていたようで、その日1日どころかお昼頃までには全員に知れ渡っていた。
なので、まあ……私が監視カメラの話題を振らないようにしようと思っていたのも、結局は無駄だったみたい。
で、こういう話を聞くと、星野さんたちを除くと夜中に突撃しそうなクラスメイトランキング1位の星歌とそれに付いていきそうな晴海も話を知って、私のところへ細かい事情を聞きに来たときにもし居たとしても千早さんが絶対にやめろと真面目な顔で話をしていたということを話したら、諦めてくれた様子。
千早さんはそういう方面で本物だと知られているのか、あまり冗談を言うタイプじゃないから本気にしたのかは分からないけれど、何にせよ心配事が減ったことは喜ばしいことだとは思う。
そして、私の吉報? を聞いて、話し掛けてきた子が1人。
「なあ、小山」
「……んん?」
私がお手洗いで席を立った後、やけに周囲の様子を見ながら近づいてきて、こそっと私の名前を呼んだのは、私と身長がさほど変わらない桝井さんだった。
忍者か何かのような身のこなしだったから、ちょっとびくっとしたけれど。
「な、なあ、あの話……ホントなんか?」
「え? 何の話ですか?」
「しっ!」
話の流れが分からず、尋ね返すと桝井さんが人差し指を立てる。
……何か聞かれたらまずいような話、あったっけ?
「アレや……トイレの花子さんの話」
「……ああ!」
そういえば、星野さんが言ってたっけ、桝井さんはその辺りの話が苦手だって。
「ええ、まあ……。うちの学校にある防犯カメラではトイレ近づいた人影はなかったので」
「そ、そっか。あ、あっはっは……そりゃ良かったわー、うんうん、良かった良かった」
桝井さんは私に声のボリュームを落とすように言った割に、突然大声で笑いだしたと思ったら、私の背中をバンバン叩きながら去っていった。
……とりあえず、トイレの花子さんに怯える必要がないと分かって、安心したのだろうと思う。
絶対にもう居ないと確定したというわけではないのだけれど……と野暮なことは言わず、心の安寧が確保出来たのであれば良いよねと思うことにした。
……と恙無く全ての授業が終わったその日の夕方。
『聞きたいことがありますわ』
「……?」
夜、夕食が終わった後に部屋に戻ってから、スマホの画面を確認したら、コミューのチャット機能で星野さんから連絡が来ていた。
「何かあったのかな?」
口を衝いて出た疑問を文にして送ると、すぐに返信が来た。
『この時間、校舎の中に入ることは出来るのかしら』
「ん、何か忘れ物したのかな?」
正門は閉まっているけれど、脇にある通用口は私が開けられるから、言ってくれれば入れるよと送ると、
『それでは30分後くらいに到着するように行きますわ』
と更に返信が来た。
了解と入力した私は途中になっていた復習を終わらせ、丁度良さそうな時間になったのを見計らって、壁にハンガーで掛けていたコートを着た。
「……星野さん、忘れ物したのかな」
まあ、忘れ物はあっても仕方がない気がするけれど、よりにもよってこのタイミングかあ、とも思う。
テオがまたちょっと不機嫌そうな表情をしているのを見ないフリしつつ、部屋を出た。
「何処か行くの?」
階段を下り、靴を履いたところで、部屋から出てきた華夜と鉢合わせた。
個人の名前を出すのはどうかなと思ったから、適度に濁しつつ答えた。
「忘れ物をした子が居るらしくて、正門まで迎えに行ってくるよ」
「……クラスメイト?」
「うん」
それくらいは言ってもいいかな、と思って私は答えた。
「ふーん……いってらっしゃい」
「うん、いってきます」
私は足早に正門へ向かう。
こうやって、忘れ物をしたときには寮生に知り合いが居ると便利だよね。
というか、居ないとそもそも中に入れないし。
「……あれ?」
そういえば、その花子さんを見た子って、寮の誰かに来てもらったんだろうか。
いや、初めて会ったときの正木さんみたいに誰かから鍵のコピーを作ったとか、借りたのかもしれないけれど。
まあ、深く考える必要はないかなと頭を振って、正門へと急いだ。




