第27時限目 友情のお時間 その41
「女性と関わり……例えば、友人関係などは全くなかったので、こういう環境は初めてで……なので、そういうときにドキドキするとか、そういうことはもちろんあり……いえ! 誓って疚しいことではなく! そ、その落ち着かないというか、どうにかなってしまいそうというか……いえ、それも変な意味ではなく!」
相変わらずの下手くそ説明で、思いつくままに弁解の言葉を並べると、椎田さんはちょっと顔を赤らめつつも、
「あ、あの、じゃあ、さっきのハグのときは……どうでしたか?」
と確認する。
「え? あ、えっと――」
「ドキドキとか、ふわふわとか、そういう感情は……なかったですか?」
「ど…………あ、ありました……はい」
私が答えると、椎田さんはぐっと身を乗り出し、思わず椎田さんの眼鏡が私にぶつかるんじゃないかってくらい、顔を近づけて再度確認する。
「わ、私相手でも……”ときめく”ということですね?」
「え、ときめ……いや、まあ……そう、なんでしょう……かね?」
「何かしら、普段とは違う感情があったということは間違いないですよね?」
冷静な感じの椎田さんにしては珍しく、少し熱の入った反応に気圧された私は、そこ重要なんだ……と思いつつも頷くしか道は残されていなかった。
「それなら……良かったです」
え、いいの? と思わないでもない私だったのだけれど、その後の眼鏡のずれを直す椎田さんの言葉で理解した。
「私だけが、ドキドキしているなら……なんだか恥ずかしかったので」
困ったような笑顔を見せた椎田さんに、私は少しどきりとしてしまった。
「でも、私含めて他の女の子たちに”ときめき”を感じるのであれば……その、辛くないですか? いつまでも自分を偽り続けないといけないのは」
椎田さんの素直な質問に、私は思わず口を噤んでしまった。
正直、全員にもう曝け出して、楽になりたいという思いもある。
それは、今までカミングアウトした相手が全員受け入れてくれたからこその、希望的観測から来るものでもある。
ただし、今回もそうだったけれど、自分が男だということを告白するのは若干どころではない賭けであって、今までみたいに全員が受け入れてくれるとは限らない。
特に、いつもの3人……都紀子はほぼ知っていると言っていい状態だけれど、他の2人が知ったときにどうするか……そこは正直なところ、考えないようにしていた。
あの2人ならちゃんと受け入れてくれるだろう、と思いつつも心の何処かで受け入れられないのではないか、という恐怖の心も棲み着いている。
特に身近だった2人にとっては”男だった”という事実ではなく”騙されていた”という事実が受け止められないのではないか。
この学校に入学したのは『身から出た錆』だと言われると、入学時の性別取り違えとかはハプニングだったのだし、私だけの責任ではないと申し開きをしたい気持ちはありつつも、結局学校に残る選択をしたのは私だよね……という思いも同じくらい強い。
だから、私は。
「辛い……という以上に、正直怖いです。この場に居ることの全てが私のせいだとは言えないにしても、少なからず自分が原因であることも理解しているのですが……ずっと問題を先送りしているとは感じているんです」
もうここまで全部、本音で話してきたのだから、最後まで本音で答えることにした。
そうしたら、椎田さんも小さく笑いながら、
「私も……お母さんと、小さい頃から向き合えていないんです」
と言った後、少しだけ沈黙を挟んでから語った。
小学校の頃に両親が離婚して、その後はお母さんに付いていくことになったこと。
お母さんは最初、パートやアルバイトを掛け持ちしていたけれど、その頃の椎田さんの治療費がそれでは稼げないからと、夜のお店で仕事をするようになった”らしい”ということ。
”らしい”というのはお母さん本人が言わないから分からないけれど、状況証拠……そういうお店のライターとかが家の中で見つかったことなどから、ほぼ確定しているのだとか。
そして、体調が悪かった間はおばあちゃんに良く面倒を見てもらっていたけれど、椎田さんの病状がある程度安定して、2人暮らしに戻ってからも、仕事自体はずっと今の仕事を続けている様子であること。
なので、椎田家ではお昼には椎田さんが学校に、帰ってきてからはお母さんが仕事に、というすれ違いを何年も続けてしまっていて、言葉を交わすのも、たまに一緒に食事をとるとき、二言三言やりとりをするだけ。
「私のせいで、お母さんが大変なのは分かっているんです。そして、お母さんには感謝しています。でも……同時に咲野先生が言ってくれた言葉も嬉しかったんです。誰かが私を大事に思ってくれている、ということをちゃんと言葉で示されたから……」




