第27時限目 友情のお時間 その37
もし、この言葉をもってしても、椎田さんが扉を開けてくれなければ……そのときはもう諦めるしかないと思っている。
少し薄暗い照明と静寂しかない廊下に立っていると、少しの間だけ、この世には私しか居ないような錯覚に陥ったけれど、床が軋む音の後に、少し遅れてガチャリという金属音がして、私以外の存在が居ることを告げた。
そして、鍵が開けられた部屋のドアが数ミリくらい開いてから、
「…………どうぞ」
と聞き覚えのある静かな声が漏れ出した。
「……、失礼します」
呼吸を整えてからそう言って、私がドアを徐ろに開くと、数歩分くらい離れたところにピンク色のチェックのパジャマに身を包んだ椎田さんが立っていた。
目が少し赤いのは、今まで泣いていたからだろうか。
椎田さんは視線を逸らしてから、ベッドの横まで歩くと、足を崩し、ベッドの縁に背中を預けるような形で床に座った。
部屋の構造もそうだけれど、椎田さんは取るものもとりあえず、家を出てきたようだから、あまり私物がない私の部屋とほぼ同じ。
大きな違いはテオが居ないこと……かな。
兎にも角にも、質素な部屋が少しだけ、私に冷静さを取り戻させてくれた。
私は部屋の扉をきっちりと閉めてから、椎田さんと向かい合う形で……ただし、出来るだけ壁際ギリギリまで距離をとったところに正座した。
そして、私は1度だけ目を伏せ、気合を入れるように大きく息を吸い込んでから、真剣な目で椎田さんを見た。
視線がぶつかってしまった椎田さんはすぐに目線を床に転がしたけれど、私は椎田さんから視線を外さない。
さて……ここからが本当の正念場。
「部屋に入れて頂いて、ありがとうございます。扉の前で話した通り、私の知る限りは全て説明します」
椎田さんが驚かないように、あまり大きすぎない声で、でもはっきりと。
しっかりと腰を折って、頭を下げて言う。
「ただし、1つだけお願いがあります」
「……?」
思わずちらりと私の方を見た椎田さん。
私は椎田さんに視線を向けたまま、でも少しだけ笑顔で続けた。
「今からお話しするのは全て事実です。ですが……恐らく、受け入れ難い話も出てきます。だから、椎田さんの理解が追いつかないとか、もう話を聞きたくないというときには遠慮なく話を止めてください」
これは一種の賭けみたいなもの。
私が一方的に、のべつ幕なしに言葉を発すれば、椎田さんは話を聞いてくれなくなるだろう。
かといって、全て椎田さんのペースに合わせてしまうと”私が男であるという事実”を知った時点で、部屋を追い出されるというパターンも十分ありうる。
つまり、何も解決しないままに、私が自分の切り札を切るだけで終わってしまうということもありうるわけで。
こちらについては一応、そうはならないように考えてはいるけれど、それがうまくいくという保証はない。
端的に言えば……リスクは高く、リターンは小さいけれど、椎田さん少しでも椎田さんが話を聞いてくれるように、提示せざるを得ない条件。
「よろしいですか?」
「……」
しばらく、沈黙した後、私をちらりと見た椎田さんが頷いたのを見てから、続けた。
「では……先程の、元橋さんが言っていた男の子のことから話します」
初めが最も大事……だからこそ、特大を。
「その男の子というのは、私です」
「…………?」
「つまり、私は”男”です」
椎田さんの反応を見る。
ずっと視線は逃がしていても、横顔から表情の変化は見える。
呆然から始まり、一瞬だけ目を見張って理解をした表情になって……恐らく、受け入れ難い内容だったからか、錆びついた機械のように時間を掛けて、椎田さんはこちらを見た。
「……すみません。理解出来ないですよね。でも、本当です。ただ、言葉だけでは証明が難しくて……どうすればいいか、少し悩みました。それで……こうします」
そう言った私は、グレーのパジャマの前のボタンを外し始めた。
「えっ……?」
目を白黒させている椎田さんをよそ目に、手早くパジャマの上を脱ぐ。
椎田さんの部屋は暖房も入っていなかったから、少しひんやりとするけれど、椎田さんに止められる前に見てもらわないといけない。
私はパジャマのボタンを全て外して、自分の片方の胸を開けさせた。
当然、ブラは付けてきていない。
胸パッドは先端までしっかり形作られているから、本物と区別がつかない……というか気づかれたことがないので、ここまでではただの露出狂と間違えられて終わってしまう。
「……こう見ると、本物の胸のように見えますよね。でもこれは偽物……ただのパッドなんです。胸に専用の接着剤で貼り付けています。なので……こうして、外れます」
そう言った私はポケットから少量のリムーバー……接着剤を剥がす薬剤を指に取って、胸のパッドの端をなぞると、パッドの端がぺろりと外れた。
……お風呂のとき、いつ1人で入れるか分からないし、逆にいつ他の子が入ってくるか分からないから、お風呂のときには常にリムーバーも接着剤もいつも持ち歩いていて良かった。
「……え? あっ……ああ、えっ……?」
理解と不可解のシーソーを行ったり来たりしていた椎田さんが、
「…………本当に、男性……なんですか?」
と最後の確認で尋ねたから、私は静かに首を縦に振った。
直後、悲鳴に近い、ひゅっという呼吸をしてから、椎田さんは引きつった表情で私を見る。
ここからは時間勝負。
椎田さんに追い出される前に、言わなければならないことがある。
「ただ――」
「こっ、小山さん……は、お、男……の人? あ、あの、じゃ、じゃあさっきの……お、お風呂もっ!?」
椎田さんの質問に答える方を優先する。
「……はい。さっき一緒に入っていたのも”男の私”です」
「!!!!」
力なく首を左右に振っている椎田さんは当然、もう話を聞きたくないというアピールだろう。
だから、最後になるかもしれないけれど……重要な事実だけ。
「ただ1つだけ! この事実は、学校側も知っています!」
「で、出ていっ……え?」
そう、これだけは先に言っておかないといけない。
学校側がこれを”容認している”ということ。
……これもずるいし、学校側を巻き込むのが良い手だとは思わない。
でも、この場からすぐに追い出されないためには……椎田さんに最後まで話を聞いてもらうには必要なこと。




