第27時限目 友情のお時間 その40
「あの……そろそろ……?」
「…………」
椎田さん、無言の拒絶。
一体、どうなってるの!?
頭と心臓が爆発しそうなのだけれど!?
そう思っていたら、また無言のまま、突然すっと離れてくれた。
「確認して、いました」
「……???」
確認……?
”意味が分からないオーラ”を出したことで分かっていないことが分かってくれたのか、それとも別の理由かは分からないけれど、椎田さんは口を開いた。
「ほのかさんが言っていた”ときめき”、というものです」
「ときめ……あっ」
そうか、椎田さんも元橋さんが感じたと言っていた”ときめき”というものがあるのかどうか、それを確かめようとしていたってことね!
突然ハグを求められたから、抱擁と見せかけての、体の締め上げとかでもされるのかと思ったけれど、理解の出来る範囲の理由に収まってくれた。
……とはいえ、せめて先に説明してほしかったけれど。
「ほのかさんが感じた”ときめき”……というものを、私も感じてみたくなりました。それで……今、改めて小山さんに抱きしめられて……じんわりと心の奥から染み出すような、感情がきっとほのかさんの言う”ときめき”なのかもしれません」
「は、はあ……」
何だか、すっきりした表情になった椎田さんの前で、私は独りでクエスチョンマークに埋もれていた。
いや、私もどきどき的な何かはもちろんあったし、っていうかむしろそれに脳内全てを支配されていたと言っていいけれど、この落ち着きは……本当に”ときめき”を感じていたのか心配になるレベル。
「ただ、これは小山さんだからなのか、異性だからなのかは分かりませんね……。比較出来る相手がいないですし……」
「それなら、お父さんとか……」
私がそう言うと、椎田さんは悲しげに首を左右に振った。
「小学校の頃に両親が離婚しているので……お父さんはずっと居ないんです」
「あっ……ご、ごめんなさい」
お母さんの話は聞いていたけれど、お父さんはどうしているんだろうと思っていたら……そういうことだったんだ。
「でも、そうですよね。父が居ないから、こういう感情になったのかもしれません。ただ、少なくとも……」
1度言葉を切った椎田さんは私を見て、笑った。
「ハグを終えるのに、ちょっと名残惜しい気持ちになったのは、自分でも少し驚きました」
椎田さんはそう笑ってから、また真面目な表情に戻った。
「とはいえ……男性であることを隠していたというのは良くないと思います」
今まで何度も聞いた、涼しげで、声量が小さくても凛とした声。
途端に、私は背筋を伸ばす。
そうだった、まだ死刑宣告……は超えたっぽいけれど、無罪放免と決まったわけではなかった。
「そして、被害者である私は小山さんに、その分の対価を求めることが出来ると思います」
「……はい」
それについては私に異論を唱える権利はない。
なので、私は椎田さんの求める対価というものを静かに待つ。
「…………なので、その……」
再び、口籠ってしまった椎田さんだったけれど、しばらく悩んだ後、
「今後も、たまに……さっきのように、抱きしめてもらえますか?」
と控えめに言った。
「……えっ!?」
今の「えっ!?」は「たったそれだけで許されるんですか!?」という意味だったのだけれど、椎田さんは別な意味で捉えたのか、何故か弁明を始めた。
「こ、これは、その……”ときめき”が、今後も続くものなのか、どうなのかをしっ……調べる、ためっ、なので!」
「あ、は、はい! そ、そうですよね!」
「そうなんです!」
「はい!」
妙なテンションに感化された私は、ただただ健全なものであると主張する塩田さんに同調して、お互い肩で息をするくらいにあーだこーだと言った後、笑いあった。
少し、呼吸が落ち着いた頃。
「……小山さんってもう半年くらいはこういう生活を続けていたんですよね?」
「え、あ……はい」
「その、何と言いますか……その、生活の間に、女性に対して……変な気持ちを全く抱いたことはない……んでしょうか?」
「え゛っ!?」
突然の言葉に、私はまた変な声を上げてしまった。
「下心と言いますか……邪な気持ちと言いますか……」
「…………」
椎田さんに言われて、私は少しだけ考えてから、
「ない………………とは、言えません」
と素直に答えた。




