第27時限目 友情のお時間 その38
「正確には、学校の先生たち全員が知っているわけではなく……理事長さんと益田さん……えっと、寮長さんだけが知っています」
「…………」
椎田さんはまだ衝撃から抜け出せていないのか、肩で息をしながら、不信感が募らせた視線で、私を射抜く。
「もう少し……事情を説明させて下さい」
椎田さんが下唇を噛んで、しばし思案した後、小さく頷いた。
まだ、綱渡り状態であるのには間違いないだろうけれど、それでも私は可能な限り誠実に、話を続けるしかない。
まず、話をしたのは転校してきたときのこと。
もちろん、先生たちとの話の中でも重要な情報だけ。
今は雑談ではなく、椎田さんに事情を分かってもらうための時間だから。
ちゃんと性別欄には男と書いたにも関わらず、女と勘違いされたこととか、すぐに転校は難しいから、次の転校先を色々調べてもらったこと。
……ああ、でも、そうだ。
そういえば、その辺りから自分の意思で、この学校に残ると決めたんだっけ。
「……なので、公認とまでは言いませんが、事情を理解した上でこの学校に置いてもらっている、という状況です」
到底受け入れられる内容ではないとは分かっている。
それでも、これは事実。
そして、前の学校では得られなかったものが、この学校では沢山手に入った。
だから……自分の我が儘だとは分かっているけれど、それでもこの学校に残りたいと思っている。
もちろん、椎田さんが許してくれるのであれば、だけれど。
……ところで、後は何を話せばいいんだろう? と突然思考が停止した。
あれ、全部話したっけ……?
まだ、何か話していないような?
「え、ええっと……」
「…………それで」
冷ややか……というか、無感情に近い声が私の言葉に割り込んだから、私は思わずびくりと体を震わせて、
「な、なんでしょうか……?」
と椎田さんの言葉を待った。
「……ほのかさんの、話と……繋がりません……」
「…………あっ!」
そうだった。
必死に自分の話ばかりしていて、肝心の元橋さん発言について、説明がまだだった。
私は深呼吸し、話す内容を整理して――
「元橋さんの件について、話します。ただ、先に謝ります……すみません。さっき、お風呂で聞いたばかりの話もあって、そこは本人には聞いていません。だから、もしかすると一部は私の思い込みなどもあるかもしれません。なので、先に事実だけ……元橋さんと話をしたとき、本人から聞いたことをまず話します」
そうして、病院で初めて会った時の話とか、それ以降も会ったときにクイズをさせられたときのこととか――
「……元橋さんが私を男だと知ったのは、私が事故で入院したとき、だそうです」
いつも担当してくれている看護師さんに、男の子が入院したと言われて、どう見てもクラスメイトなのにおかしいな、という事件から気付いたっていう話。
そして、私を男だと認識した後に、たまたま彼女を抱きとめて…… “ときめき”を感じてしまったらしい、ということまで話した。
「ただし、そのとき元橋さん自身が言っていたんです。付き合ってほしいけれど、別に私のことを好きではないと」
「…………?」
え、じゃあ何で? と思ったのだろうと思う。
私だってそれは思った。
だから、それもちゃんと説明する。
単純に元橋さんは”恋に恋する乙女”であって、恋というものをしてみたいというだけ。
別に恋愛感情があったから、付き合って欲しいと言ったわけではない。
「だから、さっき……お風呂の中で気になっていると言っていたのは文字通り、気になっているだけという意味だと思いますし、私自身本当の意味での”彼氏”になることは考えていません。彼女が満足するまで”彼氏役”として付き合うだけです」
「……」
視線をたまに合わせ、たまに逸らし……というのを繰り返しつつ、椎田さんは私の言葉に耳を傾けている。
「そして、最後にもう1つだけ。私は椎田さんと元橋さんが……元のように、仲良くしてくれていればいいと思っています。もし、私が居ることで2人が仲違いをしてしまうのであれば、私は出来るだけ椎田さんたちに近づかないようにします」
「…………」
その言葉の後、椎田さんはすっと私に視線を向けた。
さっきまでの、おどおどした視線ではなく、何らかの意思を感じる視線。
「私がちゃんとはっきりした態度を取らなかったから、椎田さんには迷惑を掛けてしまいました。だから、何を言われても覚悟は出来ています。それでも――」
自分の気持ちは、ちゃんと言わないと。
「ここに置いてくれると決めた先生たちと、椎田さんたち以外にも、私を男と知っていても受け入れてくれた子たちが居るので、ここにまだ……あ、いえ、別に他の子たちが受け入れてくれたから、同じように許して欲しいというわけではなく……で、でも、受け入れて欲しいとまでは言わずとも、その、私はこの学校が好きなので、卒業まではここに居たいと……あ、ただ、私がやっていることは明らかに人を裏切る行為で――」
途中まではちゃんと話せていたつもりだったのに、何だか発言すればするほど言い訳がましく聞こえてきて、何度も軌道修正しようとしたけれど上手くいかず、自分で聞いていても「結局何が言いたいの?」という状況になってきてしまった。
ああ、もうどうしよう……。
考えれば考えるほど空回りしつつ「あー」とか「うー」とか、場を繋ぐ言葉しか出てこない。
なので、ここでもう最後の一言で打ち切る。
「……とにかく! 私は椎田さんと元橋さんには仲良しで居て欲しいと思っています! そして、今の状況の原因は大半が私なので……ごめんなさい!」
両手を揃えて、深々と腰を折って、床に頭を付ける。
「謝って許されるものだとは思っていません。ただ、それでも……謝らせてください。本当に申し訳ない……です、すみません」
私が出来る限りの、全力の謝罪の言葉に、息を呑む音が聞こえて――
「…………頭を上げてください」
私の後頭部辺りに、椎田さんの声が落ちてきた。
ゆっくり頭を上げると、困惑した表情の椎田さんがこちらを向いていた。
そして、椎田さんはまた視線を泳がせつつも……。
「正直、説明されても……未だに話が整理できません……し、今すぐ小山さんを許すとか、許さないとか、そういうのも……出来ません」
「……はい」
た、確かに、何だかんだ結局、一方的に全部話してしまった、気がする。
「ただ……ほのかさんが言っていた、男の子……は、小山さんで、間違いない……のですか?」
「それは間違いない……です」
違う確率は1%くらい……いや、もっと小さいくらいはあるかもしれない。
でも、ここではそうだと断言するしかない。
「……私の知らない、何処かの誰か、じゃないんですね……?」
「はい」
少しずつ、椎田さんの目に涙が溜まっていき、
「……良かったぁ……」
と言った椎田さんは脱力して、背中のベッドが軋む音を立てるくらいに体を預けた。
「長く一緒に居るはずなのに、ずっと知らない人の話を始めて、何があったのか全然、訳が分からなくなって……」
徐々に、声が涙で滲み始める。
「その、誰とも分からない男の子の方が、いいんだとか……もう、私なんか……要らないんだって、そう思ってきて――」
「絶対にそんなことありません!」
ぐすぐすと鼻を鳴らしつつ、瞳を手で拭う椎田さんに近づき、両肩をぎゅっと掴んだ私。
「元橋さんが! 椎田さんを裏切ることは! 絶対に……ありません!」
「えっ、あの……」
驚愕の表情の椎田さんに、私は更に顔を近づける。
「確かに、元橋さんはいたずらっ子というか、人を少し困らせたりすることはあります。でも、椎田さんは特別だって、ずっと言っています! 椎田さんは元橋さんを信じていいんです!」
「……っ」
「彼女が裏切らないってことは、椎田さんが1番、知っているはずです」
椎田さんは「でも……」と小さく呟く。
「……ただ、確かに、椎田さんを不安にさせた元橋さんは良くないと思います。なので、それは……本人にちゃんと言いましょう。そして、ちゃんと理由も、聞きましょう」
出来るだけ穏やかに、そう言った私の言葉で安心してくれたらしい椎田さんは、堰を切ったように感情を爆発させたから、私は椎田さんを胸に抱きしめた。




